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A-50 デートの予感



 よたよたと後ろに数歩後退してから、尻もちをついてしまったネスカさん。

 俺たちにとても情けない姿をさらしてしまっているが、見た目は可愛い寄りの美人といったところだろうか。肩にかからない程度のサクランボ色の髪は、見た目だけでふわふわとしているのが見て取れる。やや吊り目ぎみで、ぱっちりとした二重で睫毛は長い。普段なら凛とした印象を受けるのかもしれないが、残念ながら今現在、俺の彼女に対しての印象はおびえるチワワである。


 うーむ。何と声を掛けるのが適切なのか判断に苦しむな。

 見て見ぬふりをする、あるいは普通に『大丈夫ですか?』と身を案じる。いや、敢えてここで『わっ!』と大きな声で驚かせたらどうなるだろうか? うん……初対面でやるべきではないのは確かだな。


 しかし古い記憶を呼び覚まして社会人らしく挨拶をしようにも、彼女は未だプルプルと震えているし、この状態で無理やり会話に持って行くのもいささか可哀想な気がする。身に着けたスカートの内側に、下着ではないだろうがぴっちりと身体の輪郭がわかるような物を履いているし、俺としては目のやり場にも困って仕方がない。あと、背後から数名のチクチクする視線が俺の後頭部あたりに突き刺さっている気がする。


 というわけで、


「ちょっと急いでいるので、通らせてもらいますね」


 有無を言わさず、受付嬢のメイさんを抜かし、ネスカさんのことは見なかったていで横を通り過ぎることにした。どちらにせよ、あのままの立ち位置では視界的によろしくない。

 それに、嘘はついていない。急いでいるのは本当だからな。

 王子様を待たせるわけにも行かないし、こんなところで時間を浪費するわけにはいかないのだ。


「失礼する」


「また明日お会いしましょう」


 通り過ぎる際、セラとフェノンが腰を抜かしているパルムール王国の代表に小さく声を掛けていた。

 それに対するネスカさんの反応を見ることは叶わなかったが、返答の声が聞こえなかったことから推測するに、頷く程度にとどめたのだろう。もしくは、驚いて声すらでなかったのかも。


「あっ、えっと――ネスカさん! 少々お待ちくださいね! すぐに戻りますので!」


 メイさんは戸惑った様子でそう口にすると、どこに行けばいいのかもわからないままとりあえず直進している俺たちに駆け寄ってきた。


「お、お待たせいたしました! ご案内いたします!」


「あはは……すみません無理やりな感じになっちゃって。――そういえばヴィード陛下からネスカさん宛の手紙も預かっておりまして、これってギルドマスター経由のほうがいいんですかね? それとも直接お渡ししたほうが?」


 前方に足を進めながら、手紙の入った封書を取りだしてメイさんに見せる。


「そうでしたか。陛下はなんと?」


「特には何も。たぶん俺たちとネスカさんが会うことを想定していなかったんじゃないかなぁと思いますけど」


「なるほど……でしたら一応、ギルドマスターに話を通してからにしましょうか。ネスカ様には後程ギルドに留まるよう私からお伝えしておきますので」


「了解です。よろしくお願いしますね」


 メイさんは俺の言葉に頷き、了承の意を示す。

 それから彼女は廊下の突き当りにある扉にノックをして、室内からの返事を確認してから俺たちを部屋に案内してくれた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ギルドマスターとの話を終えた俺たち五人は、探索者ギルドから徒歩で数分で辿り着くメイさんおすすめの食事処で昼食を取っていた。

 今回の話は特に問題なく進み、以前のライレスさんのように実力勝負を挑まれることもなく、すんなりとステータス提示の義務を免除する書状を手に入れることができた。なんにせよ、これで一安心である。


 てっきりレグルスさんのようなコワモテが出てくるのかと多少身構えていたが、予想に反して執務室にいたのは四十代ぐらいの女性だった。親しみやすい雰囲気で、親戚のおばちゃんのような雰囲気。だが、こちらが不快になるような距離の詰め方をするわけでもないし、俺としては好印象だ。

 しかし陛下や王妃様といい、この国の権力者たちは妙に人懐っこい雰囲気がある気がするなぁ。


「ちょっとしたイレギュラーはあったが、ちょっとぐらい街を見る時間はあるかもな」


 咀嚼したハンバーグを飲み込んでから、四人の反応を見つつそう発言した。


「そうだねぇ。でも馬車移動だし、目的地に向かいながら気になる場所で下りる――みたいな感じじゃないと難しいかもね。屋根の上を走り回っていいなら色々回れそうだけど?」


 へへ、とクソガキの雰囲気を前面に出して笑うノア。俺は嘆息混じりに「そりゃダメだろ」と返事をする。


「エスアールさんはどこか気になるところとかありますか?」


 ノアの言葉の後に、今度はシリーが問いかけてくる。君は立場的にフェノンの意見を聞くべきなんじゃないかと思う――なんてことを考えていたが、どうやら当のお姫様も前のめりになって俺の言葉を待っているようだ。まぁ、君らがそれでいいなら俺はいいんだけども。


「そうだなぁ……探索者関連の店はだいたい内容は想像できるし、どちらかというと嗜好品とかのほうが気になるかな。あとは街の雰囲気とか見たいし、さっきノアが言ってたように気になる店に入るぐらいでいいんじゃないか?」


「うむ、私としても異論はないな。ポーションの価格などを見れば、この国のレベルがある程度わかりそうな気もするが……なんといっても今は激動の時代だからな。ひと月もすればまた値段が落ちていることだろうし、あまり気にしても仕方がないだろう」


「どうしても気になるようであれば、明日一緒に探索するネスカさんに聞けばわかりそうよ?」


「それもそうだな」

 

「うん。だからそんな仕事っぽいことは忘れて、せっかく自由に街を歩けるんだからデートを楽しまないと!」


「そ、そうだな! これはいわば、新婚旅行のようなものだからな!」


 デートも新婚旅行もちょっと違う気がするけれど、彼女たちがそう言うのであればあえて否定するのは止めておこうか。だけど俺の奥さんたちよ、この場には君たち以外にも二名いることをお忘れじゃないでしょうか?

 のけ者のようになってしまうシリーとノアに何と言い訳をしようか思案しつつ、顔を向けてみると――、


「で、デート……うふふ」


「兄妹デートかぁ」


 二人とも何かを妄想している様子で、俺の視線に気づく様子はない。貴方たちもデートのつもりでしたか。

 結局、俺はデートに関して肯定も否定もしないまま、逃避するように目の前の食事に目を向けるのだった。





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