27 褒賞は絶望
翌日。
朝食を食べ終えた俺は、陛下に謁見するため、シリーさんが用意してくれた服に着替えた。白い生地に金の刺繍が施された、どこか海軍の制服を思わせるような服だった。
その状態でニートの日々を思い出すようにゴロゴロとしていると、迅雷の軌跡とセラさんたちがやってきた。
彼らの服装は、普段と何ら変わりはない。
そのことについて聞くと、俺の服はボロボロ過ぎたから替えただけとのこと。
確かに、セラさんも迅雷の軌跡も、別にだらしない格好をしている風でもないもんな。俺の服は確かに汚かったし、ところどころ破れていたから当然の処置ということか。
彼らのすぐ後ろには2名の兵士。おそらく城内の案内役だろう。
実用性よりも装飾性を意識したような全身鎧を身につけ、俺と彼らが立ち話をしている間は、まるで銅像のように微動だにしなかった。
揃いも揃ってどうしたのかと問えば、どうやらこれから陛下のもとへ行くらしいので、俺を呼びに来たとのことだ。
「俺、作法とか自信ないんですが」
城内を歩きながら、シンさんに言う。
探索者の彼ならば、俺と同類かもしれない。『実は俺もわからないんダヨ! HAHAHA』とかそういう答えを期待していたのだが、俺の願いは儚く散った。
「膝ついて頭下げておけば大丈夫だろ。俺も陛下とは何度かお会いしたことがあるが、別に咎められるようなことはなかったぞ」
「そ、そうですか……」
そういう話は兵士さんが真後ろにいるこの状況で言っていいものなのだろうか……。小心者の俺と違って、肝が据わってるな。
俺が苦笑いを浮かべていると、今度はスズさんが口を開く。
「ですです。それにエスアールなら多少無礼でも許されるですよ。なんと言っても王女様の命を救ったですから」
「はは、皆さんの協力があってこそですよ。あ、スズさん――おかげで腕とお腹は良くなりましたよ。あの時はありがとうございました」
「気にしなくていいです」
そう言ってくれた彼女に、軽く頭を下げていると、セラさんのむくれ顔が視界に入ってきた。
なぜ彼女はこんな表情に?
まさかとは思うが、自分にお礼を言ってこないから拗ねているのか?
俺は試しに、セラさんのほうを向いて言ってみた。
「セラさんも、ポーションを使ってくれてありがとうございました」
「なに。当然のことをしたまでだ」
素っ気ない態度で彼女は言う。だがしかし、口角はピクピクと痙攣するかのように動いていた。そしてついには隠しきれなくなったのか、俺から顔を逸らしてしまう。耳が少し赤い。
わかりやすいなこの人! 俺も人のこと言えないけど、これはひどい!
面白いなぁこの人は――と笑いを堪えながらその後ろ頭を眺めていたら、ライカさんが呆れた様子で言う。
「楽しんでるところ悪いけど、そろそろ到着しそうよ。陛下の前で失礼のないようにね」
「き、気をつけます」
どうやら笑っているところを見られてしまったらしい。俺も作法とか気にしている割に緊張感ないな。自重しないと。
頬をペち、と叩いて気合いを入れ直す。
さて、どんな話になるのやら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「面を上げよ」
左から順に、セラさん、スズさん、シンさん、ライカさん、俺の順番で並び、陛下の前で膝を突いていた。
俺たちは陛下からの言葉に応じて、顔を上げる。
前に会った時は非公式の場であったが、今はそうではない。その時ですら重圧感が凄かったというのに、今の陛下はそれ以上だ。
陛下の隣にはディーノ様がいて、近くには近衛が2人。
学校の体育館と同じぐらいの広さがあるこの部屋には、俺たちを含めて9人しかいない状態だ。もっと他の貴族とか王子様とかも居るものだと思っていたから、ちょっと安心。
そんなことを思っていると、陛下は豪華なソファから立ち上がり、驚くことに俺たちへ向けて頭を下げたのだ。会釈程度の軽いものであったが、それでもびっくりしてしまう。
「まず、礼を言わせてくれ。フェノンを救ってくれたこと、1人の父親として感謝する」
いまここで『どういたしまして』なんて返したらダメなんだろうな。それどころか『頭を上げてください』とも言いづらかった。
だってめちゃくちゃ静かなんだぞ? 俺にそんな度胸はない!
ちら、と横に並ぶライカさんを見てみると、彼女は頭を下げていた。それどころか、奥の3人もライカさんと同様に頭を垂れている。え? そういう流れなの?
だから作法なんて知らないって言ったじゃないか……それに陛下が頭を下げるとか、イレギュラー過ぎるだろ!
俺が慌てて頭を下げると、陛下から少し笑い声が零れた。
「ふっ、エスアール殿、そなたはフェノンの命を救った英雄なのだぞ? 緊張する必要は無い。そして、迅雷の軌跡、セラよ。そなたたちも同様だ。Bランクダンジョンの踏破は、歴史に名を刻む偉業である。胸を張れ」
「「「「はっ!」」」」「はっ!?」
まるで打ち合わせしていたかのように、シンさんたちは声を揃えて返事をした。その後に続く疑問形の『は?』は俺のものだ。だっていきなり隣から大声が聞こえるんだから、びっくりするじゃないか。
そんな俺の様子を見て、陛下はまた笑う。
「ふふっ、ダンジョン攻略の詳細は後でディーノへ話してくれ。褒賞の話へ移ろう」
なんか貰えるみたいだ。
お金は別にいらないから、一次職でもダンジョンに潜れるみたいな、特権的な物が欲しいぞ。
「まずはセラ=ベルノート。1000万オルに加え、ベルノート領の税を5年間免除とする」
「陛下の御心に感謝致します」
税の免除はよくわからんが、1000万オルって……1億円!? 太っ腹過ぎるだろ!
セラさんの次、迅雷の軌跡たちはそれぞれ1000万オルと、パーティに対して『先駆者』という称号が与えられていた。
Bランクダンジョンは以前に踏破されたことがあるみたいだし、この時代の先駆者って意味だろう。その価値が如何程のものなのか、よそ者の俺にはさっぱりわからないが。
そして、俺の番がやってくる。
まず、他の4人と同様に1000万オルを与えると言われた。
「エスアール殿。この世界に召喚された時――そなたは言ったな。自分は勇者ではない、期待に添える人物ではないと」
陛下がそう言うと、迅雷の軌跡が一斉にこちらを見てきた。慌てて元の姿勢に戻っていたが、表情は驚愕そのものだった。
彼らにはその辺の話、まったくしていなかったもんな。
「だがフェノンと話をして、私は自分の間違いに気付いた。『勇者』とは、勇ましき者。職業などではない――その人物の生き様のことを言うのだと」
なんだかとても嫌な予感がするんだが。気のせいだろうか。
嫌な汗が頬を伝い、顎からポタリと流れ落ちた。
「そなたは1ヶ月にも満たないわずかな期間で、迅雷の軌跡、セラという王国有数の強者たちを従え、Bランクダンジョンの踏破を成し遂げてみせた。出会って間もない、フェノンのために。エスアール殿を勇者と呼ばずに、誰を勇者と呼べようか!」
ほらなほらなほらなっ!
絶対そんな感じのことを言われる流れだと思ったんだよ!
違うから! 俺、そんな大層な人間じゃないから!
ただのニートで、ちょっとゲームにどハマりしただけだから!
というか、別に彼らを従えたわけじゃないですし! 協力してもらっただけですしぃっ!
陛下はそんな俺の心情を知ってか知らずか、ニヤリと笑みを作った。そして、口を開く。
「そなたには『勇者』の称号を授けよう」
その時の俺の心を表すなら、まさに絶望。
目立ちたくない願望が見事に粉砕された瞬間だった。
ご褒美じゃなかったのかよ……と心の中で悪態を吐きながら、俺は陛下に言ってやった。
「あ、ありがたき幸せ」
頭を下げて、微塵も心のこもっていないお礼の言葉を。
この状況で断れるほど、俺のメンタルは強くないのだ。
国のトップが厚意をもって与えるものに対して、『いえ、結構です』なんて言えるはずないだろ。
はぁ………………どうしてこんなことに。