A-64 帰国前の力試し
仲間たちに元気を貰ってからの日々は、わりと慌ただしく過ぎていった。
ニーズ君の報告書作成の手伝いをしたり、ASRの五人でSランクダンジョンにやってきて攻略したり、アルディアの街を観光したりなどなど。
元はといえばリンデール王国にある家の増築が終わるまでの時間つぶしみたいな感じだったけど、穴埋めにしては充実していたんじゃないかと思っている。
これからのことについて悩んだ時もあったけど、それは仲間たちが解決してくれた。いや、実際には解決してはいないのだけど、糸口を示してくれた。
Sランクダンジョンを全て踏破したところで、この世界がどうなるかは定かではない。だが、これだけ俺のことを考えてくれている人が近くにいるのだ。俺もくよくよばかりしていられないだろう。
「『紅の剣』と模擬戦ですか? 別にいいですよ」
アルディアでSランクダンジョンを攻略し、パルムールの王都へと戻ってきた翌日の昼頃。
ネスカさんが俺たちの泊まっている宿を訪れて、恐縮そうにしながら「私のパーティと模擬戦をしてくれませんか」ということを伝えてきた。
そろそろリンデールの家も完成するだろうし、ネスカさんと次にいつ会うかもわからない。どうせすることも無かったのだからと、俺は即座に了承の返事をした。
「あ、ごめん勝手に決めてしまった。セラたちは問題ないか?」
「いいぞ。特に予定は無かったしな」
「僕もいいよ~」
「私も大丈夫です」
俺の問いかけに対し、セラ、ノア、フェノンがそれぞれ返事をする。ちなみにシリーはフェノンに同調するように首を縦に振っていた。
「――みんなも大丈夫みたいなので、やりましょうか。とは言っても……どうします? 俺たち五人とそちらのパーティで――あ、そちらは何人でしたっけ?」
「こちらも五人です」
「ですか。なら人数的にはちょうどいいですね」
「ははは、たしかに人数だけ見れば平等なのですけどね」
ネスカさんは苦笑しながらそう言うと、深くため息を吐く。
「戦力差としては、天と地ほどの差がありますよ。そしてそれを私のパーティにいる四人は理解していなくてですね……できればあのわからずやたちにエスアール様のお力を見せてやりたいのです」
「あぁ……あの試合を見たのは『紅の剣』の中ではネスカさんだけでしたか」
つまり彼女以外の四人は、人づてにしか俺のことを聞いたことがないということになる。
なんだかこの強さを疑われる感じ、最初にBランクダンジョンを攻略したときのことを思い出すなぁ……。探索者たちに「金魚のフン」とか言われた気がする。
あの時はたしか、武闘大会に出場して実力を示したんだっけ? 迅雷の軌跡との試合が楽しくて、ちょっと暴走してしまった記憶もある。懐かしい思い出だ。
「エスアールが弱く見られると、なんだかイライラしてしまうよな。わかるぞその気持ち」
セラはそんなことを言ってから「うんうん」と頷いている。フェノンも「そうね」と同意していた。
「はは……まぁ、別にもう隠すつもりもありませんし、ボコボコにして欲しいというならそうしますよ。だけど、俺だけで成り立ってるパーティと思われるのも嫌なんで、セラたち四人とも模擬戦して貰えませんか? セラとノアの戦いは見たと思いますけど、フェノンとシリーもなかなか強いですよ」
まだネスカさんに比べると技術は劣っているが、ステータスはフェノンたちの方が高い。
力もスピードも耐久も、フェノンたちはこの国の誰よりも優れているのだ。
「そ、そうですか……フェノン王女殿下もですか……」
「はい。ただのお姫様と待女だと思って侮っていると、痛い目見ちゃいますからね?」
まぁ、油断禁物なのはフェノンたちも同じことだ。
ステータスが勝っているからといって、簡単に勝てるわけではない。というかフェノンやシリー単体だったら、たぶんネスカさんには負けてしまうだろう。
プレイヤースキルってのはそれだけ重要な要素だからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「へぇ、あなたがエスアールね。なんか普通って感じ」
「あんまり強そうには見えねぇなぁ」
ギルドの訓練場で待ち合わせをしていたのだが、ネスカさんのパーティメンバーである四人と合流したところで、開口一番、少しきつそうな目つきをした男女がそんな感想を漏らした。残りの二人は特に何も言わず「ふーん」といった感じで俺のことを見ている。
「止めろ! エスアール様を侮辱すると私が許さないぞ!」
と、『紅の剣』のリーダーを務めるネスカさんが言うと、二人は「侮辱じゃないよ~」、「ただの感想だろ」と笑っていた。まぁ彼らは俺の嫁さんたちをバカにしたわけじゃないし、別にいいか。
ネスカさんは俺に気を遣ってくれているのだろうけど、実際侮辱ってほどの内容でもないし、目くじらを立てるほどのことでもない。
と、俺は思っていたのだが。
「よし。ならばまず私がこの二人を潰して――」
「こらこら、お前が怒ってどうする」
「だってこいつらエスアールのことを……」
そう言ってセラは少しだけ唇を尖らせる。どうやら拗ねているようだ。可愛い。
「そうね、セラ。私も加勢するわ」
「おい、フェノンまで加わるなよ」
「わ、私も黙ってません!」
「じゃあ僕も混ざろうかな~」
「いやいやなんでそんなにお前たち好戦的なの!? もっと穏便にやろうぜ!?」
ただの力試しの模擬戦で、なんで喧嘩みたいなノリなんだよ!
せっかくの面白そうなイベントなんだから、もっと楽しくやろうぜ!
だけどなんだか相手の男女も「お? やんのか?」みたいな雰囲気だし、なんとなくこのまま試合に突入してしまいそうな気配だ。
それは別にいいんだけどさ、エリクサーが必要なレベルの怪我はお互いしないようにして欲しいんだが……パーティ戦だし、木剣だけの試合にはならないから多少の怪我はすることになるだろうけど。魔法は武器と違って手加減ができないし。
もしASRの誰かが血を流すようなことになれば、俺も優しく模擬戦をすることはできないかもなぁ。