2 それ、めちゃくちゃ簡単なやつでは?
美人メイド、シリーさんの斜め後ろにくっついて、王宮の中を歩いていく。不安が限界点に到達し、俺はたまらず彼女に質問した。
「あの、俺って処刑とかされるんでしょうか?」
仮に処刑することになっていたとしても、『はい! 今から首を刎ねますよ! お楽しみにっ!』なんて返事がこないことはわかっている。
そんなこと言えば、俺が暴れ出す可能性があるもんな。でも聞かずにはいられないんだよ。
俺の質問を受けた彼女は立ち止まり、こちらを振り返った。目をまん丸にして、キョトンとした顔つきになっている。
「そんなこと、絶対にありえません。万が一、召喚されたエスアール様を処刑するなどと陛下やその周囲が言い始めたら、私が責任を持って貴方様をこの国から連れ出しましょう。その際には僭越ながらお供させていただきますね」
にこりと優しい笑みを作った彼女は、それに一言付け加えた。
「そんな心無い国に仕える気は毛頭ありませんから」
それから彼女は「行きましょうか」と言って、再び前を向いた。
シリーさん、強いな。
安堵なのか、彼女の優しさが心に触れたのか、自然と目が潤んできた。
もしかして彼女は、俺の涙を見ないようにするために、目を逸らしてくれたのだろうか。
その可能性を肯定するように、彼女は進行方向を向いただけで、足を動かさない。
「……はい。行きましょう」
こちらに背を向けたまま、彼女は「はい」と頷いた。再び歩き始める。
案内された部屋は、俺がこの世界にやってきた時の、謁見の間みたいな場所ではなく、小さな部屋だった。
小さな部屋――とは言っても、コンビニの倍くらいの広さはあるけど。
リンデール国の王――ゼノと、宰相ディーノ、後は近衛兵と思しき2名が部屋の中にいた。
国王陛下はゆったりとした豪華なソファに腰掛けていて、ディーノはその脇に立っている。
改めて見ると、ゲームの中で見ていた彼らとは違う雰囲気があるな。
国王は齢50程度。優しそうな顔立ちをしているのに、重圧感というか、圧迫感というか……国の頂点に立っているというのが、納得できるような雰囲気を持っている。
宰相は国王より少し若いぐらい。国王の身につけている豪華な衣装ではなく、どちらかと言うと質素――親しみやすそうな感じだ。
部屋へ入室すると、陛下は立ち上がって声をかけてきた。
「……エスアール殿、でよいか?」
声をかけられた俺は、咄嗟に漫画やアニメの見よう見まねで、片膝をつき頭を垂れる。これで正しいのかわからないが、その姿勢で「はい」と返事をした。
「顔を上げてくれ、ここは非公式の場なのだ。形式ばる必要はない」
促されるまま、俺は顔を上げてゆっくりと立ち上がる。
良かった……とりあえず不敬罪で処刑とかはなさそうだ。
陛下も俺の様子をみて頷き、ソファへと腰を下ろす。
「まず初めに確認したい。お主が勇者ではないというのは、真か? レベル1――職業も未選択だと聞いておるが」
「はい……ご期待に添える人物ではなく、申し訳ありません」
俺の返答に陛下は、「そうか」と落胆した声音で答えた。
顔を見ると、陛下の表情は声の調子通り、悲壮感に満ち溢れている。勇者のような、危機を脱する戦力が必要な理由があったのだろうか?
「お主が謝る必要は無い。謝罪せねばならぬのはこちらのほうじゃ。我々はそなたが勇者でないにもかかわらず、勝手知らぬ異世界へと無理やりと引っ張ってきてしまった。本当に、済まないことをした」
「――っ!? あっ、頭を上げてくださいっ!」
俺がそう言っても、陛下はつむじをこちらに向け続けている。
周りに助けを求めようとして、部屋にいる他の人物を見渡したら、全員が全員、深く頭を下げていた。
えぇ……。
処刑とか追放とかの危険はなさそうだけど、これはこれでどうしていいかわからないから困るんだが。
その後、会話にディーノを交え、事の経緯を説明してくれた。
俺も同様に、自分が召喚された成り行きを話した。
しかし、VRゲームはおろか、テレビゲームすらない彼らには理解しがたい内容のようで、最終的には『遊んでいる時にいきなり別世界に跳んだ』ということになった。まったく間違っていないからタチが悪い。
ここがそのゲームの世界だということは伏せた。
彼らにとっても、自身が作られた存在などとは信じがたいだろうし、簡単に納得できる内容でもないだろう。
彼ら側は、召喚の宝玉とやらを使用したらしい。
その宝玉は、使用方法のほか、勇者が召喚できるということが書かれた石板と一緒に、古代遺跡から出土したようだ。
もちろん、帰還するための宝玉なんてものはないらしい。だが、国をあげて遺跡を捜索すると言ってくれた。
微塵も帰りたいと思っていないのは内緒だ。
召喚の宝玉のことは、発掘者と国の重鎮以外には伏せられたが、王城内は歓喜の渦に包まれていたようだ。勇者様が召喚できる。これで安心だ――と。
なぜならこの国は、一つの大きな問題を抱えていた。
「第一王女様が……ご病気、ですか」
「……うむ。医者が言うには、一ヶ月は持つだろうとのことだ」
病気か。古代遺跡もそうだが、ゲームにはそんな要素、無かった。
もしかすると彼らが待ち望んだ勇者という人は、病気を治せるような力があったのかもしれない。残念ながら、俺はそんな力を持っていない。痛いの痛いのとんでけ~ぐらいならできるが。
「エスアール殿、この事は他言無用に願います。国民を混乱させてしまいますから。貴方にお話をしているのは、召喚の理由も教えないのは、不誠実だと考えたからです」
「それはもちろんです、ディーノ、様。――ちなみに、勇者を召喚する以外に王女様を救う方法はないのでしょうか?」
俺の言葉を受けたディーノ様は、顎に手を当て、眉間にシワを寄せる。
「勇者様――が必要、というよりは、とてもお強い方が必要なのです。なにぶん、王女様を救うには伝説の秘薬『エリクサー』が必要でしてね」
「――っ!? エリクサーですかっ!?」
エリクサーってあのエリクサーだよな!? ゲーム内でも確かにダンジョンでドロップしていたぞ。
「その様子ですと、エスアール殿の居た世界にもエリクサーが存在していたのですか?」
「い、いえ。知識として知っていたというか……」
この世界のことを知っていると言えないのは、彼らにゲームのことを話すわけにもいかないし、そもそもゲームとこの世界がまったく同じという確証がないからだ。病気が存在している時点でゲームとは違う。
転生前のアイテムインベントリがそのままだったら……エリクサーなんて1000個以上ストックがあったのに。
「エリクサーを入手するのは、難しいのですか?」
会話の中で、特に気になった点を質問する。
なにしろ、テンペストではエリクサーの入手はめちゃくちゃ簡単なのだ。
方法は、Bランクダンジョンのボスが確定でドロップする。Sランクダンジョンのように難易度が高いわけでもなければ、確率すらもない。
そのかわり、エリクサーは使用すると向こう一時間は使えないという制約が付いていた。使い勝手としては上級ポーションの方が断然良い。
俺の問いかけには、陛下が重苦しい声音で答えた。
「王国の歴史書に、およそ300年前、ダンジョンのボスがドロップしたと記述がある。その記述が真実だとすると、もはや不可能に近い」
ダンジョンのボスドロップ……これはゲームと一緒みたいだ。
もしかして、この世界でのエリクサーは、覇王ベノムがいるようなSSランクダンジョンでドロップするのだろうか?
だとしたら、確かに不可能に近いのだろう。
陛下は悔しさからなのか、顔を歪めながらソファの手すりに拳を落とした。
「――くそっ! Bランクダンジョンの踏破なぞ……不可能ではないかっ!」
……ん?
……んん?
いま、Bランクって言った?
それ、めちゃくちゃ簡単なやつでは?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
いきなりこの国の都合で召喚したお詫びということで、10万オルを頂戴した。ゲーム内と同じ感覚で言えば、日本円にしてだいたい100万円。思わぬ臨時収入だ。やったね!
それに加えて、お金に困れば、いつでも王城に来てもらっても構わないと言われたし、なんなら王城の一室を住む場所として提供されそうにもなった。息苦しくなるのが目に見えているから、丁重にお断りしたけど。
最後に、彼らは王家の紋章が入った短剣を俺に渡した。もし貴族などに因縁をつけられそうになったら使えとのこと。
この紋章が目に入らぬか~とかやればいいのか? しないけどさ。
そして、王様は俺に一つの頼み事をした。
「お初にお目にかかります、王女様」
俺は片膝をつき、そう声を掛ける。
ベッドで寝そべっていた彼女は、お付きのメイドさんに背中を支えられながら、身体を起こした。
絹の様に滑らかで真っ白な髪が、サラサラと流れる。年齢は15歳ぐらいだろう。
「顔を上げてください。勇者様――でよろしいのでしょうか」
彼女は可愛らしく首を傾げながら、微笑んだ。めちゃくちゃ可愛い。まるでお人形さんみたいだ。
そういえば、こういう時って先に名乗らないといけないんだっけ?
「……はい。SRと申します。あなたを救うために異世界からきた勇者です」
自分で言っておきながら恥ずかしいっ!
なにが『勇者です』キリッ、だよっ! 俺はただのニートだわっ!
俺が陛下やその周囲に頼まれたことというのが、まさにこれ。
勇者の振りをして、王女様を安心させてあげてほしいとのことだった。俺もこの嘘は吐いてもいい部類のモノだと割り切って、この依頼を受けることにしたのだ。
恥ずかしさをなんとか心の内に留めつつ、王女様の表情を見る。
彼女は曖昧な笑みを浮かべていた。満面の笑みとはお世辞にも言えない。病気で万全ではないだろうから、仕方ないか。
「私はフェノンと申します。お父様たちから頼まれたのでしょうけど、あまりご無理はなさらないでくださいね。あなたが心配です」
どうやら彼女は俺の心配をしてくれていたらしい。
自分も苦しんでいるはずなのに、人の心配か……優しい子なんだな。
「いえっ! 自分、勇者ですからっ! Bランクダンジョンの踏破なんて朝飯前ですよっ!」
どんっ、と胸を叩いてニヒルな笑みを浮かべる。上手くできているか定かではない。
しかし、朝飯前――とは言ったものの、本当のところ少し厳しい。
Bランクダンジョンが容易に踏破できるとはいえ、それはあくまで『時間があれば』の話だ。一ヶ月という制限時間が、ここにきて重くのしかかってくる。
不思議なのは、なぜ時間があったはずのこの世界の住人が、Bランクダンジョンごときに躓いているのか、だ。
これはいま考えても仕方ないか。
俺の精一杯の強がりに、王女様はまた曖昧な笑みを浮かべていた。
困ったような、悲しんでいるような、そんな感情がちら、と見え隠れしているようだ。
勇者が助けると言っているのだから、もっと喜んでもいいのに……なぜだろう? わからん。
あまり長居しても、そんなに話すことはないし、王女様の身体に障ってはいけないと思い、最後に一言だけ、自分の偽りのない言葉を告げて退出することにした。
俺はいままでの真面目な表情をやめて、子供を宥めるように、優しい笑みで「大丈夫ですよ」と声をかけた。
何故か王女様は、驚いたような表情を浮かべていたが、俺はかまわず言葉を続ける。
俺は勇者じゃないけど。
あなたたちが望んだ英雄じゃないけど。
レベルも1で、職業も未選択で、何もない俺だけど。
「必ず、あなたを救います」
俺はこことよく似た世界で、頂点に君臨した男なのだから。