A-71 新居で跳ぶ
人の多い街から少し離れた小高い丘の上――AランクダンジョンとBランクダンジョンのちょうど中間地点に位置する場所に、俺たちの家は建てられている。
改築前と同様の木造建築であり、弓状に張り出したテラスも引き継がれているから面影があるといえばあるのだけども、サイズ感や形状は大きく変わっていた。
まず建物の形だが、以前は上からみると長方形のような形だったのだけど、改築後の家は正方形。そして二階建てから三階建てに進化しており、家の中心は一階から三階まで吹き抜けになっている構造だ。これは俺の希望である。
部屋の数が多いことや他人の目のことを考えて三階建ての建築にしたのだけども、家主である俺の部屋は最上階でないとまずいらしい。
となるとだ。家に帰って「あー疲れた」と疲労の籠った言葉を吐きながら、俺は三階まで階段をテクテクと昇って行かなければならないのだ。それはよろしくない。
そこで俺は閃いた。歩くのが面倒なら、跳べばいいじゃない――と。
一階の床は壊れないよう分厚い木を使ってもらったため、三階から飛び降りた時に床をぶち抜く心配もない。三階の吹き抜け周りにある柵も、人が乗ったぐらいではビクともしない造りにしてもらった。
「フェノンに悪影響がありそうな生活だな」
「……そのことは考えてなかったなぁ」
俺がウキウキで「こっから跳べば寝室まですぐだ」と説明したら、セラが苦笑していた。
立ち合ってくれた業者の人から一通り説明を受けたので、彼らには帰宅してもらっており、現在はASRと迅雷の軌跡――そして庭に護衛の人たちがいるぐらいだ。
「私でも跳べる高さでしょうか……?」
「……フェノンは止めておこうか。それで万が一怪我でもしたら俺、王様に合わせる顔がないよ」
「抱えて連れて行ってくれてもいいですよ?」
あぁ……お姫様抱っこですか。フェノンの場合本当にお姫様だからややこしいな。
だがたしかに、俺が抱えて運ぶのであれば万が一の場合でも俺が下敷きになれば問題ないだろうし、そんなヘマをするつもりもない。安全と言えば安全だ。
そんな風に考えていると、後ろから服の裾をくいくいと引っ張られる。振り向くと、ニヤニヤした表情を浮かべるノアがいた。
「じゃあ僕もお姫様だっ――「お前は跳べ」――せめて最後まで言わせてくれてもいいんじゃないかなぁ!?」
なかなかに素早いツッコみだ。腕を上げたな、ノア。
実はこいつが元は神様で「世界を救ってほしい」とか言っていたのが嘘のようだ。まぁノアも大変だったし、色々と反動があってふざけているだけかもしれないけど。
「普通ならば警備の面で多少の不安はありますけど、この家を襲おうとするような人はまずこの国にはいないでしょうからね」
シリーがじゃれあっている俺とノアを見て微笑みながら、そんなことを言う。
一応、この家には現在王都にいる使用人(シリー一家)や警備の人を丸ごと移住させるつもりである。そのための部屋も用意しているし、王都にあるパーティハウスにはフェノンが新たに使用人を準備してくれるようだ。
レイさんという騎士団の最強格が警備をしているというだけでも、襲われる危険はかなり低いんじゃないかなぁと思う。そもそも、この世界は犯罪率低いしな。
「なぁエスアール。ちょっと俺も試してみていいか?」
シンが上を見上げながら、クワガタを見つけた虫取り少年のように目を輝かせている。
だが、そうはさせん。一番はこの俺だ。さっき案内されているときは階段で上ったからな。
「よっ」
俺はシンに返答するよりも先に、三階へと跳ぶ。
街中で跳ぶことはあまりないが、巨体の敵と戦う際には無くもない。俺は綺麗に三階の柵に着地して、静かに内側の床へ降りる。うん、問題ないな。
「いいぞー! 物壊したら弁償してもらうからなーっ!」
「はっ、そんなことしねぇよ」
シンはそう言って口の端を吊り上げると、腰をかがめてためらうことなくこちらへと跳ぶ。しかし少し高さが足りなかったようで、シンは「やべっ」と呟いていたが、彼は柵の上部に手をついてから身体を上に持ち上げると、回転する様にして俺の隣に降り立った。
「……なんかそっちの方がかっこいいな」
「そうか? お前さんの方がスマートだろ」
それはそうかもしれないが……なんか悔しい。メインのゲームでは勝っているのにミニゲームで負けたような気分だ。
もう一回降りて、シンと同じような昇りかたをしてみようか――そんなことを考えていると、吹き抜けからひゅっとセラが姿を現した。
どうやら俺たちと同じように一階から飛んできたらしいセラは、シンと違って跳びすぎてしまったらしく、空中でわたわたと慌てた様子になっていた。幸い、天井はそこそこ高いのでぶつかることはなかったけど――、
「そ、そこ場所を空けてくれっ!」
彼女の描く放物線の先端は、どうやら俺が現在立っている場所らしい。何をやってるんだか。フェノンへの悪影響はどうしたよ。
俺がスッと場所を空けると、セラはその場に静かに着地。耳と頬が赤くなっていた。
「べ、べつに二人があまりにも楽しそうだったから仲間に入れてほしいと思っていたわけではなく、これはいざという時の為の訓練だっ!」
何も言わなければそうは思っていなかったんだけど……口は災いの元ってやつかな。