A-54 Bランクダンジョンにて
「一応初めてのダンジョンなんだから十分に警戒しとけよ。まぁお前たちなら心配するだけ無駄かもしれないが」
俺たちはダンジョンの前で受付を済ませて、転移陣へと歩いて向かっている。俺はそのさなか、先頭を歩くノアとセラに声を掛けていた。
「ノアは危機感が薄い気がするし、セラは大事なところでヘマしそうだしなぁ」
最初に探索したBランクダンジョンが懐かしい。いやぁあの時はめちゃくちゃ焦った。高速を走る車に轢かれたみたいだったからな。そんな現場見たことないけど。
「お兄ちゃんは心配性だなぁ。AランクやSランクならともかく、ここなら遊びながらでも十分だよ」
「うむ。例の事故以降、私は大きな怪我はしていないし、十分気をつけているつもりだ。……だからあまり引き合いに出さないでくれ。今となっては恥ずかしい」
ニコニコと笑顔で答えるノアと、少し拗ねた表情のセラ。
心配はもちろんしているが、彼女たちの現在のステータスならばそこそこの打撃をくらったところで、いきなり致命傷なんてことはないだろう。だからこそ未経験のダンジョンに二人で向かわせることに対して、俺が反対することはない。
「こちらのことは誰も心配していなさそうだね。やっぱり覇王の職業を持つ人がいるから安心――ってことなのかな?」
「はは、まぁ誰にも負けない自信ならあるよ」
「さすがだね」
ニーズ君の護衛は外で待機するらしく、もうすでにこの場にはいない。俺を含むASRの五人、それからニーズ君と真面目そうな近衛の人だけだ。
近衛の人は口数少なく、こちらから声をかけない限り言葉を発することはない。ザ・仕事人って感じだ。
先にダンジョンへと向かったセラとノアを見送ったのち、俺たちも転移の魔法陣に乗った。ライセンスカードを石柱にセットして、転移が開始される。
少し緊張した様子のニーズ君。
その隣では、近衛の人が体を強ばらせていた。もしかすると、王子様を守るために命を掛けるような場面でも想像しているのかもしれない。「ここは私にお任せを! 殿下はお下がりください!」みたいな。
まぁ、そんな状況になることはありえないのだけども。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここ、パルムール王都に一番近い場所にあるBランクダンジョンは、荒野のステージだ。草原タイプのダンジョンや砂漠タイプのダンジョンと同じく、見渡しが良くて敵の発見が比較的楽な反面、相手からも見つかりやすいという特徴がある。
つまり、ギリギリのステータスで臨むのであれば、戦闘が長引き多数に囲まれる可能性が有りやっかいで、能力値の高い状態で挑めば良い狩場となる。
「エスアール君ばかりに気を取られていたけど……リンデール王国は特殊すぎやしないかい? 王女様といいメイドといい……強すぎじゃないか」
「彼女たちはちょっと特殊だなぁ。俺が結構な期間指導してたし、うちの国は職業のこととか伝わるのが早かったからな」
指導に関しては、主にレベル上げなのだが。もちろん戦闘知識もある程度は教授したが、俺は教えるのが下手くそだからなぁ……。完全に理解してくれるのはセラぐらいなものだ。
「それで説明できるようなものかなぁ……まぁ、覇王じきじきの指導とやらを受けたのなら納得……なのかな?」
「昔っから覇王ってわけじゃないけど――なっ!」
話の途中、俺はその場から駆け出して敵を一閃。首を撥ねられた虎型のモンスターが粒子になって消えていく。
「お見事ですエスアールさん!」
「はは、ありがとうフェノン。そっちも魔法のタイミングと狙い、バッチリだったぞ。シリーも完璧な射撃だ」
「「ありがとうございます!」」
俺やニーズ君たちがいる場所から少し離れたところにいる二人が、満面の笑みで感謝の言葉を述べる。
彼女たちは新たな敵を見つけ、そちらに向かって歩き出す。俺たち男衆もそのあとに続いた。
「まだ二層だけど、もう緊張してないだろ? 俺たちは結構なレベル上げをしてるから、見ての通り余裕だ。ニーズ君たちが危険な目に合うことは万に一つもない……ただなぁ……」
「? たしかに緊張はしてないけど、ただ? なに?」
俺が思わず言い淀んだ言葉に、疑問符を浮かべるニーズ君。
「いやさ、ニーズ君のお父さん、君に『我が国の脅威を見てこい』みたいなこと言ってただろ? 俺たちの戦闘見てさ、敵の強さ――というか怖さがわかる?」
「……そう言われると、むしろ薄れていっているような気がするね」
「だよなぁ」
俺たちの強さは、すでにレベルが高いというだけでは説明できないぐらいのモノになっているはずだ。
明確にダメージ量が数値として現れていないから分かりづらいとは思うが、ここでニーズ君に『レベルが高くなればこんなにも簡単にダンジョンがクリアできる』と勘違いされても困る。
世間に何も発表されていないいま、ステータスボーナスのことを迂闊に話すことはできないんだが……さすがに派生二次職が発表されて結構たっているし、大々的に告知されてないだけで気づいている奴らはいると思うんだよなぁ。現役の探索者たちなんかは特に。
そろそろステータスボーナスについて、正式にリンデール王国で迅雷の軌跡に発表させようか。
そしてこの国ではひとまず――、
「ニーズ君、このダンジョンが終わったら、俺の職業一覧を見せてあげよう。その後は、リンデール王国からの発表を待ってくれ」
「?? よく分からないけど、それがダンジョンの脅威と何か関係あるのかい? それとも、エスアール君が使用した例の誰もみたことのないスキルに関係が?」
ニーズ君が言うスキルとは、おそらく俺がリンデールの闘技場で『月』のパーティとの戦闘で披露したもののことだろう。
とりあえずこの場では、「さぁな」と適当にはぐらかすことにした。
「少なくとも、Bランクダンジョンの難易度を勘違いすることは無くなるんじゃないかな。知らんけど」
「ははっ、無責任な言葉だなぁ。まぁエスアール君の言う通り、発表を待ってみることにするよ。君から無理に聞き出すのは、この世界の誰にもできそうにないからね」
そう言って、ニーズ君は呆れたように笑う。その笑顔からは近寄り難い王族という雰囲気は感じられず、俺には親しい友人に向けるもののように思えた。