A-63 悩みと相談
Sランクダンジョンで九尾を倒し終えてから俺は、もしかすると自分自身をごまかし続けてきたのではないか――そんなことを考え始めた。
世界を救い、セラたちと再会できてとても幸せだ――満たされている――そう思い込んでしまっているのではないかと。
思い返せば、俺がテンペストのゲーム内でベノムを初めてソロで倒した時、俺が強く感じたのは『喪失感』だった。これ以上の敵がいない、もうやることがなくなってしまったという感情だ。
これがまだテンペストのゲーム内であったならば、ソロでパーティ戦のてっぺんをとるという目標が建てられた。運営が新たな強敵を用意してくれるという期待も持てた。
だけど今はどうだ? ベノムもいない、他のランカーたちもいないこの状況で、俺は探索者として何を楽しめばいい? 何を目指せばいい?
そんなことを考えていたからか、ネスカさんやニーズ君に褒められても、そしてセラに「さすがだな」と言われても、嬉しい気持ちはわずかにしか湧いてこなかった。
それからというもの、パルムールの王都に戻って陛下に謁見している時も、そしてフェノンたちと合流したあとも、ずっとそのことばかりが頭の中をぐるぐると渦巻いている。
王都の宿に戻ってきてから、フェノン、シリー、セラとおやすみの挨拶をしてから別れると、俺の部屋にはノアだけが残っている状態に。
「シンたちが育つのを待つんじゃなかったのかい?」
平静を装っていたつもりだが、さすがに読心術を使えるノアには意味をなさない。
セラたちは誤魔化せたんだけどなぁ……やっぱり心を読むのはずるくないか?
しかしなんだか「勝手に心を読むな」と指摘する気力も湧いてこず、俺は普通にノアと会話を始めた。
「気長にやるつもりだったよ。いや、『つもりだった』というか、今でもそうするべきだと思ってる。わざわざ危険を冒すのは間違っているし。……なんだか頂点って、実際になってみればつまらないよなぁ。チャンピオンの座を防衛するような感じでもないし」
「それはまた贅沢な悩みだねぇ」
「うっせ。あー……これがゲームだったらアップデートとかあるんだろうけどなぁ……現実じゃ無理だもんなぁ」
俺がそう言うと、ノアはやれやれといった様子で深いため息を吐いた。
たぶん俺が子供の我儘みたいなことを言ってしまっているからだろう。
「あのねぇ、ダンジョン探索には命が懸かってるってことを忘れちゃいけないよ? お兄ちゃんはゲーム感覚なんだろうけど、実際に死者が多い職業だからね」
「わかってるよ。……他の探索者にアドバイスしながら、俺は他の趣味でも見つけようかな」
ギャンブルは性に合ってないから……釣りとか?
そういえばこの世界ってスポーツみたいな競技とかはやってないのだろうか。
「まぁ一般的な意見を言うのなら、旦那さんが毎日のように危険に飛び込んでいたら、精神的にも休まらないだろうね。彼女たちがどう思っているのかは知らないけど」
それはまぁ……おっしゃる通りで。
俺に何か良くないことがあったら、きっと彼女たちは涙を流してくれるだろう。
セラたちが悲しむ姿は、もう二度と見たくない。ならばダンジョンに潜るべきではない……その答えは簡単に導き出せるのだけど、納得できるかと問われれば否である。
「まぁ一人で悩まなくてもさ、お兄ちゃんには仲間がいっぱいいるじゃない。相談してみたら? もちろん僕も相談にのるよ」
「……そりゃどうも」
ノアの言う通り、一度彼女たちに相談してみようかな……これから俺は、どうするべきなんだろうかと。他人だったら「自分で考えろ」って感じだろうけど、セラたちなら親身になって考えてくれそうだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ふむ、つまりそれでエスアールは昨日から調子がおかしかったわけだな」
翌朝、さっそく俺は部屋にやってきた三人に相談してみたのだが、どうやら彼女たちはすでに俺の不調に気付いていたらしい。おかしいな? 誤魔化せていたと思ったんだが。
「でしたら……ひとまず全てのSランクダンジョンをクリアしてみてはいかがですか? もしかしたら何か次につながるきっかけになるかもしれませんし」
「それは良い案ねシリーっ! エスアールさん、旅行がてら各国を回ってSランクダンジョンを制覇しましょうよ! あぁ、でもそろそろリンデールの増築も完了するでしょうし、そちらでもしばらくゆっくりしたいですね」
「そうだな……では一ヶ月おきぐらいに他の国に行くか? だが、どうせならばASR全員で全てのダンジョンを制覇したいところだな」
「じゃあもう一度アルディアに行って、この五人でもう一度クリアする? 別に時間はあるんだし、僕は全然構わないよ」
俺を除いた四人はわいわいと、なんだか楽し気にそんな会話を繰り広げている。
あれぇ~? もっと深刻そうな話じゃなかったっけな?
「あー……それはもちろんいいけど、セラたちは別にいいのか? ほら、俺はまた安全とはいえないようなことをしようとしてるわけだけど」
頬を掻きながらそう言ってみると、なぜかノア以外の三人はキョトンとした表情を浮かべたあと、クスクスと笑い始めてしまった。あれ? 俺変なこと言ったか?
「ふふっ、エスアールはおかしなことを言う。そもそも探索者は毎日が命がけだぞ? まぁエスアールでも危険だと感じたら、力づくで止めるかもしれないが……エスアールはそう簡単に負けないだろう?」
「もちろん安全な王都の中で一生を終えるというのならばそれはそれでお付き合いしますが、私はダンジョンで戦っているエスアールさんの生き生きとした姿、好きですよ?」
「そもそもあのイデア様が用意するのであれば、エスアールさんでも勝てないようなダンジョンは用意しないと思いますし。エスアールさんならたぶん大丈夫なんじゃないかなぁと、私は勝手に予想しています」
「まぁお兄ちゃんが危なくなったら僕が守ってあげるから大丈夫だよ~」
四人の口から出てきたのは、どれも否定的な言葉ではなかった。
それぞれ言い方は違うけれど、なんとなく彼女たちは俺に「好きなようにやればいい」と言っているような気がした。なんだか俺が悩んでいたことがあほらしく思えるほど、ほわほわした空気が部屋に流れている。
「仲間っていいよねぇ」
呆然と和気藹々と話している面々を眺めていると、ニヤニヤとした表情のノアが肘で俺のわき腹をつついてきた。まぁ、そうだな。
この空気は、俺がゲーム時代に味わえなかったものだ。