20 彼の正体は……?
またまたセラ視点のお話です。
Dランクダンジョン前へとやってきた私と迅雷の軌跡は、人目につかない所でステータスウィンドウを操作し、エスアールの言った職業へと転職した。
「――? シンとスズ、今オーブを使ったか?」
私とライカの手には、効力を失い色を失った転職のオーブがある。だが、シンとスズは手ぶらだった。私の見間違いで無ければ、彼らはステータスウィンドウをいじっただけだった。
「実は探索者になる時、拳闘士と剣士で迷ってたんだよ。それで、最初は拳闘士のレベルを上げてたんだ。結局、剣士にしたけどな」
「私もシンと同じです。レベル15まで上げてるですよ」
「俺は8だな」
なるほど。私の場合、幼い頃から剣術の訓練をしていたから、剣士一択だったが、序盤で転職をするのはよくある話だ。
しかしながら、エスアールの言うステータスボーナスを獲得して、別の下級職に転職する者は、おそらくいないだろう。
なぜなら、レベル30になると上級職へ転職できるようになる。それを無視して、またFランクダンジョンでレベル1からやり直す――なんてことをする酔狂な探索者は、ほぼいないだろう。私のような貴族ならいざ知らず、基本的に探索者は金銭が目的だからな。
「私もセラさんと同じレベル1だから、一緒に頑張りましょう」
「あぁ、そうだなライカ。お互い頑張ろう」
私と同じ境遇のライカが声を掛けてくれた。
ただでさえ私はパーティの一員ではないというのに、もし私だけレベル1だったりしたら、申し訳なくてさらに肩身が狭くなっていたところだ。彼女の存在は、疎外感のある私にはありがたい。
「じゃあ、行くぞ。さっき言った通り、厳しそうなら迷わず緊急帰還だ。エスアールの言っていたことが事実なら、そんな必要はないだろうがな」
シンはまだエスアールに疑いを持っているようだ。スズやライカも口には出さないが、まだ信じきれていないのだろう。その証拠に、シンの言葉を聞いた彼女たちは表情を強ばらせていた。
かくいう私も、まだ彼への信頼には靄がかかっているような感じだ。心では信じたいと思っているが、自分自身が体験していない以上、全幅の信頼は置けていない。
もし彼の言うとおり、下級職でも問題なくDランクダンジョンを踏破できたのなら、私の彼に対する信頼は確たるものとなるだろう。
Dランクダンジョンの1層。
このダンジョンは森林型で、1層に出現する魔物は80センチほどの背丈があるゴブリンだ。私もレベルが低い頃は、このゴブリンに痛い目を見た経験がある。
それが今はどうだ。
「こりゃ、エスアールの話はマジだな」
20匹目――つまり、最後のゴブリンが粒子になっていく様を眺めながら、シンがうわ言のように呟いた。
主に攻撃をしていたのは私とシンの2人。
神官から魔法士に転職したスズは、ステータスボーナスにより魔法力や魔法防御力は上がっているらしいが、スキルを覚えるレベル25までは攻撃に参加できない。よって周辺警戒の役目を担当していた。
ライカは万が一の事態に対応するため、ポーションを片手に持って私やシンの近くで待機していたが、半分の魔物を倒し終えた頃からは、彼女も攻撃に参加し始めた。
「だから言っただろう。騙されてなどいないと」
「……そうだな。今更だが、この情報……ヤバすぎないか?」
「ですです。罰則がライセンスの永久剥奪では、軽いとさえ感じるです」
「私もそう思うわ。教えてくれたエスアールには、感謝しないとね」
エスアールのもたらした情報がいかに非常識なモノなのか。
彼の言葉が真実だと確信した彼らは、今になってようやく冷や汗をかいていた。
私も平気そうに振舞ってはいるが、実のところ、剣を持つ手が微かに震えてしまっている。
なにしろ今までの常識が、たった1人の人間の登場によって覆ってしまったのだ。この時代――まさにこの時が、後に歴史の転換点として語り継がれるのではないかとすら考えてしまう。
もしかすると彼自身、この情報にどれほどの価値があるのか、ハッキリとわかっていないのかもしれない。
……いや、そんなことよりも今はエリクサー入手を急がねばならない。フェノンの命は残り僅かなのだ。考えている暇があるのなら、今できることをするべきだろう。
「エスアールは私たちに1層から5層の踏破を任せたのだ。感謝をするのならば、しっかりとレベルを上げて、期日までに間に合わせようじゃないか」
私の言葉に、スズとライカの2人が頷く。
「なんでお前さんが仕切ってんだよ」
シンはそう言いながら苦笑する。
笑うんじゃない! パーティを組むのは初めてなんだから、いつもより気合いが入ってしまうのは仕方がないだろう!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
下級職のレベル上げを始めてから6日後、私たち全員のレベルが30を超えた。夕方には達成できたので、現在私たちは王都の酒場に来ている。
「ひとまず目標達成ってことで、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
掛け声と共にグラスをぶつけ合って、それぞれの飲み物を呷る。
シンと私はエール。ライカは葡萄酒で、スズは果物のジュースだ。
「予定より早く終わったのはいいが、本番はこれからだ。明日はセラを含めた連携に力を入れよう。それにお前さん、まだCランクダンジョンを踏破してなかっただろう?」
「あぁ。よろしく頼む」
私がそう言うと、スズが「気にしないでいいです」と答えた。そして彼女は難しい表情で問いかけてくる。
「それよりも、エスアールです。彼、本当に何者です?」
「さぁ……実のところ、私もよく知らないんだ」
彼が別の世界の住人であることは知っているが、それが彼の知識とどう関係しているのか、さっぱりわからない。
もちろん口止めされているから、彼が異世界人ということは言わないが。
「正直、異常です。みんな、気付いてないです? 例のボーナス以外のことで、彼の知識の凄さを」
スズの問いかけに、シンとライカは首を傾げる。
私も、彼女がなんのことを言っているのか理解できなかった。
「セラさんはエスアールと模擬戦をしたことがあるですよね?」
「あぁ。コテンパンにやられたぞ」
「他に、彼に戦っているところを見られたことは?」
「それは……ないな。それがどうかしたのか?」
私がそう問いかけると、スズは真面目な表情でそれに答えた。
「セラさんに関しては模擬戦の一戦のみ。私たちなんか、現在のレベルと最高到達の階層しか答えてないですよ。なのに、彼は7日という数字を導き出してるです。もし私とシンがレベル1だったら、全員がレベル30になるのに明日の夜まで掛かっていたと思うですよ。あまりにも的確です」
言われてみれば……確かにそうだ。
スズの言葉を受けて、皆言葉を失った。彼女は続ける。
「何年も探索者をやってきた私たちですら、そこまで正確に把握するのは無理です。彼が神様か何かじゃないかと疑ってしまいそうです」
ふむ。確かに一理あるが――、
「仮にそうだとしたら、わざわざレベル1になって下界に降りてくるか? それに神様だというなら、エリクサーなんて簡単に作れたりしそうなものだが」
「…………それもそうですね」
私やスズはもちろん、シンとライカも腕を組んで考えている。彼が何者なのか。
しばらくそうしていると、ライカが何か思い出したようで、「あっ」と声を上げた。
「そういえば、彼が『負けず嫌い』って話をしていた時に、『俺は全てを奪われても、落ちぶれるつもりはない』って言ってたわよね? 彼はもしかすると、元はとても凄い探索者だったんじゃないかしら? それが、何かが原因でレベル1に戻ってしまったとか」
「それならば名前や容姿ぐらい、誰か知っていそうなものだけどな」
「そうよね……」
再び4人で腕を組んで再び考える。
その後も、未来や過去から来た人間だとか、神の使徒だとか、勇者だとか様々な憶測が飛び交った。が、どれも確信に至るようなものは無く、打ち上げが結局お開きになるまで、答えが出ることはなかった。
彼が勇者でないことははっきりしているのだが、私は敢えて口にすることはしなかった。そのことを話すと、自然と彼が異世界人であることが露見してしまいそうだったからだ。
そろそろ帰ろうか――そんな話をしている時、シンが私に聞いた。
「そういえばお前さんとエスアールの模擬戦は、どんな感じだったんだよ。手も足も出なかったとは聞いたが、どんな風にやられたんだ?」
彼は興味津々といった様子で、少し前のめりになっていた。
「そうだな……私も気がたっていたから、あまり細かいことは覚えていないが、とにかく攻撃が当たらないんだ」
今思い出しても、彼の動きはまったく無駄がなかったと思える。こちらが10の力で攻撃をしているのに対して、彼は1の力で回避をする――そんな感じだった。
「ふーん。そう言えばあいつ、Cランクダンジョンのボス相手に回避の訓練をしてたとか――って、もしかしてアレもマジなのか」
「今となっては、真実である可能性が高く思えるですね」
私は2人に顔を向けて頷くと、模擬戦の時の話を進めた。
「当たりそうなんだが、当たらないんだ。彼は一度だけ私の攻撃と同時に前に出てきてな、攻撃を躱しながら、顎を掌底で打ち抜いてきた。私はその一発で気を失ってしまったよ」
「――はっ、そりゃ手も足も出ないなんて言うわけだ」
「反撃が得意なのかしらね」
ライカが口にした言葉に、私は「そうだと思う」と答える。
「何しろ試合前に『弱そう』だとか、散々煽られたからな。彼本人も、攻められるほうが戦いやすいと言っていた」
こちらから攻撃しないと、勝つことはできない。しかしこちらから攻撃を仕掛けると、反撃されてしまう。
全く攻撃の当たらない彼に勝つ光景を、私は想像することができなかった。
そして、スズが発言する。
「彼が魔物を相手にどんな戦いをするのか、今から楽しみです。何しろ魔物は例外なく好戦的ですから」
その言葉に、私を含む他の3人は息を飲んだ。
私も彼と共に行動していたが、魔物と戦っているところはもちろん、彼が戦うところを客観的に見たことはない。
はたして、これだけの知識を持ち、技量と才能を併せ持つ彼がどんな戦いをするのか――私は見てみたいと思う反面、見るのが怖いとさえ思ってしまった。
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