A-65 初見の魔法は反則級
ネスカさん率いる『紅の剣』、そして俺を除いたASRの四人との試合が、いままさに始まろうとしていた。俺は一応職業を剣聖にセットし、いつでも介入できる状態で試合を見守ることに。
これでたとえ万が一のことが起こっても、エリクサーをぶっかけたらとりあえず死ぬことはないだろう。保証はないが。
相手パーティはネスカさんが武闘剣士であること以外に情報はない。興味がないともいう。
対してこちらは、セラが武闘剣士、シリーが魔弓術士、フェノンが賢者。いちおう三次職への転職条件は全員満たしているが、レベルの上がっていない三次職よりも、レベル60以上まで上げている派生二次職のほうがステータスが高いという理由でその職業を選んでいる。
ちなみに三次職を含め、全ての職業のレベルが60を超えているノアはというと、大人げなく……いや、子供か? まぁともかく彼女は魔王を選択している。手加減するつもりはなさそうだ。
「で、なんでニーズ君もいるわけ?」
「君の警護についていた兵士から聞いたんだよ」
あぁ……なるほど。あの宿の周りをうろちょろしていた兵士さんは、高級宿を警備していたんじゃなくて俺たちの警護だったのか。必要ないとは思うが、他国の王女であるフェノンがいるからそうせざるを得ないのだろう。
「やっぱりASRの四人が勝っちゃうかい?」
ギルドマスターらしき人が二つのパーティに説明している姿を眺めながら、ニーズ君が問いかけてくる。
「ASRというか、ノアの一人勝ちになる気がするな。本気を出すかどうかにもよるけど」
「えぇ……。彼女ってたしか、君の妹だったよね? そんなに強いのかい? この前のダンジョン探索では確かにすごいとは思ったけど……」
まぁそりゃ元神様ですし。
その立場ゆえに、ノアは様々な戦い方を知っている。そしてそれを自分の身体に落とし込むことができている。俺の勝手な予想だが、いつか誰かがベノムを倒すことを考えて、指導できるように自分自身でも色々考えていたんだろうと思う。クソガキだけど意外と真面目だ。
「俺には勝てないがな!」
「なんで妹に張り合ってるのさ――と、始まりそうだよ」
ニーズ君は呆れ混じりにそう言ったあと、訓練場を顎で指し示す。
そこでは、両パーティが距離をとり向かい合っていた。すでに武器を構えている状態である。
やがて、ギルドマスターっぽい人の「はじめっ」というかけ声と共に、試合が始まった――のだが。
「うわ……可哀想に……」
初手、ノアの重力魔法が発動。ベノム戦かよ。
しかも『紅の剣』はその技を初めて受けるはずだから、当然混乱する。
なぜか身体が地面に吸い寄せられる不可思議な状況に戸惑っているようだった。身体をどう動かそうとしても思うように動けず、効果範囲がわからないからどこに逃げてもいいのかすらわからない。
そりゃ焦るのも仕方がない話だ。
「あれは魔王のスキルで重力魔法って言ってな。簡単にいうと身体がめちゃくちゃ重くなる魔法だ。ノアがそれを『紅の剣』がいる場所に発動してる」
王子らしからぬぽかんとした表情で試合を眺めているニーズ君に、俺は解説員となって説明をする。
「で、今男の胸に直撃したのが、魔弓術士の『魔道矢』。これは知ってるか」
「これも知っていると思うけど、フェノンの身体が赤く光っているのは『身体強化』だな」
「で、セラの――あ、終わったか」
ASRの四人について簡単に説明しようとしていたのだが、その前に特攻したセラによりあっさりと決着がついてしまった。『紅の剣』の皆さんはすでに地面に倒れ伏しており、しかもセラの攻撃時には解除されていた重力魔法が再び発動されている。
審判のギルマス(仮)もキョトンとした顔でASRの四人と『紅の剣』五人を交互に眺めており、試合の判定を下す気配はない。俺はニーズ君に「行こうか」と声を掛けて、試合が行われていた場所へと足を進めた。
俺たちが近づいてきたことに気付いたASRのメンバーが、それぞれ表情を変化させる。セラは不満げな表情でシリーは苦笑、ノアは満足そうにしており、フェノンは戸惑っている様子。
「あの……私魔法を発動しただけで終わったんですけど……」
うん、フェノンは身体強化発動したけど、攻撃に出る前に試合が終わっちゃったね。文句ならノアとセラに言ってくれ。
「私もほとんど何もしていませんね」
「僕は重力魔法しか使ってないよ~」
「物足りない……」
うん。俺が強そうに見えないって言われて張り切ってくれたんだろうけど、いまやその勢いはどこにも感じられないな。なんだか『紅の剣』が不憫に思える感想ばかりだ。
試合開始前は、お互いの実力的に~とか、ステータス差が~とか思っていたけれど、終わってみれば一つのスキルで試合が決着してしまったような感じだった。剣聖の壊理剣や霊弓術士の束縛の矢もそうだけど、初見だとやはり避けるのは難しいだろうなぁ。
「お前、さてはこうなることわかってたな?」
ニコニコとした表情で頭の後ろで手を組んでいるノアに問いかける。
そこでようやくノアは重力魔法を解除し、「さぁ」と首を傾げた。絶対わかってただろ。
「でもお兄ちゃんをバカにされた妹として、やっぱり黙っているわけにはいかないかなぁって」
ノアはそんな風に、ヘラヘラとした様子で意見を述べる。
もしかしてこいつ……試合前は「じゃあ僕も混ざろうかな~」なんて気楽な感じに言っていたけど、実は怒ってくれていたのだろうか?
悪い気はしないけど……やっぱり少し『紅の剣』が哀れだな。
すまんかった。ネスカさん。
この後にある俺との試合では、そこそこ楽しめるようにするよ……。