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14 良い変化と悪い変化




「ふぁあぁあぁ……ねむ」


 Cランクダンジョンの踏破を達成した翌日の早朝。俺はセラさんから伝えられた通り、探索者ギルドへと向かっていた。

 まだ、探索者たちが出歩くには早い時間帯だが、商品を載せた荷馬車は既に街を走っている。商人はたくましい。


 武闘剣士のレベルは9まで上昇した。やはり、一次職と比べると、レベルの上がりは遅い。プレイヤーボーナスが発生する30レベルまで上げるのに、少なくともあと6日はかかるだろう。


「はぁ……」


 昨日のレベル上げを思い出すと、ため息が出た。

 全然ダメだった。もちろん無傷で踏破はしたが、セラさんのことを思い出して注意散漫になるわ、VIT(体力)が足りずヘロヘロになるわ、とりあえず酷い有様だった。

 頂点に辿り着いた者としてのプライドは、ズタズタだ。


 このままでは、ちょっとまずいかもしれん。


 ボス単体なら、10割の確率で倒せる自信があるが、そこに辿り着くまでにかなりの戦闘をこなさなければならない。つまり、体力が必要になる。


「武闘剣士の後は、重騎士か結界術師を上げとくか」


 この二つの職業はどちらも、レベル30のプレイヤーボーナスがVITだ。欲を言えば2つともレベルを上げておきたいが、そこまで悠長にもしていられないだろう。

 1ヶ月は持つという話だったが、それが確実である保証はないし、今この時も、王女様は苦しんでいるはずだ。早いに越したことはない。


 当初の話では、今日を含めてあと19日。だがあと13日あれば、最低限のステータスは確保できる。そこで勝負を仕掛けるとしよう。


 ゲーム時代には、こんな風に体力で悩むようなことはなかったんだがな……やっぱり、無理やりレベルを上げるようなやり方は、いくら経験と技術があったとしても、身体のほうがついていかないらしい。


 そして、俺のもう1つの悩み。


「セラさん……」


 なんとなく、告白してその返事を待っているような心境だ。そして、その経験が3度もある俺にとっては、嫌な気分になる。全部フラれたからな。


 余計なことを思い出して、さらに意気消沈してしまう。


「はぁ……」


 もう一度、深いため息。

 肩を落として、俺はとぼとぼと目的地へ向かっていった。




 ギルドへと到着する少し前。

 建物の姿がハッキリと目に映るようになった時、俺は赤髪の女性がギルドの前に立っているのを見つけた。


 彼女が無茶しないように――そう思って提案した言葉だったが、俺はやはり、彼女が俺の誘いに乗ってくるのを、心のどこかで期待していたようだ。その証拠に、俺はかなり距離が離れたところから、彼女を見つけることができた。


 やがてセラさんのほうもこちらに気付き、俺との距離が数メートルになった所で、彼女は勢いよく頭を下げた。そして、そのままの姿で言う。


「まず、謝らせてくれ。貴方の積み上げてきた努力、そしてその実力に、『才能』という言葉を使ってしまい、済まなかった」


 びっくり。いやマジでびっくり。語彙力が低下するほどびっくりだわ。


 あの話は、なんとなく有耶無耶になって終わったものと思っていたし、貴族の彼女が、俺のような人物に頭を下げるとは思わなかった。それに、なんか呼び方が『貴様』から『貴方』に変わってるし。

 いったい、彼女の心境にどんな変化があったのだろう。


 驚きつつも、俺も同じくセラさんに謝った。


「……俺のほうこそすみませんでした。ついカッとなってしまって。昔のことなんて話していないし、何も知らないセラさんはそう思っても仕方がなかったと思います」


 俺の言葉を受けて、セラさんは顔を上げた。至極真面目な表情をしている。


「私は貴方を信用する。裏切りもしない。無茶もしないと約束しよう」


 その言葉は、俺が指を立てながら出した条件だった。つまり、彼女は俺の誘いに乗るということだろう。

 そして一拍置いてから、大きめの声で言った。


「だから、エスアールも私を信用してくれ! 私を、あなたの傍に置いてほしいっ!」


 …………ん?


「傍に置いてほしいって、プロポーズですか?」


「――っ!? ち、ちちち違うに決まっているだろうっ! エスアールの傍で、学ばせてほしいと言ったのだっ!」


 セラさんは耳と顔を真っ赤にしてにじり寄ってくる。怒っているようだが、以前見たような、冷たさが混じったものではない。

 だから俺は、つい笑ってしまった。


「はははっ! 冗談ですよ」


「……まったく。年上をからかうものではないぞ」


「すいません――あれ? 俺、セラさんに年齢教えましたっけ?」


「あぁ。以前、ステータスを見させてもらったときに視界に入ってしまってた。18歳だろう? 私は22だから、4つ年上だ」


 へぇ。そうなんだ。

 それぐらいしか感想が湧かない。だって見た目通りで予想通りだし。


「そうでしたか。これからのこととか……色々話したいことはありますが、まずレグルスさんとの話を終わらせましょう」


「わかった。私はギルドの酒場で座って待っているから、行ってくるといい」


「いや、セラさんも一緒に行きましょう。たぶん、問題ないはずですよ」


 恐らく、ダンジョン探索の進捗を尋ねるようなものだろうし。彼女は俺が召喚された人間だと知っている。レグルスさんからしたら、彼女がいてもいなくても、どちらでもいいはずだ。


「わかった。エスアールがそう言うなら、共に行こう」


 彼女はやる気に満ちた表情で頷く。

 俺はその彼女の変化を嬉しく思いつつ、探索者ギルドの扉を開いた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ギルドっていつもこのお菓子と紅茶を出しますよね。飽きませんか?」


「エスアールが特別なんだ。そもそも個室に案内されること自体、稀なんだぞ? 案内されたとしても、茶菓子が出てきたことなぞ見たことがない」


「そういうものなんですか」


「そういうものなんだ」


 いつもの個室で、これまたいつものように出されたクッキーと紅茶を楽しみながら、俺とセラさんは他愛のない会話を続けた。以前ならば有り得ない。なにしろ『必要最低限の会話以外するつもりはない』なんて言われていたし。


 待たされていても、そんな風に話していると、時間はあっという間に過ぎていった。


「悪い悪い。まさかこんな早くに来るとは思わなくてな」


 十数分後。

 いつも通り、返事を待たないノックをしてレグルスさんが入室してくる。


「いえ。ですがそろそろダンジョンが開く時間になるので、手短にお願いしますよ」


 レグルスさんは「承知した」と言いながら、ソファに腰掛ける。そして、俺とセラさんを交互に見た。そしてニヤついた表情で、


「で、どっちが惚れたんだ?」


 爆弾を投下した。


「――っ!? なにをっ!? 私とエスアールはそのような関係ではないっ!」


「……そんな話をする暇がないから、手短にって言ってるんですけどね。あまり時間に余裕ないですし」


 彼は俺たちの反応を頷きながら眺めると、何かを理解したように「なるほど」と小さく呟く。


「エスアールが言ったように、時間がない。おふざけはここまでだ」


 お前が言い出したんだろうが。

 心の中で「このハゲ!」と悪態をついていると、レグルスさんは真面目な表情になってから口を開く。


「本当はエスアールの状況を聞きたいだけだったんだが、追加で話すことができた。セラは――まぁいいだろう。お前にとっても、大事なことだろうからな」


 なんの話だろうか?


 色々と予想をしてみて、1つ、最悪のパターンが頭に思い浮かんできた。

 どうか、そうではありませんように。俺の予想が外れてくれますように。


 だが、その願いが叶うことはなかった。



「昨晩、王女殿下の容態が悪化した。期限は、あと10日だ」







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[一言] 工エエェェ(´д`)ェェエエ工
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