19 お前は俺のかーちゃんか
迅雷の軌跡とセラさんには、転職後、早速Dランクダンジョンへと潜ってもらうことになった。彼らには今日を含めて7日間、みっちりダンジョンでレベルを上げて、ステータスボーナスを獲得してもらわなければならない。
俺がそのハードスケジュールを告げても、誰1人として嫌そうな顔をする者はなく、レグルスさんが用意した『ステータス確認不要』の封書を手に、嬉々としてDランクダンジョンへ向かっていった。
セラさんは「こちらのことは任せておけ」と言っていたが、その後ろでは迅雷の軌跡が苦笑していた。そりゃそうだ。セラさん、一番レベル低いし。
俺のほうも武闘剣士のレベルを30まで上げて、STRを少しでも上げておかなければならない。でないと、長期戦となってVIT不足に嘆くことになってしまう。
大見得をきった手前、無様な姿を晒すわけにはいかないし、全力でレベル上げに励むとしよう。
効率的には、やはりBランクダンジョンの魔物を倒すより、Cランクダンジョンで数をこなすほうが早いはず。
「――いっちょ頑張るか」
彼らとは、7日後に探索者ギルドで落ち合うことになった。
是非、王女様を助けるために――つまり俺に体力を温存させるために、頑張ってほしいものだ。
俺はギルドを出たところで、目覚ましと気合いを入れる意味で頬を叩く。
疲れていようが時間が迫っていようが関係ない。レベル上げとか、ステータスとか、経験値とか、そんなゲームみたいなこの世界が、俺はやはり好きなのだ。
ダンジョンへ向かう俺の顔は、自然と笑顔になっていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――間に合ったぁあああああ」
約束の日の前日、時刻は夕方の5時過ぎだ。
俺はCランクダンジョンの4層を突破したところで、念願のレベル30へと到達することができた。
残りの5層とボス? そんなもの知らん。帰還一択だわ。レベル上げがいくら好きとはいえ、限界ってのはあるんだよ。
いまからどれだけ頑張ろうと、明日までにレベル40に到達するのは無理だし、40に到達しないのであれば、別にいま頑張る必要は無い。
当初の予定では、俺は合計7日――つまり、迅雷の軌跡たちと話をした日から5日もあれば、派生二次職をレベル30にできる予定だった。
だが、予想以上に疲労が溜まっていたようで、身体の動きは鈍く、踏破に時間がかかってしまった。
彼らに合わせて7日ということにしていたけど、7日間必要なのは俺のほうだったみたいだ。
ダンジョンを出て、フラフラした足取りで王都の宿を目指す。
受付の人や他の探索者に『顔色が悪い』と心配されたが、「寝れば治る」と答えて立ち去った。実際その通りだしな。
「そういえばセラさんたちは、ちゃんとレベル30にできたのか……?」
宿の場所は教えていたから、何かあれば連絡があるはずだ。それが無かったということは、おそらく問題なくレベル上げに成功したということだろう。
栄養ドリンク代わりに、Cランクダンジョンでドロップした中級ポーションを一気飲みする。あくまで治癒目的のポーションなので、気休めにしかならない。
味は、美味くも不味くもない。水に少しハーブと薬っぽい風味を足したような味だ。若干甘みもあるが、嫌いな人は嫌いかもな。
「彼らが俺を信じてくれたように、俺も彼らを信じるしかないよな。うん。違いない。というわけで早く寝たい」
寝不足で変なテンションになってしまっているのか、俺はいつもより多い独り言を呟きながら、覚束無い足取りで宿へと帰った。
宿に帰るなりベッドにダイブした俺は、そのまま翌日の朝8時まで寝続けた。それで全回復したかと問われれば、否と答える他ない。
限界まで蓄積した疲労と睡眠不足は、たかだか14時間程度の睡眠ではどうにもならなかった。
「んー……まだ寝足りん」
ベッドの上で思いっきりあくびをして、寝返りをうつ。うつ伏せになってから枕に向かって「うふぉひふぁふふぁーい(動きたくなーい)」などと叫んでいると、扉がノックされた。
「エスアール、入ってもいいか?」
声の主は、セラさんだった。
ベッドから身体を起こし、最低限の身だしなみを整えてから「どうぞ」と返事をした。
「今日は寝坊させられないからな。迎えにきたぞ」
彼女は入室するなり、にやりと笑みを浮かべて言った。
確かに俺は前科があるからな。心配するのも無理はないだろう。
そして、彼女のその判断は間違っていなかった。気を抜いたら全てを忘れて二度寝してしまいそうだったし。
「お気遣いありがとうございます……9時集合ですよね?」
あと30分は寝られるだろう?
「あぁ。さすがに寝起きでダンジョンに入るわけにはいかないだろう? 今ぐらいから目を覚ましておかなければな」
「ですよねー」
わかりましたよ起きますよ。
お前は俺のかーちゃんか。
顔を洗い、宿1階にある食堂で朝食を取りながら、セラさんから話を聞いていた。内容はもちろん、ここ7日間のこと。
「では皆さん、30レベルまでは上げられたんですね」
「あぁ。迅雷の軌跡の皆は、ダンジョンに入るまではステータスボーナスに関して半信半疑だったが、問題なく倒せたことで、エスアールの言ったことが真実だと確信したようだ。それからは怒涛の魔物狩りだった。もちろん、私は貴方の言ったことは本当だと信じていたがな」
ふふん。と誇らしげにセラさんは言う。
そして、彼女はそのまま話を続けた。
「レベル30に到達したのは一昨日で、昨日はずっと職業を元に戻してから、Cランクダンジョンで連携の確認をしていた。迅雷の軌跡はともかく、私もエスアールと同じでソロの探索者だからな」
「なるほど。セラさんもついにCランクダンジョンを踏破したんですね」
「もちろんだ。でないと、Bランクダンジョンに入れないだろう? いざ決戦の地へ向かおうと言う時に、1人だけ取り残されるなど笑い話にもならん」
「はははっ、それは見てみたかった気もします」
「ひどいじゃないか」
セラさんはそう言いつつも、顔は笑顔だ。
だが、これからの戦闘に緊張でもしているのか、若干の強ばりも見える。
ダンジョンを踏破し、王女様の命が救われた時、いったい彼女はどんな顔で笑うのだろうか?
またひとつ、Bランクダンジョン踏破の目的が増えたな。
朝食を終えてから、俺たちは待ち合わせ時間に間に合うように宿を出た。
探索者ギルドに着くと、受付付近をソワソワした様子で歩くレグルスさんがいた。近づいて、声をかける。
「おはようございます。迅雷の軌跡の皆さんは来てますか?」
「おぉ、時間通りにちゃんと来たな。あいつらは酒場のテーブルにいるぞ」
レグルスさんが視線と顎で場所を示す。その方向に顔を向けると、シンさんがジョッキを片手に持ったまま手を上げた。
「まさかとは思いますが、酒は飲んでないですよね……?」
「そこまでバカな奴らじゃねぇよ。飲んでるのは水だ」
「なぜジョッキで……」
「さぁな。気合いでも入れてるんじゃねえか?」
はたしてジョッキで水を飲むことでやる気が出るのだろうか? 少なくとも俺はコップで飲みたいけど。
シンさん、スズさん、ライカさんの3人が、椅子から立ち上がってこちらに向かってくる。俺は「おはようございます」と挨拶をした。
「おはよう。お前さんちゃんと寝たのか?」
「おはようです」
「おはよう。セラさんも一緒だったのね」
3人はそれぞれ返事をしてくれて、俺とセラさんもそれに対して、ちゃんと寝ましたよ――とか、エスアールは寝坊するかもしれないから――などと返答する。
コミュニケーションも大事だとは思うが、長々と話している暇はない。
「では、さっそくダンジョンへ向かいましょう。装備やポーションは万全ですか?」
「あぁ。俺たちが何年探索者やってると思ってるんだ。そういうお前さんはどうなんだ? 武器はインベントリの中なんだろうが、その服は防具とは呼べねぇぞ?」
「大丈夫ですよ。下手な防具は動きを阻害するだけですから、むしろ逆効果です」
武器に関しても問題ない。
本当はCランクダンジョン踏破前に、街の武器屋で鋼鉄の剣を買っていたので、こいつでそのまま挑むつもりだった。だがそれよりも少しだけ性能の良い刀が、Cランクダンジョンのボスがドロップしてくれたのだ。
ゲーム時代からあったドロップなのか、この世界ならではなのかわからない。細々したドロップ品まで覚えていないからな。
その刀は、『黒刀』という見た目通りの名前をしており、刃渡りは1メートルに満たないぐらい。軽く、切れ味もそこそこ。
微量の戦力アップだが、ないよりはマシだ。
「無理はするなよ」
レグルスさんが俺たちそれぞれに目を向けて、そう言った。
彼は徹頭徹尾、身分など関係なく――それこそ王女様と同じぐらい、俺を含む探索者を心配してくれている。
彼のような人間が上司だと、仕事も楽しいだろう。地球で仕事をしていた頃の俺の上司と比べると、ドラゴンとスライムぐらいの差がある。
なんて、ファンタジーな比喩表現をしてみたり。
「あぁ。行ってくる」
セラさんはそう言ってから、身を翻し、颯爽と探索者ギルドを出ていった。俺と迅雷の軌跡もその後に続く。途中、シンさんと目が合うと、彼は首を傾げた。
「俺、国のトップパーティのリーダーなんだが……なんでセラが俺たちを率いてるんだ?」
「あえてツッコムのも可哀想ですから、許してあげましょう」
俺たちは揃って肩を竦め、苦笑する。元気よく腕を振って歩くセラさんは、まるで子供が冒険ごっこでもしているかのようだった。