Aー101 回避の訓練(回避無し)
探索者ギルドにて、レゼルの探索者たちを指導することになった。
俺側に集まったソウビさんを含む十二名は、話こそ聞いてはいるものの、態度というか雰囲気というか――俺に対する感情がいくつかに分かれていた。
一割は、とても緊張した様子。
もう一割が、面倒くさそうにしている人たち。
そして残りの八割が、疑いの感情を表に出している人たちだ。
さっきはセラに戦ってもらったから、俺の指導が本当に役に立つものなのか疑問に思っているのだろう。まあ、俺が今回教えようと思っているのは回避だから、どれだけ役に立つのかどうかはその人の戦闘スタイルにもよるだろうし、『めちゃくちゃ有意義な講義だぜ!』とはとてもじゃないが言えない。
そしてなにより、俺は人に教えるのが上手というわけではないから。
「というわけで、回避の訓練をしようと思います――とは言っても、それぞれに体の動かし方を教えるってのも難しいので、先読みの訓練ですね」
みなの前で俺がそう言うと、一様に首を傾げた。
そして、俺側に来た紅一点の女性探索者が、おそるおそるといった様子で手を上げる。
彼女は、この中で一割の『緊張している探索者』だった。
「どうしました?」
「あの、敵の動きを予測するというのは……魔物の行動パターンを覚えるということでしょうか?」
魔物の行動パターンを覚える……か。ボスが使う大技は覚えておくべきだけど……うーむ。
「あなたは今、どのランクのダンジョンに潜っているんですか?」
「主にBランクです。もう少しレベルを上げたら、Aランクに挑戦しようかと」
どうやら彼女は、探索者の中でも上位に位置する人らしい。
先ほどの彼女のセリフは、だからこそのものだろうな。
「Bランクまでは――いや、頑張ればAランクも基本的なパターンは覚えられると思いますけど、それ以降は暗記では対応しきれなくなりますし、ボスはかなりきつくなりますよ。今回俺が伝えるのは主に、敵の動きを見て、敵の動きを予測する――という感じです」
どちらかというと、魔物よりは対人戦向けですね――と言葉を付け加えた。
わかったようなわかっていないような表情を浮かべる探索者たちに向けて苦笑いを披露していると、ソウビさんが声を上げる。
「まあ、噂じゃこの『覇王様』はソロでリンデールのSランクダンジョンをクリアしたらしいからな。魔物相手なんて勝って当然なんだろうよ」
ソウビさんの言葉を受けて、探索者たちがどよめきだす。
あの噂は本当だったのか、ハッタリじゃねぇの、さすがに無理じゃないか、そんな言葉がちらほらと聞こえてくる。
自分から『Sランクソロでクリアしましたーっ!』なんて言って回っているわけではないし、レゼルに足を踏み入れるのは初めてのことだから、この反応は仕方がないか。
「ま、まあそれは真実ですが、別に信じようが信じまいがどっちでもいいです。そもそも、俺は今日カタリヤ様に頼まれて来ているだけなんで……」
もし反対意見が多いようなら帰ろうかなぁと思いながらそう言ったのだけど、ソウビさんが「ジルとアーノルドからお前の強さは聞いてるから心配すんな」と笑いながら口にした。
ヴィンゼット姉弟とパーティを組んで武道大会に出たのなら、そこでつながりもあるか。
「じゃあ俺の弓を避けてくれよ。まずはお手本を見せてもらわねぇとな――まさか弓は避けられない、なんてことは言わねぇだろ?」
「そりゃまあ」
俺だけでなく、テンペストのランカーたちならば余裕だろう。俺たちは三次職のひとつ――霊弓術士の『束縛の矢』を避けていたんだぞ。百本近い、追尾機能のある矢を。
逃げ道をふさがれてもいない状況で、たった一本の矢を避けられないはずがない。
立ち上がったソウビさんは、インベントリから弓を取り出し、俺から距離を取る――いや、どんだけ離れるつもりだよこの人。
「ソウビさん? そこまで離れなくても、矢一本をただ避けるだけなら近くていいですよ?」
「お、すまんすまん、別にみくびったわけじゃなくて、加減がわからなくてな――せっかくだしお前が避けられるギリギリの場所を教えてくれ。そっちのほうが、こいつらも信じるだろうからな」
ソウビさんは頭を掻きながらそう言うと、テクテクとこちらに歩いてきて、立ち止まる。探索者たちはざわざわとしているが――二十五メートルが二十メートルになったぐらいの変化だぞ?
やはりというかなんというか……俺と彼らの間には大きな感覚の違いがありそうだ。
クレセントか翡翠が一緒にいてくれたら、そこで実演をできたんだけどなぁ。
「……すみませんソウビさん。たぶんどの距離でも避けられますので、好きな場所から打ってください。さすがにゼロ距離は無理ですけど……最低こぶし一つ分空いていれば、避けられると思います」
自分でそう言いながら、なんて上から目線な言葉なのだろうと嫌になった。でも実際に避けられるから仕方ないだろ! へこへこしながら『あ、その辺でちょうどいいです~』なんて嘘を吐くのは気分が悪い。
俺の言葉を受けて、ソウビさんはキョトンとした表情を浮かべたのち、ニヤリと笑みを作る。ざわつく探索者の声を浴びながら、彼は五メートルほどの距離まで近づいてきた。
「ここでも避けられるってのか?」
「大丈夫です」
返事をすると、ソウビさんが俺に向けて弓を構える。狙いは喉元らしい。矢先をつぶしているからか、容赦のないポイントを狙ってくる。俺は棒立ちで、攻撃を待った。
全体を見ながら、細部への注意もおろそかにしない。
目の動き、指の動き、頬の筋肉の動き――数えきれない経験が直観となり、相手が矢を放つタイミングなど――この集中できる状況でわからないはずがない。
そしてソウビさんが弓を構えてから十数秒後――矢は俺の喉めがけて放たれた。
「――っ!?」
「――あっ、す、すみません!」
直前で、俺の後ろ方向にギルドの受付嬢がいたことを思い出した。どのあたりにいるか正確に把握していなかったので、俺が避けたら当たるかもしれない――そんな内容が頭の中を一瞬で駆け巡り、俺はとっさに矢を掴んでしまった。避けることもせず、ただ掴むだけ。
後ろを振り返ってみると、受付嬢は射線から外れた場所にいた。どうやら、俺の気にしすぎだったらしい。そりゃソウビさんも気にかけてるよな。それぐらい。
「後ろのことを気にかけていなかったので……すみません、回避の訓練なのに掴んでしまって。もう一回いいですか?」
ソウビさんは俺が掴んだ矢をぽかんとした表情で眺めており、質問への返答はなかった。