A-90 両親
クレセントに続き、姫スキーまでこちらの世界にやってきた。
彼女は状況が把握できておらず、明らかに動揺した様子だったので、白目を向いているクレセントを叩き起こし、彼女に姫スキーのことを任せることにした。
一番過ごした時間の長いクレセントと二人のほうが話しやすいと思うので、俺は自室へ移動。風呂上がりのセラとフェノンにも、状況を説明して俺の部屋に来てもらうことにした。
部屋のソファに座り、俺の隣にはセラ、向かいにはフェノンとシリーが座っている。
「では、その者もエスアールと同じ世界から来たということか」
「そうだな。こいつもクレセントみたいに強いぞ~」
「私も負けてられないな」
グッと拳を握りしめるセラ。彼女なら、クレセントたちの域に達することもできるかもしれない――そう思ってしまうのは、身内びいきだろうか?
そんなことを思っていると、セラは唐突に俺の手をギュッと握った。
「あ、あまりこういうことは言いたくないが……その、なんだ。エスアールと一緒にいる時間が減るのは嫌だからな!」
「ふふっ、それは私も一緒ね」
やや早口のセラの言葉に、フェノンも同意する。
これはあれか? 俺の周りに女性が増えたから、新たな婚約者とかそういう心配をしているのか? 間違っていたら恥ずかしいが……好きな人を安心させるためだからなぁ。
しかたない。
「俺は今の状態で十分幸せだよ。だから、安心してくれ。セラやフェノンを悲しませないようにするから」
俺がそう言うと、フェノンがクスリと上品に笑う。
「ありがとうございます。ですがエスアールさん、あと二人までなら、私もセラも許容することにしていますよ?」
フェノンは隣に座るシリーをチラッとを見て言った。
視線を向けられたシリーはというと、顔を真っ赤にして俯いている。
彼女はこの世界にやってきたその日に、俺に心強い言葉を掛けてくれたのを今でも覚えている。
『万が一、召喚されたエスアール様を処刑するなどと陛下やその周囲が言い始めたら、私が責任を持って貴方をこの国から連れ出しましょう。その際は、僭越ながらお供させていただきますね』
自分の処遇もわからずに不安だった俺が、どれだけこの言葉で安心することができたか。
彼女にとっては当たり前のことを言っただけなのかもしれないが、俺は味方ができたようで、すごく嬉しかったのだ。
ノアについても、まぁ今考えることではないか。
「そのことに関しては、落ち着いてからみんなで話し合おう。いまはとりあえず、姫スキーのことだな」
俺はその言葉をきっかけにして、彼女のことについて話した。
まぁ大部分はクレセントと同じようなものなので、説明するといっても一、二分で終わるような内容だが。
「その、『姫スキー』さんは、そういうお名前の方なんですか?」
話を聞き終わったところで、シリーがおずおずと手を挙げて聞いて来る。
「あ―……どう説明していいのか。それは本人に確認してみよう」
クレセントはまだこの世界にいてもおかしくなさそうな名前だったけど、姫スキーはちょっとな……。
フェノンはもちろんだが、セラも伯爵という高貴な家の娘なのだし、姫といえば姫なのだろう。そんな二人を『好き』と公言しているような名前はちょっと……微妙な気がする。
「それと、イデア様によれば俺の両親を生き返らせることもできるみたいだ」
俺がそう言うと、
「そ、そんなことが可能なのか!?」
「本当ですかエスアールさん!?」
セラとフェノンは、ほぼ同時に驚きの声を挙げた。シリーは俺とイデア様が話している時、その部屋にいたので頷くだけ。
「イデア様にお願いして両親が転生を望むか確認してもらうつもりなんだ。だから、まだどうなるかはわからない」
姫スキーに関してはあまりにも唐突だったから、そんなことを確認する暇もなかったけども。
彼女は、生き返って喜んでいるのだろうか? 死にたくて死んだわけじゃないだろうし、嫌な思いをしていないといいけど。
ちなみに、俺の記憶にある両親なら、『ラッキー!』で済ませそうな気がしている。
あの二人、めちゃくちゃ軽いというかなんというか……親父はリストラに遭った時も、『ひゃっはぁ! 毎日日曜日だぜぇ!』ってはしゃいでたぐらいだし、母さんはこれ幸いと旅行の計画を立て始めるし。
まぁ旅行が終わってすぐ、働き始めたけども。
もし二人に再会することになったら、いったい俺はどういう感情になるのだろうか。
感極まって泣いたりするのかもしれない。
あとは、今の状況を――って、あ。
二人と結婚していることも、説明しなきゃいけないのか……。