A-91 木目翡翠(きめ ひすい)
両親のことも気になるけど、なにはともあれ姫スキーだ。
俺なんて、この世界にやってきたときは意味がわからなすぎてその場で吐いちゃったし、姫スキーの心の状態が心配である。
まぁあの時の俺と違って、彼女には一緒にパーティを組んでいたクレセントもいることだし、いくらかマシだとは思う。彼女がこの世界に来たことをどのように思うのかまでは、姫スキーの性格をあまり知らない俺には判断しかねるところだけども。
だいたい時間にして一時間が経った頃、俺の部屋に来ていたパーティメンバーたちには席を外してもらい、入れ替わるようにクレセントと姫スキーが入ってきた。
「どうです? 少しは落ち着きましたか?」
クレセントに背中を押されながら、恐る恐ると言ったようすで部屋に入ってきた姫スキー。俺が声を掛けると、彼女は「はい」と短く返答した。
「ミカに聞きましたけど、本当にここはゲームの世界じゃないんですか?」
「あーさては姫ちゃん、自分を信用してないッスね!」
「だってミカ時々ふざけるじゃない」
「時と場合は選ぶッスよーっ!」
ムキャーと抗議の言葉を叫ぶクレセント。
そう言えば、姫スキーはクレセントのことをミカって呼んでいたなぁ。なんだか懐かしい。
二人にはソファに並んで座ってもらい、俺もテーブルを挟んだ場所に腰を下ろす。
さて……いったい何から話したらいいものか。
クレセントがある程度状況を説明してくれているだろうから、俺から出す新たな情報ってのもあまりないと思うんだよな。
というわけで、
「何か質問はありますか? 俺が知っていることなら、何でも答えますよ」
聞いてみた。だって何が知りたいのかわからないんですもん。
俺の問いかけに対し、クレセントは器用にずっこけたようなリアクションをとる。
その隣で、姫スキーがクレセントに向けて『アホだなぁ』とでも言いたげな視線を向けていた。
「なんだよ」
「『なんだよ』じゃないッスよ! ここは『急なことでビックリしただろう、安心しな。俺がお前を守るから』みたいなセリフを言う場面ッス!」
「えぇ……俺、そんなキャラじゃないし。そもそもお前にもそんなこと言ってないだろ」
「姫ちゃんは可愛いじゃないッスか! か弱き乙女なんッスよ!」
個人戦ランキング三位のプレイヤーに向かって『か弱き乙女』なんて言葉は使いたくないなぁ。だって詐欺じゃん。
クレセントと言い合い?のような物をしていると、姫スキーがこちらをジッと見ていることに気付いた。そういえば質問を投げっぱなしにしていたな。
「何か聞きたいこと、思いつきましたか?」
「なんでミカにはタメ口で、私には敬語なんですか?」
……いや、たしかになんでも答えるとは言ったけどさ。そういう質問は予想していなかったよ。
「俺はいまじゃ若いけど、あっちにいた時は三十代前半でしたから。ゲームの中だと年齢とか関係なかったから、全部敬語で統一していたんですよ。もし崩した口調のほうがよかったら、それでもかまいませんよ」
なんだかんだ、タメ口で話すことには慣れてきたし。
「じゃあお願いします」
「姫スキーもくだけていいからな?」
「えっと……はい、善処します」
俺の年齢を聞いたあとじゃ難しいかぁ。
クレセントはたしか二十四歳って言っていたし、姫スキーはその後輩。しかも、クレセントが亡くなるよりも先に他界していたということから、彼女の年齢は二十そこらって感じだろう。
俺と比べると少なくともひと回りは離れているわけだし、いきなり『タメ口でよろしく』なんて言われても、難しいだろうな。
「あまり質問は思い浮かばないようだから、俺から聞くよ。――そもそも、姫スキーはこっちの世界に生まれ変わって良かったのか?」
大前提の話である。
こんな世界に来たくなかった!
安らかに眠らせて欲しかった!
なんて言われたら、俺はいったいどうすればいいのか。
イデア様に頼んで『やっぱり無しで。姫スキーは昇天させてください』でも言わなければならないのだろうか? クレセントに全てを任せてしまいたい。
「そこに関しては、とても嬉しいですよ。ボク、もともと身体が弱かったんですけど、こっちに来てからは、とても身体が軽いし、どこにも不調はないです。それに、テンペストは私が一番好きなゲームだったから、ワクワクしている気持ちのほうが強いです」
できることなら、両親に楽しくやっていると伝えたいですけど。姫スキーはそうやって言葉を締めた。
だが、それはさすがにできないことだとわかっているらしい。
彼女の両親は二人とも健在だったそうだし、生きている人間に『お子さんは異世界で元気にやっています』なんて言ったらそれこそ大問題だもんな。
むしろ、それが原因で変な宗教に嵌まったりして、悪影響を及ぼしかねないから。
「そ、それと――姫スキーはさすがに恥ずかしいから、翡翠と呼んでくれると……」
「ん? それが本名なのか?」
「はい、木目翡翠と言います」
木目とはなかなか珍しい名字だな。
木目翡翠、キメヒスイ……ヒメスキイ……。
「二人そろって、安直なネーミングだなぁ」
「イニシャルを付けてるSRさんだけには言われたくないッス」
そりゃごもっとも。