13 恋する乙女
またセラ視点のお話です
王城の一室。
フェノンがメイドに席を外すよう命じ、部屋の中には私たち2人だけとなった。伯爵家の娘である私の部屋でも、さすがに第一王女の私室と比べると見劣りしてしまう。
ただ、家具やリネン類――品質は最高級であるものの、豪華絢爛という印象はない。これは彼女の好みによるものだ。
扉が閉まったのを確認すると、私は断りなくフェノンが寝ているベッドに腰掛ける。この部屋に来た時、私はいつもこの場所に座るからだ。もちろん、彼女と2人きりのときに限るが。
「随分と期間が開いてしまったな。遅くなってしまってすまない」
「気にしなくていいのよ、ディーノから少しだけ聞いてるわ。随分と無茶したみたいじゃない」
「……反省している」
さっそくお叱りの言葉を頂いた。なんとなく予想していたから、驚きはしないが。
フェノンとは、彼女が5才を迎えた日に行われたパーティで知り合い、それからずっと良好な関係を続けている。もちろん、喧嘩したりすることもあったが、そのおかげで仲が深まることもあった。いまとなっては、かけがえのない友である。
「エスアール様の護衛に付いていたんでしょう? お話を聞かせてよ」
「そうだな。フェノンにはやはり気になるか」
「もちろんよっ! だって私の勇者様だものっ!」
そう言い終えた後、楽しげな表情は一変――彼女は苦しそうな咳をし始めた。口元を押さえた手から、血がこぼれ落ちる。
私は慌ててフェノンの身体を起こし、ハンカチを彼女に渡してから背中を優しくさする。咳が落ち着いたところで、彼女の枕元に置いてあった上級ポーションを口に含ませた。
そして、また彼女をゆっくりと元の位置に戻した。この処置も、もはや慣れたものだ。
「苦しいか?」
「ちょっと興奮しすぎちゃった。大丈夫よ、いつものことだから」
彼女はそう言って笑顔を作る。
血を吐くほどなのだ、苦しくないはずがない。
彼女が発病したのは、およそ3年前。
といっても、正確な日付はわからない。徐々に体内の臓器を蝕んでいく病なのだから。
一般的な病は、ポーションを飲めば回復へ向かうが、中には症状を遅らせる程度にしか効果のない場合もある。この国でも、年間数百人は命を落としていた。
「あまり大きな声を出すなよ。身体に負担がかかる」
「わかってるってば」
「本当にわかってるのか? まったく……。では、初めてギルドで会った所から話そうか」
「うんうん」
本当に、楽しそうな表情をしている。
こうして寝てばかりの生活を送っているから、当然と言えば当然か。
私はこの部屋に来る前に、ディーノ様に呼び出された。
普段フェノンの見舞いへ来た時は、部屋へ直接案内されていたため、戸惑った。そして、話を聞いてから、さらに戸惑った。
なんでも、フェノンにはエスアールのことを勇者であると伝えているらしい。彼女に、希望を持たせるためには必要なことだと――そう説明を受けた。
その言葉を聞いた私は、口では「承りました」などと言っていたが、内心では大きなため息を吐いていた。
なぜならフェノンには、人の嘘を見抜く力がある。
スキルや魔道具などの力を借りているわけではなく、純粋に彼女の力だ。ちょっとした表情の変化や、目の動きなどでわかるそうだ。このことは、私とフェノン本人以外知らない。
「なぁ、その前に『勇者』と呼ぶのを止めてもいいか? ずっとエスアールとか、貴様と呼んでいたから、どうもむず痒くてな」
「だめよ。だって、私の勇者様だもの」
フェノンはムッとした表情で言う。国民の前に立っている時は、随分と大人びて見えるのに、私といる時は子供っぽい一面を見せることがある。
「知っているんだろう? エスアールが勇者じゃないことぐらい」
「別に、本人がそう思っていなくても、世界中の人が勇者じゃないって言っても、職業がなんであっても、私にとっては勇者様なの」
「相変わらず頑固な奴だ……。わかったわかった。勇者と呼ぶことにしよう」
「うん。物分りが良くてよろしい」
それから、私はエスアールとの出会い、模擬戦、彼の成したこと、そして『嫌いだ』と言われたこと――全てを話した。
私自身、きっと誰かに聞いてもらいたかったのだと思う。
その証拠に、フェノンに聞いてもらった後は、心の中が少し楽になった気がした。
だが彼が別れ際に話した『強くなる方法』とやらのことは、話さなかった。
もしエスアールの言う通り強くなれるとしたら、それはきっと正規の手段ではないと思う。どこか後ろめたい気持ちが心にあり、それが彼女に話すことを躊躇わせた。
私の話を聞きおえたフェノンは、真面目な顔つきで言った。
「セラは、勇者様にすごい才能があると思ったの?」
彼女が言及してきたのは、やはり喧嘩の部分だった。
「それは……正直、わからない。だが、才能があるとでも思わないと、今までの私の努力が否定された気分になるんだ。それぐらい、圧倒的な差だったから」
だからきっと、認めたくても認められないのだと思う。
フェノンは「そんなにすごい人なのね」と嬉しそうに言った後、
「才能のことはわからないけど……でも、今のセラの話を聞いたら、勇者様が強いのは、頑張ってるからじゃないの?」
そう言った。
問いかけというよりは、私に理解させようとしているような、そんな言い方。
エスアールのした努力……か。
そんなもの、知るわけがないじゃないか。何しろ住んでいた世界が違うのだ。彼がどのような日々を送っていたかなど、本人が話さない以上、わかるはずもない。
「1つ、教えてあげるわ。あの人は私に『Bランクダンジョンなんて朝飯前』って言ったのよ。それはもう、自信満々の顔で」
「そう、なのか……」
フェノンはその時の光景を頭に思い浮かべているのだろう――天井を見上げて、笑みを浮かべている。
彼女の言葉を聞いて、私は安堵した。エスアールが、王女を救うために動いているのだとわかったからだ。
私や迅雷の軌跡が踏破できなくとも、確かにあのエスアールなら、Bランクダンジョンなど、鼻歌を歌いながらやってくれそうだ。そう思ったから。
だが、話の脈絡がわからない。
エスアールの努力の話ではなかったか? そう思い、フェノンに意図を問いかけようとしたところで、彼女の口が再び動く。それは、私の予想外の言葉だった。
「その言葉は、嘘だったけどね」
「――っ!? それは本当かっ!?」
本当よ――そう言ってから彼女は、私に視線を向ける。彼女にしては珍しい、咎めるような視線だ。
「勇者様にとっても、きっとBランクダンジョンの踏破は簡単じゃないの。だからあの人は、違う世界にやってきたその日からダンジョンに潜った。次の日も、そしてその次の日も、朝から晩までずっと。初対面である私のためによ? 信じられる? セラはそれを、近くで見ていたんじゃないの?」
私はその問いかけに、俯くことしかできなかった。まったくもって、彼女の言う通りだったからだ。私は彼のやってきたことを、間近で見ていた。
何が住んでいた世界が違うからわからないだ。
何がどんな日々を送っていたか知らないだ。
彼が平気そうに、そしていとも簡単そうにしているから、私は気付くことができなかったのだ。彼の過ごしたこの10日が、いかに過酷なものだったかということを。
魔物のいる、いつ襲われてもおかしくないダンジョンで、エスアールは朝から晩まで過ごしていた。ソロで潜っているから、見張りを置いて気を休めることもできない。
そして魔物を倒し終えたら、すぐにカウントダウンタイマーが起動してしまう。
そんな日々……私なら気が狂ってしまいそうだ。
深夜、ダンジョンから宿に帰って寝て、そしてまた彼は、朝早い時間からダンジョンへ向かう。
誰が見ても誰が聞いても、努力家だとか、ストイックだとか、そんな答えが返ってくるだろう。
私はそんな人物に『才能に恵まれている』というようなことを、言ってしまったのか……彼も怒るはずだ。
「わかった?」
フェノンは、しばし呆然としていた私に優しく声をかける。そして、さらに言葉を続けた。
「あの人きっと、苦しいとか、きついとか、あんまり顔に出さないと思うの。知ってる? 勇者様ってこの世界に召喚された時、頭を抱えてその場で嘔吐したそうよ」
「あまり、想像つかないな……」
「でしょう? 私も後で聞いてビックリしたもの。彼、凄く堂々としていたから。嘘はとても下手だったけど」
その時のことを思い出したのか、クスクスとフェノンは笑う。そしてまた、口を開いた。
「勇者様は家族も、友人も、いたかはわからないけど――恋人とかも、もう会えないかもしれない。この世界に、彼が頼れる人は誰もいないの」
そしてまた私は、気付かされる。
彼のあまりに自然な振る舞いによって、私はそのことをすっかり失念させられていた。
彼は昨日の夜、条件の1つに『俺が言うことを信用する』と言った。
あの言葉はもしかすると、信用できる誰かが欲しいという彼自身の気持ちの、裏返しなのかもしれない。なにしろ彼はこの世界で、孤独なのだから。
フェノンは、私の手に自分の手を重ねた。細く、冷たい手だ。
「だから、セラが勇者様の支えになってあげてね」
「……そうだな。私にできることがあるのなら、だが」
「大丈夫よ。セラは頑張り屋さんだから。きっと勇者様にとっても嬉しいはずよ」
「だといいんだがな。仲がいいとはお世辞にも言えないが、彼ともう一度話してみることにする」
この時点で、私は明日の朝ギルドへ向かうことを決めた。
彼が強くなる方法を教えてくれるというなら、それがたとえどんな方法であろうと、私は強くなってみせよう。そして、彼の助力となり、フェノンを救う。
「そうね。まずは仲直りから始めましょう」
「うっ……謝るのは苦手だが、頑張ってみる」
思わず顔は苦笑いになる。そんな私を見て、フェノンはまた小さく笑った。その屈託のない笑顔を見て、私は違和感を抱いた。
「それにしてもフェノン。彼が勇者じゃない、Bランクダンジョンの踏破も簡単じゃないとわかっているのに、何故そんなに笑顔でいられるんだ?」
最初は強がりとも思った。だけど、長年の付き合いだからわかる。
彼女は今、死に怯えていない。エスアールが来る前の表情とは、少し違うように見えるのだ。
私の問いに、フェノンは嬉しそうに答えた。
「ふふふ。私も正直――あの人の言葉が嘘だとわかってしまった時に『あぁ、私はやっぱりこのまま死ぬんだ』と思ったわ。彼はきっと王城の誰かに言われて、私を慰めるために来たんだと――そう思った」
「なら、なぜ?」
「最後にね、勇者様は私にこう言ってくれたの。慰めや嘘の言葉じゃなくて、本当の言葉で」
必ずあなたを救います――そう言ってくれたのよ。
そう語るフェノンの姿は、まさに恋する乙女、そのものだった。
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