A-82 VSクレセント
クレセントがこの世界にやってきた二日後。
俺は彼女にゲームでは味わえない『痛み』を学習してもらうために、試合をすることになったのだけど、彼女のような強力な存在が急に人前に現れたら混乱を招いてしまう可能性があるため、内密に行うことにした。
となると、他に人がいないダンジョン内がベストではあるのだけど、権力あるお嫁さんのつてにより、闘技場を貸し切ることができた。別に俺から頼んだわけではなく、フェノン本人からの提案である。
クレセントの存在は、フェノンとセラを通じて王宮へと通達された。それが昨日のこと。
その際には、俺と同じ異世界人であるということも一緒に説明してもらい、彼女が暮らしやすいようにある程度の便宜を図ってもらうよう、俺からの伝言ということでゼノ陛下にお願いしておいた。
まぁその影響で、
「こ、国王ゼノの前で自分、ボコボコにされちゃうッスか!?」
ステージの中心で、クレセントが子鹿のように足を震わせることになってしまった。俺も予想外だったから勘弁してくれ。
現在、観客席には俺のパーティメンバーの他、迅雷の軌跡の三人、レグルスさん、ゼノ陛下、宰相のディーノさんたち――他にも警備のための近衛が少しだけいる。
「別にお前だって観客の前で試合をすることは慣れてるだろ? テンペストの時に比べたら、圧倒的に少ないじゃないか。それに国王だって、ゲームの時に見たことあるだろ?」
「いやいやいや! リアルとゲームを混同しないでくださいッス! SRさんだって最初はどうせビクビクしてたッスよね!?」
「『どうせ』ってどういうことだよ……まぁなんだ、その、慣れてくれ」
「適当に流されたッス!」
むきーっと抗議の言葉を口にするクレセント。
右手には三日月形の剣――形状としては、シャムシールが近いだろうか――を握っている。俺の持つ白蓮と同じように特殊効果があるわけではないが、羽のように軽く、それでいて最高峰の切れ味を誇るSランクダンジョンのレアドロップだ。
ふむ……俺とクレセントが真面目にやり合うとなると、ちょっとしたミスで大怪我を追うことになりかねないよな。いやでも……よくよく考えると、彼女のような高ステータスの人間とこの世界で戦ったことがないから、そもそもダメージがどんな風に通るのかわからない。VIT(耐久)が高かったとして、どれだけ皮膚が固くなるのかもわからないし。
試しに、インベントリから取りだした白蓮で自らの指先を切ってみ――切れなかった。
「撫でる程度じゃ無理なのか」
ぎこぎことのこぎりを使うように切ってみる。白蓮の特殊効果――白煌のおかげでダメージが通りやすくなっているはずだが――お、ちょっと切れた。
「何をやってんスか……女の子の目の前でいきなり指を切り落とそうとするなんて――サイコパスもびっくりッスよ」
クレセントは俺の一連の行動を、まるで不審者を見るような目で見て、ため息を漏らす。
そんな彼女に対し、俺はほんのり血が浮かび上がってきた傷口を舐めてから口を開く。
「別に切り落とそうだなんて思ってねぇよ……あまり陛下たちを待たせるのも怖いし、そろそろ始めようか」
「う……なんかSRさんの血を見てたら怖くなってきたんで、自分、木剣使ってもいいッスか?」
「ほう、俺に当てるつもりなのか。そいつは楽しみだな」
「はいクレセントちゃんはいまピキーンときたッス。SRさんがいなくなってからなにも成長していないと思ったら大間違いッスよ! 絶対エリクサー無しでは生きられない状態にしてやるッス!」
「怖ぇよ」
距離をとって、目で合図をして――試合開始。
ちなみに、両者とも木剣は使っていない。「よくよく考えるとエスアールたちのSTRに武器が耐えられないのではないか」という身もふたもない結論がレグルスさんからもたらされたからだ。
それにお互い、使い慣れた武器の方がコントロールしやすいしな。
初手、クレセントは俺から大きく距離を取りながら壊理剣のスキルで足元を狙ってくる。視線が攻撃したい場所に向かないよう制御しているようだが――残念。何度も何度も試合を重ねていれば、彼女の身体の動かし方でだいたいどこを狙っているのかわかってしまう。
俺が軽く横に跳んで躱すと、つい先ほどまで俺のいた位置の石畳が音を立ててはじけた。
壊れた破片を視界にいれつつ、俺は賢者のスキル、身体強化を発動。彼女めがけてジグザグに走りながら、重力魔法を彼女の左側に展開。
「ほんっとう! 未来でも見えてるッスかねこの人は!」
反応から察するに、クレセントは俺の予想した逃げ道を辿ろうとしていたのだろう。
後ろにはあまり空間がないから、残すは前、上、右の三択。俺の利き手側から攻めるのはなかなかきつい――たぶん彼女はそう思っているはずだから、
「前だよなぁ!」
「いつまでも逃げてられないッスからね! 望むところッスよ!」
激しく切り結びながらも、会話を楽しむ。ゲームしている時は、俺なんて「よっ」とか「ほい」とかしか口にしていなかったからなぁ。
「あぁ……普通に俺の攻撃をさばいてくれる人がいるっていいよなぁ。ほら今の攻撃とか、この世界の人だったら間違いなく当たってるし」
「こ、この人は……! こっちが! 必死に! 剣を振ってるのに! 何を! 暢気なことを!」
「だってお前らとやり合ってたのって、大体五対一だし」
「そりゃそうッスけど!」
俺の言葉に、クレセントは声を荒げて返してくる。しかし口調や声色とは裏腹に、剣の軌跡はきっちりと俺を喰らわんとしているんだよなぁ。
はぁ……最高だ。