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閑話 けん玉


閑話です!

時系列的にはエスアールがSランクダンジョンのボスを倒す前の、剣聖レベル上げ中ぐらいです。




 時刻は太陽らしき恒星がちょうど真上に位置するころ。

 俺とセラは日用品の買い物がてら、賑わう王都の街をぶらぶらと歩いていた。


「――あ、どうも。頑張ります」


「任せておけ」


 道行くおばちゃんと、その孫と思しき男の子に『ダンジョン頑張って』と声を掛けられたので、俺とセラはそれに笑顔で応じる。いちいち止まっていたら王都の街を歩けないので、歩きつつ軽く手を振る程度にとどめておいたけど、男の子は嬉しそうにしていたのでこれで良いだろう。おばちゃんは『ありがとう』とでも言いたげに頭を下げていた。

 手を振っただけで感謝されるようになるとは……本当にこの世界での上位探索者はアイドルやスポーツ選手みたいな立ち位置なんだなぁ。そろそろサインの練習とかをしておくべきかも――などと考えたり。


「やはり変装をしていないと声を掛けられるな」


 腕と腕が軽く触れるぐらいの距離にまで近づき、コソコソとセラが話しかけてくる。

 どぎまぎしているのを悟られぬよう、俺は平静を装って答えた。


「まぁなぁ。だけどいつまでも変装ばかりしていたら窮屈だろ? 徐々に慣らしていけばいいさ。俺たちはパーティメンバーなんだし、一緒に居て変に思われることもないからな」


「ふふっ、それもそうだ――お、あそこの雑貨屋に寄ってもいいか? 新商品が入ったらしい」


「へぇ。じゃあ行こう――って、手は引かなくてもいいから」


 ――という俺の意見は耳に入っていないようで、子供のように目をキラキラと輝かせたセラに手を引かれ、彼女の後についていく。

 こういうやや強引なところもまた、彼女の魅力の一つなんだろうなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 コンビニのやや二倍ぐらいの広さを持つ雑貨屋に入ると、そこにはややふっくらとした体格で、気の良さそうな男店員が一人と、お客さんが男女一名ずつ。


「――あ」


 お客のうち女性の方が、入店してきた俺たちを見て思わず――といった様子で声を漏らした。

 俺も彼女の存在に気付いたので、こちらから声を掛けることにした。


「王都に来てたのか。うちにも顔を出せば良かったのに」


「明日行く予定だったのよ。私たちは昨日の夜王都についたばかりだし、いきなり行くのも迷惑だと思ったから……一時間前ぐらいにエスアールたちの家に使いを出したところよ」


 カシャカシャと木製の人形を手で弄びつつ、レゼル王国出身、国際武闘大会出場者であるジル=ヴィンゼットが言う。

 ジルが手に持った人形があまりにも不気味な表情をしているので、思わず苦笑いをしていると、隣から「あれ、可愛いな……」と言う声が聞こえてきた。

 そ、そうか……アレ、可愛いのか……感覚がわからんな。


「おぉ! 誰かと思ったら剣姫とエスアールじゃないかっ! リンデール王国のこの玩具は凄いな! 訓練に使えるかもしれん!」


 ふははは――という笑いとともに近づいてきたのはアーノルド=ヴィンゼット。どうやら兄妹でこの店にやってきていたらしい。アレをどうやって訓練に使うつもりなのかはわからないけども。


「久しぶりだなアーノルド……それ、訓練には使えないと思うんだが」


 彼が手に持っているのはけん玉。

 地球にいた頃は確かに段位とかもあったし、その道を極めている人もいた。だけどアーノルドの剣技に活かすことができるのかと問われれば首を捻らざるを得ない。いや、確かに『けん』だけどさ。


「そうか? こうすれば――」


 そう言うと彼は、スッと腰を落とし、紐の付いた赤い球を宙にぶら下げる。

 彼が何度か深く息をして呼吸を整えていると、隣のセラが生唾を飲み込む音が聞こえてきた。そんな微かな音が聞こえるぐらい、雑貨屋の店内は静まり返っている。


 ジルは呆れたような視線を向けており、セラは期待の眼差しを向けていた。俺はコイツが商品を壊さないかとハラハラしている。たぶん、店主も俺と同じだと思う。


「――はぁっ!」


 そしてアーノルドはかけ声と共に、勢いよく球を上に引っ張り上げた。


 ふん、と顔面に迫りくる球を避けるアーノルドの声。

 ぶち、と千切れる紐の音。

 バキ、という天井の木の板がへしゃげる音。

 ひぃ、という店主の悲鳴。

 そして最後に、ガン、とけん先に玉が突き刺さる音。


 まるで敵の喉元にレイピアを突き刺すかのようなポーズで、アーノルドは停止している。その姿だけ見れば少しかっこいいかもしれない。手に持っているのはけん玉だが。

 ちなみに、けん玉の穴にけん先は刺さっていない。まったく別のところに新たに穴が生成されている状態だった。なんか煙出てるし。


「このように、反射神経――そして精密さを鍛えることができるのだ! ふはははは! 少し張り切り過ぎたようだがなっ!」


 そしてまた彼は、はぁーっはっはぁと愉快そうに笑う。

 彼以外、その場にいる全員がしばしの間呆然としていた。あまりのバカさ加減に脱力していたともいう。


「おいジル、お前保護者だろ」


「……わかってる、言われなくてもわかってるわよっ! こんのっ、バカ弟がっ!」


「――い、痛いっ! ジル姉さんっ!?」


 アーノルドの抗議の声など一切聞く耳持たず、ジルは店の外に弟を放り投げると思いっきり蹴とばしていた。外見と実際の身体能力が全く一致していない。

 ここが地球ならば、ただの兄弟ゲンカに見えるのかもしれないが、ジルに蹴られたアーノルドは十メートル以上吹き飛ばされているからなぁ……マジで車にはねられたレベルだ。まぁ彼自身も鍛えているからそこまでダメージはないのかもしれないが。南無。


 結局、アーノルドはけん玉代と店の修繕費と迷惑料を支払い、俺たちも無関係ではないということで、いくつか雑貨屋で商品を購入して帰った。


 あわただしい一日となってしまったが、帰宅中、セラは不気味な人形を手に持って嬉しそうにしているので、良かったとしようか。





 

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