A-31 これからの話
ちょうど昼食時だったため、軽い食事をとりながら俺たちはお互いに自己紹介をすることになった。
相手がいくら近しい人物とはいっても、立場は家主と使用人だ。迅雷の軌跡とASRのメンバーはダイニングにあった縦長いテーブルに腰かけ、口をもぐもぐと動かしながら、姿勢正しく話す彼らの話を聞いていた。たまごサンド美味しいです。
特筆すべきことは何もなかったが、強いていえばセラの兄であるレイさんが頭を下げたとき、シンがニヤニヤとしていたのが面白かった。
シンはレイさんと仲が良いと聞いたことがあるし、友人の仕事ぶりをからかおうとでも思っているのだろうか。
閑話休題。
その後俺たちは、建物の中をシリーの父であり我が家の執事となったシオンさんに案内してもらうことに。
王都内であるため、さすがに屋外に露天風呂は作ることは断念したが、建物は三階建てとかなり立派なものであり、広い地下室も付いている。この地下室は訓練のために使用する予定だが、別にこだわりがあるわけでもないので、多目的に使えたらいいなと思っている。
ふむ……八人のルームシェアに加え、使用人たちの部屋もあるのだから『意外と手狭になるのでは?』と思っていたのだが、見た感じ問題なさそうだな。おそらく、物置等を地下に追いやって調整したのだろう。
これから新生活が始まると思うとワクワクするが、ちゃんと問題も解決していかないとなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「もう見なくていいですか? エスアールは新居を楽しみにしていたと思ったですが」
リビングのソファに腰を下ろすなり、向かいに座っているスズがそんな風に言ってきた。
「一通りシオンさんが案内してくれたし、残りは落ち着いてからゆっくり見るさ。セラやシリーたちはそれどころじゃなさそうだしな」
「ははっ、あいつら驚いてたなぁ」
「俺だって驚いたわっ! シリーの両親なんて初めて見たぞっ!」
姉がいることも知らなかったし、両親がメイドと執事であることも知らなかったわ!
俺の言葉を受けて、シンは「悪い悪い」とまったく悪びれた様子もなく笑う。
「――ったく、お前はレイさんたちと話してこなくていいのか?」
現在、別室にてレイさんとセラが。そしてまた別の部屋ではフェノンとシリーがシリー家と話をしている。どんな会話をしているのか知らないが、たぶん『何も聞いてない』と文句を言っているんじゃないだろうか? まぁ、彼らが使用人になることについて反対している様子ではなかったから、俺が心配することはないだろうけど。
「あぁ。レイとはこの話が決まった時に、十分話したからな」
「そりゃそうか」
俺は短くそう返事をして、腕組みをする。
あまりに急なことだったから、いったい何を考えればいいのか――何に悩めばいいのかも定かではないが、とりあえず頭を働かせよう。
そう思って目を閉じたところで、隣のソファに腰かけているノアが口を開いた。
「一応最初だから、きちんとチェックはさせてもらったよ。全員問題なしだね」
その言葉にぱちりと目を開くと、ほっと息を吐く迅雷の軌跡たちの姿が見えた。
ノアが言っているのは、読心術で使用人たちの思考を読み取った――ということだろう。
「メンバーがメンバーだしな。そこの心配はあまりしていなかったが……慎重すぎるぐらいが丁度いいか。助かるよ、ありがとな」
ノアに礼を言うと、彼女は照れくさそうに笑ってから「どういたしまして」と返してくる。それからノアは視線を前方――迅雷の軌跡たちがいる方へと向けた。
「――ところで、王都で僕らの噂はどんな感じだい? Aランクダンジョンの踏破の情報が流れていると思うんだけど」
その問いかけには、ライカとスズが応じた。
「もちろん、探索者に限らず話題になっているわよ。ただ、踏破したのがASRだったからか、あまり驚かれてはいないわね。『いつかやると思った』って感じかしら」
「称号持ちのセラがいるですしね。話している内容もやはりセラが中心ですし、次点でフェノン、その次にノアといった感じでしたです」
ほう……一応シンたちは俺たちのことを気にしてくれていたみたいだ。
彼女たちに加え、シンも自分が手に入れた情報を次々に披露してくれるが、俺に関する話は女性四人に囲まれているということに対しての僻みだけであった。実力を隠しているとはいえ、ちょっと悲しい。
「お、おーけーおーけー。王都での様子はだいたいわかった。とりあえずAランクダンジョンぐらいじゃ、あまり騒がれなくなってきてるってことだな?」
「だな。なにしろ全員が全員、成長の真っただ中だ。以前みたいにレベル80で行き詰っているわけじゃないから、自分でもできるんじゃないかって思ってるんだろ」
うーん……それはステータスボーナスがないとちょっと危ないかもしれないんだが、さすがにこの情報を俺から説明するのもな……。
聞くところによるとステータス増加について研究している部署が王都にあるらしいし、職業の変更が一般的になってきている今、彼らが気付くのは時間の問題だと思うけど。
「何を難しい顔をしているですか? エスアールは目立たない方がいいですよね?」
「ん? あぁ、いや、それなんだがな――」
そう言えば迅雷の軌跡たちには俺が大きな実績を出そうとしていることは、まだ話していなかったな。
あまりだらだらと話しすぎないように、俺は要点を纏めてセラとフェノンとの結婚について話す。そして、そのために大きな実績が必要だということを。
説明を終えるころには、迅雷の軌跡の面々はまるで新しいオモチャでも見つけたような――それはもう素敵で悪い笑みを浮かべていた。
「うふふ。ようやくその気になったのね。セラたちも喜ぶでしょう」
「これで俺たちも思う存分エスアールを持ちあげることができるってことだな! いやぁ、自分たちより上がいるのに『世界最強』なんて言われてさ、ずっとムズムズしてたんだよ」
「シンは隠し事が下手ですからね。暴露するなら早いに越したことはないですよ」
なんだとー! とシンは口にするが、その表情は明るい。
「俺の我儘で我慢させて悪かったと思ってるよ。ひとまず、近いところのSランクダンジョンをソロで踏破するつもりだが――それで認められなかったとしたら次の手を考えないとな」
また国際武闘大会でもあれば手っ取り早いのだが、そう頻繁に開催されるものでもあるまい。
「本当……お前さんは簡単そうに言うよな。実際簡単なんだろうけどよ」
「Sランクダンジョン単独踏破は、十分すぎる実績だと思うですけどね」
スズの言う通り、俺もこれで十分だと思う。
一つ懸念があるとすれば、ダンジョンの中での戦いは誰の目にも触れることがない――ということだ。
俺がソロで潜ったといくら言い張っても、『他に誰か連れていったのだろう』と言われてしまえば、俺には証明する方法がない。ライセンスには踏破歴は残るが、何人でクリアしたかなんて情報は記載されないからな。
「いざとなれば陛下に機会を作ってもらって、またシンたちとやり合うしかないかなぁ……ヴィンゼット姉弟を呼び寄せるってのもありだな」
誰に聞かせるでもなくそう呟くと、シンたちは揃って頬を引きつらせていた。