閑話 宿屋にて
パルムール王国の王都に到着してから、俺たちはこの国の騎士に案内されて、最上の高級宿に訪れていた。
一応、一人一部屋用意してくれていたようなのだが、女性陣の希望により五部屋から二部屋に変更することになった。
俺としては『男女で別れるのだろうか』とか、『他国だから不安なのかも』などと思っていたのだが、皆あたりまえのように俺と同室になろうと意見を言いまくる。受付が苦笑いを浮かべたのが視界に入ってしまったので、結局はくじ引きで部屋割りを決めることになった。最初は一部屋にしようなんて案もあったが、それは恥ずかしくて断固拒否したけれど。
「あぁ……やっぱり高級宿はいい」
生前――と言っていいのかは不明だが、地球でもこんなに豪華なベッドに寝たことはない。最近じゃこんな高級ベッドに身体を沈めるのが当たり前になってきてしまっているが、俺は元々庶民だ。そりゃ寝心地は科学の発達した地球のモノと比べたら劣ってしまうけど、雰囲気で気持ちいいと感じてしまう。プラシーボ効果的なものだろうか。
食事も風呂も終えたあと、少しの間全員で旅を振り返りながら話をしてから、別室の三人は『おやすみ』の言葉を最後についさきほど部屋から出て行った。
三人を見送ってから、ベッドの上でうつ伏せになったり仰向けになったりしていると、部屋のもう一つのベッドで俺と同じようにごろごろしているノアが「そうだねぇ」と気の抜けた声で返事をした。
そう、俺の同室はノア。自称妹の元神様のクソガキである。他の三人は別の部屋で夜を過ごしている。
こういう時に結婚した相手と同室になれないのは少し寂しいが、なんとなく気恥ずかしいし、むしろこれで良かったのかもしれない。はいそうです。ヘタレです。
「そうだねぇ」
「おい。二回目の『そうだねぇ』はタイミング的におかしいだろ」
「気のせい気のせい~」
ノアはそう楽し気に言いながら、身体を起こしベッドに腰かけ――ようとして、なぜか俺の寝るベッドの方へとやってきた。そして、ぽすんと軽い音を立ててベッドにお尻を乗せる。
「なんだ? まだ話したりなかったのか?」
さっきまで散々みんなで話したと思うんだが……神様って意外とおしゃべりが好きなのかもしれないな。コイツの場合、ずっと一人で頑張ってきた反動ってのもあるのかもしれないけど。
俺の問いかけに対し、彼女は足をパタパタと動かして、そして目を細めて笑う。
「ふふふー、こんなに遠出したの初めてだからさ、僕、楽しいんだよね」
「神様にとっちゃ旅行とかいう概念自体なさそうだもんな」
「うん。やっぱりイデア様に立ち位置を変わってもらって正解だったなぁ。人間の生活って知識としては知ってたし、不便な事もたくさんあると思うんだけど、やっぱり楽しいよ」
笑みを浮かべてそんな風にいった彼女だが、不意にピタリとばたつかせていた足を止めて、視線を足元に下ろす。
「楽しい……楽しいからこそ、寂しいんだよね。人間の寿命って一瞬だからさ」
「まぁ神様たちと比べたら一瞬だろうなぁ」
そう言って、俺は横になったままチラッとノアに目を向けた。横顔しか見えないが、彼女の表情が暗い事ぐらいはわかる。
慰めてやりたいとは思うが、上手い言葉が浮かばない。
こういう時に元気がでるような話とか、励ましてやれたらモテるんだろうなぁと考えつつ、俺は口から出るままに言葉を並べてみた。
「短いからこそ、限られているからこそ楽しいんだと思うぞ――俺は」
肘を突き、頭を手で支えながら話す。
「なんて言えばいいのかわからないが……そうだな、お互い限られた時間だからこそ、その時間を一緒に過ごしたいと思うし、『楽しみたい』って思うんじゃないかな」
「だって……それはお兄ちゃんとか、人の話じゃん。僕は、あとから世界の管理をするために神に戻るから――「辞めちゃえば?」――え?」
「だから、辞めれば? イデア様に後は任せてさ、あの神様ならそのまま管理をしてくれるかもしれないし、面倒なら代理を建てるぐらいしてくれそうだろ?」
「そう……かもしれないけど……」
彼女は困ったような顔で、眉をハの字に曲げる。
「俺には神様たちの価値観なんてわからないし、もしかしたら人間として一生を終えるのが嫌――なんて思うかもしれないけどさ、お前が寂しい思いを一番しない方法はたぶん、俺たちと一緒の墓に入ることだと思うぞ」
なんだか『お前も道連れだぁ!』みたいな言い方になってしまったが、なんとなくニュアンスでわかってほしい。言葉選びは得意じゃないんだ。
どんな反応が返ってくるのか若干ビクビクしてしまったが、なぜか彼女は笑っていた。
「ふふっ、同じ墓に入れってそれ、プロポーズじゃん。お兄ちゃん、とうとう僕のこと好きになっちゃったの?」
「え、えぇ!? マジで!? そんな意味があるとか知らん知らん! そう言う意味で言ったんじゃなくてだな! これはそう、一緒に多くの時間を過ごして、死ぬまで一緒にいようぜみたいな――だぁああああっ! これも違う! 違うからな! 変な勘違いするなよ! 今言った言葉は忘れろ!」
「あははっ! なに慌ててるのさ、焦ってるお兄ちゃん珍しー」
「うるせぇ! いいか! 忘れるんだぞ!」
俺がそう言うと、彼女は「はいはい」と半分笑いながら言って、コテンと後ろに倒れる。ちょうど俺の太ももの位置に頭がきて、枕代わりにされてしまった。軽いから別になんともないけどさ。
その後、彼女が独り言のように漏らした『ありがとね』という言葉は、はたして何に対してだったのかな。