A-21 それは無理
本気を出す。
自分自身の口で、好きなタイミングで言えば割と簡単だが、他人にソレを実践しろと言われると非常に難しい。
ノアが言った意味とは異なるけど、俺が本気で戦うということは即ち敵を『殺す』ということ。ゲームのランキング戦で峰打ちなんてしてる余裕はないし、魔物相手に手加減は不要だ。
つまり俺の中で相手を殺さないように戦う――というのは非常にやりづらい戦闘方法なのである。
だが、仮想空間ではなくリアルとなったこの世界では、『殺しちゃったらごめんね』なんて倫理を無視したことを言えるわけもない。武道大会だって殺人は明確なルール違反だし、ゲームの中でのルールはこの世界では通用しないのだ。
――と、ここまでは俺の得手不得手の問題なのだが、一番の問題は別のところにある。
「手加減してもいいなら構わないが、どうする?」
ノアから『死にたいの?』発言をされ、難しい顔をしているジルに問いかける。
彼女はその表情を保ったまま、俺に視線を移した。
「あんた――エスアールは私の戦うところを見たことがないでしょ? どこからその自信はでてくるわけ? 私だって国の代表に選ばれるぐらいの力はあるのよ?」
俺に期待はしているけど、あまりバカにされるのも気に食わない――今の彼女の心境はそんなところだろうか。
「説明するのは……うーん、ちょっとややこしいんだよなぁ」
崩壊前の記憶を持つ7人以外、STRなどのことを知らない。だから彼女にステータスの差がありすぎると言ったところで、首を傾げられる未来しか待っていないのだ。
「技術っていうよりも、俺はジルたちより遥かに力が強いんだよ。手加減をしないと木刀でも簡単に致命傷になってしまう」
セラたちのようにステータスボーナスをたくさん取得しているのならまだしも、ようやく派生二次職に手を出し始めたような探索者では相手にならない。ステータスSSやSSSという人外の力は、並大抵の探索者では受け止めることは不可能なのだ。
「そんな風には見えないけど」
「レベルだってウィンドウを見なければわからないだろ。俺にはちょっとした秘密があるからな」
「……ふーん。隠し事が多いわね、あんた」
ジルは半目になり、視線に含ませる疑いの成分を増加させた。
確かに、今の俺は傍から見たら完全に口だけの人間だし、彼女の反応は正常なのかもしれない。何を証明したわけでもなく、ただ周囲から持ちあげられているだけだからな。
「嘘だと思うならそれでいいが、くれぐれも俺のことは言いふらさないでくれよ」
「別に嘘つきだなんて言ってないでしょ! 私の攻撃を避けたんだし、称号持ちのセラ=ベルノートがここまで褒めるんだもの。強いのは確かだと思う」
だけど、見れないのならわからないじゃない――と、ジルは小さな声で付け足した。
防音になっているから他の客の声は一切聞こえない。部屋の中はあっという間に静寂で満たされた。
気まずい空気だな――と思っていたら、どこかの称号持ちが「ひっく」と場の空気にそぐわないしゃっくりをする。さらには視線を宙に彷徨わせた状態で、「ふぇいふー」とよくわからない言語を発していた。異世界語か?
「うっ――く……」
思わず笑いそうになったが、ここで吹き出したら空気が読めない認定を受けそうなので、身体を震わせながら必死に我慢。俺の隣に座る外見幼女も、顔を俯かせて拳を握りしめていた。
「ジル姉さん、シンや剣姫との試合を見せてもらえばいいんじゃないか? エスアールたちが了承すれば……だが」
沈黙を保っていたアーノルドが、姉の援護を試みる。
援護を受けた少女は、小さな声のまま「どうなの?」と問いかけてきた。
「ジルがそれで満足するのなら、俺は別にいいぞ。ただ、シンやセラよりノアのほうが実力は上だからな……一対一をみたいのならそっちのほうがいいかもしれないな」
「それでもお兄ちゃんの足元にも及ばないけどねぇ」
「うっそ……じゃあ、じゃあなんでこのチビは称号持ってないのっ!? おかしいじゃないっ!」
「必要以上に頑張るつもりはないからね。名声とかまったく興味ないし」
「本当、変な兄妹だわ――あんたたち」
「ふふ――似た物同士でしょ」
なんで嬉しそうにしてるんだよお前。変人扱いされてんだぞ俺たちは。
不服を表現するためにわざと大きめのため息を吐き、俺もようやく食事に手を付ける。
「奥の手は隠しておきたいし、スキルは無しで戦うからな」
三次職のスキルはまだ公になっていないし、覇王の無双っぷりを見せるのなんてもってのほかだ。
俺の言葉を聞いたジルは下唇を突き出し、両手で呆れたようなジェスチャーをする。
「それでいいわ。本当にエスアールは隠すのが好きね」
「別にいいだろ――それで、ジルは本当に俺とノアが戦うところを見れば満足なんだな? アーノルドも俺やノアのことは黙っていてくれよ」
「うむ。ノア様やエスアールがシンやセラよりも強いというのは少し想像し辛いが……楽しみだな」
アーノルドの援護射撃のおかげで、ようやく話がまとまってきた。
セラはすでにテーブルに突っ伏して夢の世界に旅立ってしまっている。これはまた俺がおんぶして家まで送り届けるパターンだな。
ヴィンゼット姉弟も空気が緩んだのを感じ取ったのか、二人でテーブルの上に並ぶ料理の感想などを言い始める。この味付けはレゼルにはないだとか、この食材はなんだろうとか――仲は良いようだ。
全てが丸く収まりつつあると思われたなか、「ちょっといいかな」とノアが挙手をする。
「面倒だから――というか二度手間になりそうだから言うけど……ジルはお兄ちゃんが全力で戦うところを見たいだけで、僕とお兄ちゃんが戦うところが見たいわけじゃないでしょ?」
「だって、エスアールの次に強いのがノアなんでしょ? なに? あんたたちの間にもそんなに差があるわけ?」
……ん? なんだか話の流れがまた元に戻ってしまったぞ?
ジルは俺の本気を見るのを諦めたんじゃなかったのか?
「あるよ。実際に見たら早いと思うんだけど……そうだね……君らは迅雷の軌跡に負けたでしょ?」
「ええ。悔しいけど、完敗だったわ」
「その迅雷の軌跡に、僕は一人で勝つことができる。嘘だと思うならシンたちに聞いてみなよ」
ノアの口から出てきた言葉に、姉弟は揃って目を見開く。
なんとなくノアの言葉が投げやりになってきている気がする。面倒くさくなってきたのかもしれん。
「それって、三対一ってことでしょっ!? そんな、ありえないわっ!」
「そのノア様よりもエスアールのほうが上だというのですかっ!?」
驚き早口でまくしたてるように言う二人に、ノアは憐みの視線を向けていた。
俺も正直自分のことを持ちあげられまくって気恥ずかしいのだが、三対一で驚かれている現状をみると、どうしても苦笑いになってしまう。
この後にノアが何を言うのか、わかってしまったから。
「あのね、お兄ちゃんは迅雷の軌跡の三人、そして僕を含むASRの四人――その七人を同時に相手にして、それでもなお手加減しているんだよ? だからもう、諦めて妥協してくれない?」
ため息と同時に吐き出されたノアの言葉に、俺は少し気圧されて口を挟めなかった。アーノルドたちは放心したように固まり、そしていつのまにか俺の膝に頭を乗せていたセラは「んぬぅ」と呻く。
あー……すべて無かったことにして眠りたい。