A-70 いざ新居へ
俺を含むASRの五人を乗せた馬車は、あまり必要性を感じない護衛の方々とともにレーナスの街に到着。
彼らも王族に仕えているのだから、身を挺してでもフェノンを庇おうという心意気を持っているのだろう。たぶん、そんじょそこらの攻撃ではリンデールの第一王女は屈しないと思うが。
馬車に揺られながら、迅雷の軌跡たちはどこにいるのだろうか――そう考えていたのだけど、どうやら俺がこの街に向かったことはすでに通達されていたようで、迅雷の軌跡は街の入り口で俺たちを待ち構えていた。
「おかえり。お前さん、ちょっと背伸びたか?」
まずシンが、二日ぶりに会ったぐらいの何気ない雰囲気で話しかけてくる。
「三ヶ月程度でそんなに伸びないだろ……いや、ありえるのか?」
つい日本にいた時の自分を基準に考えていたけど、よくよく考えたらこの体はまだ成長期なのかもしれない。いやでもなぁ……それだけ当たり判定の範囲が増えると思うと複雑な気分だ。リーチが伸びるのも染みついた感覚が狂いそうで怖いし。
そんなゲーム的思考回路で頭を働かせていると、シンの両脇に立つスズとライカも声を掛けてきた。
「おかえりなさいみんな。旅行は楽しかったかしら?」
「お土産はなにかあるですか?」
もはや貰えるものがあることが確定しているようなスズの言葉に、俺は思わず身体を強張らせる。めちゃくちゃ忘れてた。
どう言い訳をしようかと必死に頭を働かせていると、シリーが「もちろんご準備しております」と綺麗にラッピングされた包みを取りだして、シンに渡す。
人知れずホッと息を吐いて二人の会話を聞いてみると、どうやらシリーが渡した物はパルムール王国の名物のお菓子らしい。いったいいつの間に購入したんだろうか。メイドの特殊能力的ななにかだろうか? というか俺も食べたいのだけど、俺の分はあるのかね?
「エスアールは色々大変そうだったからな、私たちで良さそうなものを選んでおいたぞ。問題なかったか?」
「あ、ハイ。問題ナイデス」
忘れていても仕方ないだろ。元ボッチはこういったイベントは慣れていないんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
元々パーティハウス的な役割を果たしていたレーナス近くにある俺たちの家は、俺、セラ、そしてフェノンの三人の新居となる予定――とはいったものの、ここまで一緒に過ごしているノアやシリーが蚊帳の外というのも可哀想だ。
たしかそんな風な話になって、新たに増築することとなった家は王都のパーティハウスと同じく寝室の数は合計五つ分作ってもらっている。その話し合いが行われた時に、シリーはやや恥ずかしそうにしていて、そしてノアがニヤニヤしていたのが印象的だった。
俺たちはレーナスで一泊したのち、王都から一緒に来たメンバーに迅雷の軌跡を加え、いよいよ新居へ。
迅雷の軌跡が加わったことにより、一層護衛の人達の肩身が狭そうに見えた。というか申し訳なさそうな表情が時折見え隠れしている。
万が一盗賊なんかが現れた場合、俺たちは守られるよりも戦う側だろうからなぁ。そうなるのも仕方がないか。
「でっか!!」
そしてようやくたどり着いた新たな我が家。
馬車から降りるなり、俺はついそんなありきたりな言葉を口にしてしまった。だってでかいんだもん。
家はもちろん大きいのだけど、とにかく庭が広い。池っぽいものまである。
周りに家がないのをいいことにこれでもかと敷地を拡げており、綺麗な植栽があちらこちらに植えられている。塀で見えない部分も、きっと花とかが植えてあったりするのだろう。
レンガ塀の上には侵入防止用の柵が備え付けられているが……はたしてあれはこの世界でどれだけ有効なのだろうか……。そこそこレベルを上げた探索者なら普通に飛び越えられるだろうに。
「まず業者の方から説明がありますので、ゆっくり見るのはその後ですね」
浮足立つ俺をいさめるように、シリーが苦笑しながら言う。
はい……門の前で背筋をピンと伸ばしている人を見た時から何となく察してましたとも。そりゃ引き渡し時に誰もいないなんてことはないよな。
「なぁシン。俺たちの代わりにあの人たちから話を聞いておいてくれないか?」
「そりゃ無理があるだろ。それはここに住む奴の仕事だ」
「じゃあノアよろしく」
「はいはい。我儘言ってもダメだよ。ちゃんと家主が話を聞かないとね」
うるせぇやい。
俺は探索者なのだから事細かく案内されるより、手探り状態のほうが楽しい性分なのだよ。
「案内は軽く済ませてもらいましょうか。私も身内だけでゆっくりと見てみたいですし」
不満顔を浮かべる俺に、フェノンがニコニコとした表情で助け舟を出してくれる。
おぉ……さすが我が嫁――なんて恥ずかしいことを思ってみたり。
「今お兄ちゃん、フェノンのこと『さすが我が嫁』――とか言ってたよ」
ぶっ飛ばすぞクソ神。
「ちょっと待とうかクソガキ。いつ俺が心を読んでいいなんて言ったかなぁ? 言ってないよなぁ? これはお仕置きが必要かなぁ? お尻ぺんぺんして欲しいのかお前は? んんっ?」
「お尻? 僕のお尻が触りたいのなら素直にそう言えばいいのに」
「そうじゃないだろ! あぁ……この世界にはお尻ぺんぺんの文化がないのか――ってノアは地球のこともわかってるだろうが! 騙されんぞ!」
小声で叫ぶという芸当をこなしながら「てへ」と悪びれた様子のないノアを責めていると、恥ずかしそうに顔を俯かせているフェノンと、そして何やら張り切った様子のセラが視界に入ってくる。
「え、エスアール! お尻ならば私の鍛え上げられたモノが――」
「その、人前ではあまりそういう話は……嫌という訳ではないのですけど」
なぜか俺のお嫁さんたちは、自らのお尻を触られる前提の話をし始めてしまった。
フェノンの言う通り、人前ですべき話ではないだろう。しかも口にしているのは王女様と伯爵家のお嬢様である。俺、王様に怒られるんじゃなかろうか。
「ごめん二人とも。俺が悪かったから、この話は忘れてくれ」
そして会話に参加していなかったシリーさんよ。
ひっそりと自分のお尻を撫でて感触を確かめていたようだけど、俺は触るつもりないですからね?




