22 準備運動
「急に役割を変えてもやりにくいでしょうから、俺がセラさんのポジションに就きますね。戦うところを見ていたので、なんとかなると思います」
5階層へと転移したところで、俺はシンさんへと言った。
スズさんは俺たちの会話を気にかけながらも、周囲の警戒を行なってくれており、ライカさんはセラさんに肩をかしている状態だ。
「お前さんがそれでいいなら構わないが……大丈夫なのか?」
「はい。というより、そうするしかないですからね」
俺の言葉に、シンさんは顔をしかめた。
それが俺の体力に対しての心配なのか、それともパーティメンバーを危険に晒すかもしれないという心配の表情なのかは、俺にはわからない。その両方というパターンかもしれないけど。
4層まで攻略してきた彼らには、体力的にもあまり無理はさせられない。できるだけ早く倒すことを心がけるとしようか。
彼らのうち誰か1人でも欠けてしまえば、いよいよ踏破が難しくなってしまう。
問題はやはり、俺のVIT不足だよなぁ。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰武闘剣士
レベル︰32
STR︰D
VIT︰E
AGI︰D
DEX︰F
INT︰G
MND︰F
スキル︰気配察知 見切り
現在のステータスはこんなところか。
VITはE。つまり、下から3番目だ。
ゲーム時代ではBランクダンジョンに挑む際、最低Bが1つ、Cが2つ以上というのが、運営の言っていたボーダーラインだった。
ここまで頑張ってきたシンさんのステータスは、プレイヤーボーナスを含めてもこんな感じだ。
☆ステータス☆
名前︰シン
年齢︰20代半ば
職業︰剣豪
レベル︰80
STR︰C
VIT︰D
AGI︰E
DEX︰F
INT︰G
MND︰F
スキル︰気配察知 飛空剣 逆境 (二連斬)
スズさんやライカさんも、数値的には似たようなものだ。
いかに俺たちが無理してダンジョンに潜っているかがわかる。
そして、やはりこのステータスでBランクに挑んでいる迅雷の軌跡は、かなりの強者だ。
だが、いくら技量が優れていようとも、身体に疲労は蓄積しているはずだ。彼らの調子にも気を配りながら、戦闘するべきだろうな。
5階層の魔物は、オーガだ。
背丈は先程戦っていたオークと変わらないぐらいで、武器は持っていないのだが、筋肉量が倍近くになっている。モリモリだ。
こういう筋肉バカみたいな相手には、魔法や弓で対応するのが一般的なのだが、現在のパーティに遠距離攻撃ができる者はいない。一応俺は弓を引くことができるが、今の俺が矢を射たところで、大した傷にもならないだろう。
現在、記念すべき1匹目の魔物にシンさんが特攻し、左奥にはライカさん、右奥に俺が陣取る形となっている。オーガを起点に、三角形で取り囲んでいるような形だ。
シンさんは魔物の注意を他に向けないよう、気を配りながら、見事にオーガの攻撃を捌いている。
「じゃあ俺も行きますね」
オーガの斜め後ろから小走りで駆け寄って、黒刀で横っ腹を斬りつける。さらに斬る、もう一度斬る。同じ場所を斬って斬って斬りまくる。小さな傷が、何度も斬ることで徐々に広がっていった。
「おい! エスアール! やりすぎだ!」
パーティリーダーであるシンさんからの退却の指示が出た。オーガの注意が俺のほうに向いてしまったからだ。
だが俺にとっては、これは予想通りの流れである。事前に打ち合わせをしなかったのは、このやり方で問題ないと彼らに証明するためだ。
「シンさんとライカさんは、オーガの背中から攻撃してください。俺は前から攻撃しますから」
オーガが振り下ろした拳を半身になって避けた俺は、その腕に足をかけて、軽く飛ぶ。そして、オーガの両目を潰すように、体を大きく捻りながら剣を振るった。よし、これで視界を奪えたな。ゲーム時代で言う、部位破壊だ。
こうして、3人がかりで攻撃を仕掛けていると、あっという間にオーガは消滅した。セラさんと比べるのは申し訳ないが、オークを倒した時よりも早いだろう。
「お前さん、本当に強かったんだな……というか5階層攻略って、何百年ぶりだ? これをもしやり遂げたら、とんでもないことじゃないのか?」
粒子となって消えていくオーガを眺めながら、放心した様子でシンさんが言う。彼の言う通り、数百年に亘り攻略できていなかったのなら、きっとそれは凄いことなのだろう。俺からしたら『は?』という感じだが。
というかそもそも5階層はゴールじゃないし。
「疑ってすみませんでしたです」
「ごめんなさいね」
スズさんとライカさんからは、謝罪の言葉を頂いた。別に今となっては気にしていない。現に彼らはこうして俺に協力してくれているわけだし、わざわざ蒸し返すこともないだろう。「気にしなくていいですよ」と手を振って答えた。
「だから言っただろう! エスアールは強いんだ!」
ふふん、と胸を反らすセラさん。しかしその行動が怪我に響いたのか、片目を瞑り「――つぅ」と、顔をゆがめる。なにやってんだか。
「あーあー、お前さんは怪我人なんだ。大声出したり身体を無闇に動かすんじゃねぇ、それに魔物が寄ってきたらどうすんだ。この階層にはあと29匹も魔物が彷徨いてるんだぞ」
「す、すまない……」
しゅん、と肩を落とすセラさん。喜んだり落ち込んだり、相変わらず喜怒哀楽の激しい人だ。でも、元気そうで良かった。
「流れはこんな感じで。皆さんも体力に気をつけながら戦ってくださいね。さぁ、残りの魔物を倒しましょう」
そう声を掛けると、迅雷の軌跡はこくりと頷く。
最初だけシンさんに魔物を引き付けてもらい、その隙に俺ができるだけダメージを蓄積させる。注意が俺に向いてからは、3人がかりでの総攻撃だ。俺は相手から攻撃されているほうがやりやすいからな。
この戦法は手っ取り早くて、かつシンさんやライカさんの危険も少ない。
VITがFのスズさんには、セラさんの容態を見てもらいながら、周辺警戒を継続してもらうとしよう。
2時間ほど経過し、残りの魔物は3匹となった。
そして、俺はここで戦線から離脱させてもらうことにする。
魔物に見つかるまでの間は迅雷の軌跡たちと共に休憩し、そして見つかって戦闘になってからは、彼らに任せることにしたのだ。
シンさんたちもバテバテだろうが、休み休みの戦闘のおかげで、なんとか全ての魔物を倒すことに成功した。
27匹を倒した時間が3時間で、3匹を倒すのに掛けた時間はおよそ1時間。よく粘ってくれたと思う。
最後の魔物を倒し終えたので、カウントダウンタイマーはすでに起動している。
「悪い、あまり時間を掛けられなかった」
シンさんが肩で息をしながら、俺に謝ってきた。
だが、謝ることはない。彼らは十二分に頑張ってくれた。鬼教官だったとしても、つい褒めてしまうぐらいの成果だ。
なにしろ、彼らはすでに12時間近く戦っている。
ステータスウィンドウで確認すると、時刻は夜の10時を示していた。朝の10時にダンジョンへ潜ったから、俺たちはほぼ丸一日ダンジョンの中に居るということになる。
外は深夜だというのに、時間を無視してダンジョン内は明るいままだ。
「いえ、おかげで少し休むことができました。タイマーが残り30秒になったら行きましょう」
俺は現在、地べたであぐらをかいており、隣ではセラさんが俺の枕を使って横になっている。
ライカさんも疲れたのだろう、地面に足を投げ出して座り、天を仰いでいた。
「はぁ、はぁ――エスアールは、本当に大丈夫なの?」
ライカさんが疲労の滲んだ表情で問いかけてくる。
「えぇ。ここまで楽させてもらったので、いい戦いができそうです」
「十分戦っていた気がするですけど……」
「皆さんに比べたらほんのちょっとですよ」
スズさんは何かを言いたそうにしていたが、結局「そうですか」と言うに留まった。
一度戦闘をした後は、彼らの俺に対する信頼度は高まっていたと思う。
だが、それでもやはりBランクダンジョンのボスに単独で挑むのは、危険だと感じているのだろう。シンさんから声が掛かる。
「緊急帰還の準備はしておくから、無理はするなよ」
パーティで潜っている場合、帰還する時は全員一緒だ。
誰かが帰還を選択してくれると、たとえ俺が魔物に襲われている最中であれ、瞬時にダンジョンから離脱できる。
そういう利点もあれば、セラさんのように怪我人が出た場合、1人だけ帰すことができないというデメリットもある。
「ありがとうございます。ですが、俺がそう判断するまでは、絶対に押さないでくださいね」
こちらとしては余裕なのに、彼らが焦って帰還を選択したりしたらたまったものじゃないからな。
「わかった。声をかけることにする」
「はい。それでお願いします」
俺は笑顔で言う。迅雷の軌跡もセラさんも、どこか不安そうな表情だ。
まぁ、その不安も戦闘が始まればすぐに払拭されるだろう。俺の戦いをしっかりと目に焼き付け、今後の探索者人生の糧にしてほしい。
さぁ、決戦の時だ。