A-57 アルディアへ
「本日はよろしくお願いします!」
俺とセラ、そしてノアが城門へたどり着くと、そこにはすでにニーズ君とネスカさんが待機していた。まず始めに、ネスカさんが勢いよく俺たち三人に向かって頭を下げる。今この場にいないフェノンとシリーは、今回の探索はお留守番だ。
ネスカさんは昨日雑貨屋で見た時とは違い、装備もバッチリと着こなしているし、おどおどした雰囲気がなくなっているように感じる。まぁ、昨日はいきなりのことだったからビックリしちゃっただけなのかもしれないが。
「俺もこの国のダンジョンには立ち寄る予定でしたから、あまり気にしなくてもいいですよ。……ニーズ君にはもう少し遅い時間に来てほしかったけどな。王族なら王族らしくもっとのんびり来いよ」
ネスカさんはともかく、ニーズ君はもう少し自分の身分を考慮して待ち合わせ場所に来てほしいものだ。俺たちが最後だと、遅れたわけでもないのになんだか悪いことした気分になってしまうじゃないか。
俺の言葉を聞いたニーズ君は、困ったような笑みを浮かべる。
「正直に言わせてもらうと、君の持つ『覇王』という称号――そしてその職業の人をどの程度の地位に置くべきなのか、判断しかねているんだよ。今までの称号とは同程度な訳がないからね」
「ふーん……普通の称号は何処の国でも扱いは一緒なのか?」
「完全に一致してるってわけじゃないけど、だいたい一緒だよ。与える条件に関しては国家間で統一しているからね」
「なるほど」
普通の称号で伯爵家ぐらいって言っていたから、覇王の称号にはそれよりも高い権力があるのだろう。伯爵の上ってなんだ? 辺境伯とか公爵とかか? よくわからんな。
俺たちが馬車で向かうのは、パルムール王国の中では中規模にあたる街、『アルディア』だ。この街は、王都から馬車でだいたい三時間弱の時間を要する場所に位置している。
この国に存在するいくつかのAランクダンジョンのうち、近い物だと一時間ほどで辿り着く場所にあるのだが、その付近にはSランクダンジョンが無い。
だから俺たちはAランクダンジョン、そしてSランクダンジョンともに行きやすい場所に位置するアルディアを目指しているという訳だ。
「せっかくですし、ダンジョンにはレベルを上げておきたい職業で入っていいですよ。俺もそうしますから」
馬車内にいる四人に向けてそう言ったあと、俺はウィンドウを操作して職業を聖者にセット。
聖者は他の三つの上級職に比べると火力は低いが、賢者の身体強化スキルが使えるし、普通に白蓮で対応できる。テンペストのランキング戦ならばそんな悠長なことは言っていられないが、AランクやSランクダンジョンならば何も問題はない。
俺の言葉を聞いた四人のうち二人は、何の疑いもなく言われた通りにウィンドウを操作しはじめた。
しかし、まだ会って日が浅い二人は、少し戸惑っている様子だ。
「えっと、じゃあまだレベルを上げていない派生二次職にしたいんだけど、本当に問題ないのかい?」
「問題ないな」
いい加減この世界のダンジョンにも慣れたし。
最初に生身の肉体となってこちらに来たときはとまどったし、まだ扱いなれていなかった。だが、これだけ日々戦闘をこなしていれば嫌でも慣れてしまうというものだ。
「じゃあ僕は魔王にしておこうかな」
「私は剣聖にしよう。早くレベル100まで上げておきたい」
二人の意見にも納得だ。
ノアはすでにほとんどのステータスボーナスを獲得しているから、どの職業を選んでもあまり変わりはない。
セラは下級職全て、そして二次職も最低限ステータスボーナスを得ているし、自分の得意分野を先に極めておくのも悪くはないだろう。
何気なくそんな発言をした二人に対し、ネスカさんは目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「レベル100ですか!? 80の間違いではなく!?」
「驚くよね……だけど、実際そうみたいだよ。僕も昨日エスアール君に職業一覧を見せてもらって初めて知ったぐらいだ」
そういえば、この世界の人はまだレベルの上限を知らなかったな。迅雷の軌跡たちが存在を公表したとはいえ、別にカンストしたわけじゃないし。いやぁうっかりうっかり。
ネスカさんは自国の王子の発言を聞いて、そのまま俺へと視線を向ける。口は動いていないが、表情が「本当に!?」と言っている気がする。
「えぇ、三次職のレベル上限は100ですよ。全ての三次職をレベル最大にするのは中々骨が折れますので、ある程度方向性を決めておいたほうがいいと思います」
もし全ての職業を上げたいのならば、少なくとも十年は見ておいたほうがいいんじゃないかな。
ゲームじゃないからあまり無理もできないだろうし。
「そ、そうですか……ちょっとまだ整理できていないので、ゆっくり考えさせてください」
ネスカさんが顔を引きつらせながらそう言ったので、俺は視線を移動させて「ニーズ君もな」と話を振る。
「いや、そもそも僕はそこまでレベルを上げるつもりないよ」
「えぇ? そこはほら、母国のために強くなりたい――とかないの?」
「最低限はするけれど、そればかりにかまけて他をおろそかにもできないし」
あぁ……それはたしかにそれはまずいだろうな。
ニーズ君は第一王子らしいし――どういう仕組みで王様が決まるのかはよくわからないけど、たぶん次期国王だろ? たぶん色々と勉強も必要なはずだ。
勉強……勉強か……。
「どうしたんだエスアール、苦い顔して」
そう言ってセラが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
もしこの世界に転生することになっていなかったら、頃合いを見てニートから脱却し、また働き出して、面白くもない勉強をすることになっていたのだろう。思わず顔を歪めてしまうぐらいに恐ろしい。
この世界に転生してよかったと、改めて思った。