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21 予定外の事態




 王都から徒歩20分の距離に、俺たちの目的地であるBランクダンジョンは存在する。馬を使うか迷う距離だが、俺たちは歩くことを選択した。


 なぜかって? 俺が馬に乗れないんだよ! 文句あっか!


 セラさんが「一緒に乗るか?」と提案してくれたが、男のプライドが邪魔して「歩きたい気分なんです」と答える羽目になった。

 学生の頃は自転車の後ろに彼女を乗せて――なんて夢があったけど、馬で願いが叶うのは勘弁してほしい。しかも俺が後ろだし。


 道中、迅雷の軌跡からプレイヤーボーナスの感触を聞いてみると、彼らはとても興奮した様子で、Dランクダンジョンが楽勝だったとか、未だに夢じゃないかと疑ってるなどなど――嬉々とした表情で語ってくれた。


 絶対に他には漏らさない――と言ってくれたし、俺としては安心だ。そもそも誓約書があるから、彼らはそんな真似をしないだろうが。


「エスアールは大丈夫なのか? 顔色は少しマシに見えるが、万全っていう風には見えないぞ」


 ちょうど王都とダンジョンの中間辺りの道を歩いている時、シンさんが聞いてきた。


「うーん。確かに万全って言えるほど元気ではないですね」


「おいおい、本当に大丈夫かよ……お前さんはダンジョンボスを相手にするんだぞ? そんな調子でどうする」


「ですです。私たちにいきなり『ボスも任せた』とか言われても困るですからね」


「あはは、さすがにそんなこと言わないですよ。でも、余裕がありそうなら少し寝させてくれたら助かります」


 眠たいんです。


 満足できそうでできない微妙な睡眠をしたから、今の俺は睡眠欲が凄まじいことになっている。三大欲求の偏り方がすごい。

 別に千鳥足になってしまうような状態ではないが、なんというか――ベッドに飛び込んでそのまま意識を失いたい気分だ。

 今の俺は、家電屋さんの『マッサージチェア無料お試し』なんてポップを見たら、たとえ買うつもりがなくともその誘惑に抗うことは出来ないだろう。そもそもこの世界にそんなものないんだけどさ。


「寝させてほしいとは言っても、ダンジョン付近には休憩スペースはないぞ?」


 セラさんは俺の顔を覗き込むようにしながら言った。どうやら俺の顔を見て健康状態を判断しようとしているらしい。


 セラさんはああ言ったが、別に俺は休憩スペースで休みたいなんて贅沢は言うつもりはない。俺のインベントリには、いつでもどこでも寝られるよう、常時枕が入っている。


「迅雷の軌跡の皆さんなら、セラさん抜きでも3層ぐらいまで平気でしょう。ダメですか?」


 わがままを言っているのはわかっているが、俺としてもスッキリした状態で挑まないと、極々僅かな不安が残る。緊急事態だから仕方ないが、そもそも今の俺はBランクダンジョンに挑むようなステータスではないからな。


「お前さん――まさかダンジョンの中で寝るつもりなのか?」


「……やっぱりダメですかね? セラさんが見張っててくれたら、大丈夫かなと思うんですけど。もちろん4層からはちゃんと起きます」


 どの道、俺はVITの問題があるから、ボス戦まで体力を温存しておかなければならない。彼らの後ろについて行ってもいいのだが、どうせ暇をするぐらいなら寝たいのだ。


「いいんじゃない? 私ね、このパーティの力がどれだけ上がってるのか確かめたいの。いままでは3層をクリアしたとき、いつも満身創痍だった。だけど、今はそうじゃないでしょう?」


 ライカさんは俺の味方をしてくれるみたいだ。

 シンさんやスズさんに向けて、明るい声で言う。


「確かにな。俺も、どれだけ成長したのか確かめたくはある」


 歩きながら、腕を組むシンさん。

 時間にして10秒ほど経ったところで、彼は「わかった」と了承の言葉を口にした。


「3層までは、俺たちで魔物を倒そう。ただし、状況によっては早めに起きてもらうからな」


「ええ、もちろんです。お気遣い感謝します」


 ぺこりと頭を下げつつ、内心では『よっしゃあ!』とガッツポーズ。

 彼ら3人の力量から推測すると、1層あたりにかかる時間は1時間半といったところだろう。階層をまたぐ度に起きなければならないとはいえ、5時間近くも寝ることができる。


 何も問題なく、順調に進んでくれたらいいが。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 リンデール王国の王都北にあるBランクダンジョンは、草原タイプ。ここは俺もゲーム時代にエリクサーを求めて周回した記憶があるから、内容は全て頭に入っている。


 ボスの魔物は1つ目で背丈が5メートルほどの巨人――サイクロプスだ。


 このまま万全の状態で挑めば、100%の確率で勝利できる。『ほぼ』ではない。間違いなく――だ。

 そんなヘマをするようでは、覇王ベノムになど到底太刀打ちできない。それができるからこその、頂点だ。


 迅雷の軌跡は俺の予想通り、問題なく1層から3層を攻略した。

 途中軽い怪我を負うような場面もあったようだが、スズさんのヒールと、用意していたポーションで問題なく治療できたようだ。

 INT(魔法力)が増加して治癒の威力が上昇したスズさんは、そのことをとても喜んでいたらしい。俺は寝ていたからその場面を見ていないけど。


 セラさんはせっかく力を付けたのにもかかわらず、俺の護衛をしていたため出番が無く、少し不満そうな表情をしていた。


「よし! ここからは私の出番だなっ!」


 その鬱憤を晴らすように、4層へ転移するなりセラさんは獰猛な笑みを浮かべ、まるですぐそこに魔物がいるかのように剣を振るった。


「おまえさん抜きでも5階層まで行けるかもしれねぇぞ」


 そんなセラさんの様子を眺めながら、シンさんが言う。彼も無事3階層を攻略できたからか、嬉しそうな表情をしていた。

 彼の場合、拳闘士のプレイヤーボーナスを取得したから、AGI(敏捷)が上昇しているはずだ。接近戦ならば特に重宝するステータスである。


「確かにそうかもしれないですが、居てくれたほうが助かるです。それに、連携の練習をした意味が無くなってしまうです」


「そうよ。それに彼女、ステータスボーナスを得てから、剣さばきが凄く上手になってるわ。シンといい勝負じゃないの?」


「なにぃ?」


 同等レベルだと言われたシンさんとセラさんの表情は対照的だった。

 片方は納得いかないとでも言うふうに相手を睨みつけ、片方は自慢げに胸を反らしていた。どちらがどちらなのかは、言わなくてもわかるだろう。


「ふふん。エスアールも見ていてくれ、私の生まれ変わった剣術をっ!」


「はいはい。ちゃんと見てますから、怪我には気をつけてくださいね」


「もちろんだ! 貴方との約束を忘れた日はないからな!」


 絶対に危険な真似はしない――確か俺はそう言ったはずだ。それを彼女はしっかりと覚えてくれていたらしい。もし忘れてたら説教していたところだ。


「では、俺は後ろからついていきますので、よろしくお願いします」


「あぁ! 私に任せておけ!」


 どん、と胸を叩いてセラさんが言う。

 迅雷の軌跡は彼女の後ろで苦笑いを浮かべていた。



 4階層の魔物も残り1匹。

 迅雷の軌跡は3人パーティで、セラさんはソロの探索者だ。数日間共に行動したとはいえ、ほぼ即興のパーティがどのような連携を見せるのか――少々不安ではあったが、なんとか上手くやっている。


 シンさんは剣豪という職種についてはいるが、パーティではタンクの役割を果たしていた。パーティに指示を出しながら、敵の攻撃を受け、時には受け流して敵を足止めしている。


 その隙を見て、セラさんやライカさん――時には神官であるスズさんも攻撃を加えていた。

 スズさんの場合はダメージを与えるというよりも、槍でチクチクと攻撃して、注意を逸らすような役目を果たしていた。その隙にシンさんたちが一撃を浴びせる――といった具合だ。


 その他の連携も舌を巻くようなものが多数あり、王国ナンバーワンの名は伊達じゃないことがわかった。


 迅雷の軌跡は、未到達だった階層の魔物を倒せることが余程嬉しいのだろう。1匹倒すことに喜びの声を上げていた。



 そして、事件は起こってしまった。



 セラさんも張り切って魔物を倒していたのだが――やってはいけない悪手、彼女はソレをやってしまったのだ。


「――っ! セラさんっ! 退避っ! 直ぐに下がってください!」


 4階層は2メートル級で、二足歩行の豚の魔物――オークが生息している階層だ。武器はその背丈と変わらないほどのサイズがある木製の棍棒。

 セラさんはその魔物の胸に、トドメと言わんばかりに剣を突き刺しのだ。


「――っ! 剣が、抜けないっ!」


「馬鹿野郎っ! 剣なんか放っておけっ!」


 シンさんはそう叫びながら、慌ててオークの背中を切りつける。――が、オークはそれを無視してセラさん目掛けて棍棒を横薙ぎに振るった。


「――ぅがっ」


 声にならない叫び。

 無防備な横っ腹に攻撃を受けたセラさんは、10メートル以上も吹き飛ばされ、転がり、跳ね上がり、そしてまた転がって、動かなくなった。


「スズさん! 直ぐにヒールとポーションを! ライカさんは周辺警戒!」


 俺はそう叫ぶと、直ぐにオークのもとへと駆け出していった。


 ライカさんに周辺警戒をお願いしたが、そういえばこのオークが最後の1匹だった。俺はそんな当たり前のことも頭から抜け落ちてしまうほど、焦ってしまっていたらしい。

 誰もそのことを指摘しなかったため、俺は後々1人羞恥に悶える羽目になってしまうのだった。



 既にかなりのダメージを蓄積していたオークは、シンさんと2人がかりで攻撃すると、あっという間に倒すことが出来た。

 

 それはいいが、問題は彼女だ。


「……すまない、油断した」


 彼女は俺が渡した枕に頭を乗せて、横になっている。元々倒れていた場所には、大きな血溜まりの跡ができていた。脇腹からの出血と、内臓の損傷により血を吐き出していたからだ。


「ヒールとポーションである程度傷は治ってると思うですが、血も少なくなってるですし、無理は禁物です」


「そうね。あんな筋肉の塊みたいな相手に対して、剣を突き刺したりしたらダメよセラさん」


「あぁ、身に染みたよ……」


 とりあえず、命に別状はなさそうだ。

 彼女の行動を叱りたい気持ちと、この場に連れてきてしまったという申し訳なさから、俺は何も言うことができずに口を閉ざしていた。


 シンさんはそんな俺の様子を見ながら、問いかけてくる。


「どうする? 4階層をやった感じ、俺たち3人だと正直体力が持つかわからねぇ」


 それは遠回しに『帰還するか?』と言っているように思えた。階層をクリアした際に現れたカウントダウンタイマーは、残り2分となっている。


 確かにセラさんのことを考えると、直ぐにでも帰還して療養させるべきだ。だが、そうしてしまうと、また1階層からやり直しの上、セラさん抜きで攻略に臨むことになるだろう。


 色々なものを秤にかけた結果、俺は進む方向で考えることにした。


「……歩いて付いてくることはできそうですか?」


 俺の言葉に、迅雷の軌跡の面々は目を丸くして俺の顔を見る。


 セラさんも体調的には最悪かもしれないが、激しい運動などをしなければ悪化するようなことはないはずだ。

 しかし王女様のほうは命が掛かっている。セラさんには申し訳ないが、耐えてもらうほうがいい。


 セラさんは腕を使い、痛みに顔をゆがめつつも体を起こした。


「もちろんだ。まだ、戦える」


「それはダメです。セラさんは見学していてください。ここからは俺がパーティに加わりますから」


「――っ! だが、それではエスアールが――」


「大丈夫ですよ。ボス戦前の準備運動のようなものです」


 俺は笑顔でそう言って、彼女の手をとる。ぐっと手を引いて、彼女を起き上がらせた。


「――とと、すまないな」


 立ち上がると同時によろける彼女を、俺は咄嗟に抱きとめた。緊張して体が強ばってしまったが、直ぐに体を離して「本当に大丈夫ですか?」と問いかける。


「問題ない。見ての通り、私は平気だ」


 どこがだよ!――と、ツッコミたくなる気持ちを抑えて、俺は頷いた。

 そして、難しい表情をしているシンさんに向けて言う。



「先へ進みましょう。ここからは、俺も参加します」



  

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