A-93 散策デート
クレセント及び翡翠の新居について。
建築場所を俺の住む家の近くにするという案が出てきたため、いちおうパーティメンバーたちに相談した。
といっても、俺たちが拒否したからといって、敷地全てを俺が保有しているわけでもないし、彼女たちが強行するというのであれば俺に止める権利はない。
結局、セラもフェノンも、そしてシリーやノアも反対することはなく、逆に『なんでわざわざそんなことを聞くの?』という感じだった。俺が気にしすぎていただけらしい。
本日はクレセントと翡翠、それからセラと俺でレーナスの街に来ていた。
同郷の二人は善は急げということで、さっそく新築の家を注文するらしい。
現在お金はないに等しい状態だけど、まぁ彼女たち二人ならば問題なく稼げるだろう。
「こうやって二人で歩くのもなんだか久しぶりだなぁ」
クレセントたちが業者と話している間、俺とセラは街をぶらり。
特にこれといった予定はないので、本当に当てもなくぶらぶらするだけである。
商業都市レーナスとだけあって、見る店には困らないからな。
クレセントが来たり、翡翠が来たりと最近はバタバタしていたし、それ以外もだいたいダンジョンに潜っていたからなぁ。たまにはこういう息抜きも悪くない。
そして、二人というのがこれまたいい。みんな親しい中とはいえ、四人五人いる状態だと、やはり少し疲れてしまうからな。
「エスアールはどこか行きたいところはあるか?」
「んー……特にないから、目についたところに入ろうかなぁと思ってた。セラは?」
「私も特に。では、のんびり散歩するとしようか」
そう言ってからセラは、おずおずと俺の手を握ってくる。
一度目は軽く握って、それから深くギュッと握る。そして最後には、指を絡めあう恋人繋ぎに昇格した。この間、僅か三秒である。
すでに結婚しているというのに、この初々しさはなんだろう。
もちろん俺がセラの手を繋ごうとしたら、同じようなことになりかねないから笑ってはいけないのだけども、やはりクスリと笑ってしまった。
「な、なにがおかしい!」
「可愛いなぁと思って」
「そ、そんなにはっきりと言わないでくれ……」
かぁ、と顔を赤くして、セラが俯く。周りの人たちも『あらあらまぁまぁ』と言った様子で微笑ましく彼女を見守っていた。
服の店だったり、食べ物屋だったり、武器の店だったり、目についたお店には取り敢えず入ってみようの精神で、俺とセラはレーナスの街を堪能した。
レーナスの近くに住み始めてから結構な時間が経っているが、まだまだ知らない店は多い。それほどにこの街は大きいし、そもそも俺がダンジョンに通い過ぎていたせいであまり街にきていない。
ダンジョン尽くしの生活も悪くないけど、こういう日常も大事にしないとな。
独身だった頃とはわけが違う。
家族がいて、仲間がいるのだ。もうすでに、俺一人の身体ではない。
そんなことはセラとフェノンと結ばれた時にとっくに考えていたはずなのに、こうやって街を歩いていると、いかに自分がその部分をおろそかにしていたかに気付かされる。
「これからは、こういう時間をもっと増やしたほうがいいかなぁ」
雑貨屋にて、ぽつりと俺が漏らすと、セラが「ふふ」と笑う。
「なんだ、旦那様は私たちのことを考えてくれているのか?」
ニヤニヤとからかうような表情を浮かべて、セラが入ってくる。手には獅子舞のような人形が握られていた。買うつもりなのだろうか。
まぁそれはいいとして。
「そりゃ考えるさ。できることなら、みんな楽しいほうがいいだろ?」
セラもフェノンもシリーもノアも。
直近で言うと、クレセントと翡翠もだな。
全員幸せになってほしい。全員笑っていてほしい。
それが可能か不可能かは抜きにしても、そう願うのは自然じゃないだろうか。
「エスアールは優しいな」
はたしてそうだろうか。そう思いながら、セラの言葉に耳を傾ける。
「だが、それでエスアールが我慢する必要はないのだぞ? こうして二人で街を散策するのもたしかに楽しいが、私も貴方と同様で、ダンジョン探索も同じぐらい好きだからな」
そりゃ俺だってこの時間を楽しんでいる。
ただ、身体に『ダンジョンに行く』という行動が染みつきすぎていて、気が付けば足がダンジョンに向かっているのだ。完全に中毒ですね。
もしもこれから、俺やセラ、そしてフェノンとの間に子供とかができたりしたら――毎日ダンジョンになんて行ってられないだろう。
予行演習も兼ねて、徐々に探索の頻度を落とす事も視野に入れておかないとな。
そんなことを考えていると、なにやらセラが獅子舞もどきを手にもったまま、モジモジとなにやら言い出しにくそうにしながら「そ、それとだな」と口にする。
「ダンジョンでも街でも構わないのだが、たまにはこういう二人きりの時間があると、私は嬉しい……」
クスリと笑って「可愛いなぁ」と言うと、彼女は顔を赤くして獅子舞もどきの会計に向かった。
まさか本当に買うとは……彼女の好みも、もっと理解できるようにならないとな。