A-45 だらり
闘技場にて試合を行ってから、数日が経った。
陛下に挨拶に行ったり、ベルノート伯爵家にお邪魔したりと用事はあったものの、長時間拘束されるようなこともなく、俺はダンジョンに行かずに比較的だらりとした生活を送らせてもらっていた。家にいたら外でギャーギャー騒がれなくて済むしな。
あぁもちろん、お義父様がたに呼び出された時に話した主な内容は結婚についてである。
式は同時に挙げることになったらしく、日程はまた後日知らせるということだ。
個人的には身内でひっそり上げるような結婚式が理想だったけど、フェノンは王女だし、さすがにそんな我儘は言ってられないだろう。パートナーを自慢できる良い機会だと割り切ることにした。二人共、めちゃくちゃ美人だしな。
落ち着いたらどこの国に遊びにいこうか。
そんなことを考えながら自宅リビングのソファでノアと二人で並んで座り、ゆっくりとコーヒーを飲んでいると来客があった。
「よぉ、相変わらず引きこもってるんだな」
やってきたのは、迅雷の軌跡のリーダーを務めるシン。
お仲間の二人は服などの買い物に出かけているらしく、暇を持て余したために帰ってきたらしい。
というか、こいつらも金を出しているし、ASRと迅雷の軌跡のパーティハウスのはずなんだが……あまり家にいないからお客みたいに感じてしまうな。
シンはメイドのアイネさんに紅茶を頼むと、俺たちの向かいのソファに腰を下ろす。
「別に良いだろ。闘技場も元通りになって『月』との再戦もできそうもないんだから」
フェノンたちの親にあった日の帰り、俺は闘技場に足を運んでどのような状態になっているのかを確認しに行った。結果として、残念ながら完全に元通りである。結界は無く、ステージに足を踏み入れても月は現れなかった。
「げぇ、お前さん戦えたらまたやるつもりだったのかよ」
「当然、次はもっとうまくやれる自信があるぞ。それにSランクのボスじゃ正直相手にならないからな――というかシンたちはここ数日帰ってこなかったけど、どこぶらついてたんだ?」
一応、この世界に通信の魔道具はあるけれど絶対数が少ないため、個人で所有できるようなものではなく、気軽に扱えるものではない。スマホがあればなぁとは思うけど、さすがに文明の発展レベルが違い過ぎて違和感がある。
「あぁ。他の国から来てた探索者と他の街に行って、ダンジョンに潜ってたりしてたよ。やっぱりあまり戦わない敵との戦闘は新鮮で訓練になるんだと。俺たちとしては技を盗む良い機会になるかと思ったんだが、やっぱりお前さんと比べたらダメだな。どいつもこいつも無駄があるように見えちまう」
こいつ……コミュ力お化けかよ……。
「ふーん……そんなことやってたのか。効率的には倒しやすい敵を大量に倒してさっさとレベル上げをしたほうがいいと思うがなぁ」
俺がそうシンに応えると、隣に座るノアが「お兄ちゃんは早く追いついてほしいみたいだからねぇ」とクスクス笑いながら呟く。よくわかっているじゃないか。
「あいつらはどれだけレベル上げが大変なのかまだよくわかってないのかもな。かくいう俺たちも三次職には転職できるようになってるがまだ手を出していないし、不明瞭だけど」
自嘲する様に笑ったシンは、アイネが運んできた紅茶に口を付けて一息つくと、再び口を開いた。
「で、お前さんはフェノンとセラと結婚して、その後どうするんだ? ここは一応パーティハウスだし、新居は用意するだろ?」
「あぁ……そういえばそうか。また家を建てなきゃだな」
すっかり失念していた。
当たり前といえば当たり前だが、シンたちにも金を出してもらっているこの家を新居とするのは良くないな。一応、街から少し離れたところにノアたちが記憶を頼りに建ててくれた家があるから、そちらで暮らすというのも有りだが、執事やメイドを雇って暮らすとなると少し手狭な気がする。
「フェノンやセラもだと思うけど、僕、あっちの家も気に入ってるからさ、増築とか改築とかすればいいんじゃない? 街中じゃないから警備は増やすことになるかもしれないけど」
「おぉ! その手があったか!」
ノアからの提案に、俺は思わず手を打った。
俺もあの家――そしてあの場所はとても気に入っている。
当初はAランクダンジョンとBランクダンジョンを効率よく探索するために建てた家だったが、あそこは街と違って静かで、とても景色がいい。時間がゆっくりと流れているような穏やかな雰囲気があるのだ。
「大きく建て替えるとなったら時間がかかるだろうね。お兄ちゃん他国に遊びに行きたいって言っていたし、建築している間に新婚旅行も兼ねて遊びに行ったらどう? 新婚旅行とは言っても、僕やシリーも一緒に行くけど」
「それぐらい別にいいでしょ?」とノアが笑う。そりゃフェノンが来るとなると彼女の従者であるシリーは一緒に来るだろうし、ノアだけこの場に置いていくのは可哀想だ。こいつも一緒に来てくれたほうが楽しめると思う。
「へへへ、ありがと」
「おい、勝手に人の心を読むなクソガキ。俺は何も口にしてないんだがな」
「別に読心は使ってないよ? これだけ一緒に過ごしてるんだからさ、表情を見たらわかるもん」
「え? マジ?」
そう言われて俺はむにむにと自分の頬を触ってみるが、直前まで自分がどんな表情をしていたのかさっぱり思い出せない。『やれやれ』みたいな感じだったのだろうか? ちょっと恥ずかしい。
「おーい、俺のことを忘れていちゃつくなよ。フェノンとセラに報告してやろうか?」
「い、今のは別にいちゃついてたわけじゃないだろ! 俺とこいつは兄妹設定だからな、兄と妹の他愛のない日常会話みたいなやつだ。うん」
急に『いちゃつく』なんて言葉を使われたら気まずいだろうが!
ノアを見てみろ。こんなに気まずそうに――なぜお前もニヤニヤしてるんだ。変な気分になったのは俺だけかよ。
目を瞑り深くため息を吐く。
リセットリセット。今のやりとりは忘れて、話の方向転換だ。
えーっと、何がいいか、何を話そうか。好きな食べ物とか……ってアホか俺は! なんだその行き詰った時の最終手段みたいな話題は!
一人勝手に焦ってパンクしそうになっていると、ノアが「行きたい国の候補はあるの?」と助け舟を出してくれた。おぉ! 神よ! ――って、そういえば元は神だったなこいつ。
「そうだなぁ……最終的には全部行くつもりだけど、とりあえずパルムール王国あたりかな」
「あぁ、リンデールからは比較的近いとこだな。そういえばそこの代表パーティのネスカが、めちゃくちゃお前さんのことを褒めてたぞ」
「へぇ、そりゃ嬉しい。あの時闘技場にいたんだな」
というか、武闘大会参加者は全員いたんだっけ? あまり覚えてないな。試合に集中していたし。
パルムールに足を運んだ際には、せっかくだしそのネスカさんとやらと手合わせしてみても面白いかもなぁ。




