A-20 SRの本気
大変お待たせしました!!
コミカライズ、決定でございます!!
しかも来週から連載開始!
詳しくは活動報告にて( ー`дー´)キリッ
貴族街にある酒場――バルト。
Bランクダンジョンの踏破後にこの場所にやってくると、この世界にやってきたばかりの頃のことが自然と思い出される。迅雷の軌跡――そしてセラと来た時のことだ。
あの頃は皆に対してまだ心理的な壁があり、丁寧な口調で接していたっけな。
ずっとソロでやってきたゲーム時代から考えると、考えられないような進歩だ。
「また泥酔したりしてな」
「恥ずかしいから止めてくれエスアール……」
あの時のセラは、張り詰めていた緊張が一気に緩んだのだと思う。酒を浴びるように飲み、俺がおぶって家まで連れていくことになった。別に普段でも身体に悪影響が出ない程度なら構わないと思うのだが、今日に限っては少しまずい。
うっかり変な内容を口走ってしまわないよう「今日はほどほどにしとけよ」と、からかうようにしながら釘を刺させてもらった。
店員が五人分の食事と飲み物をテーブルに並べて、退出したところでようやく本日の主役が口を開く。
「――で、こんな所に連れてきてどういうつもり? あたしを騎士団に突き出すの?」
ジル=ヴィンゼットは隙あらば噛みつかんとするような雰囲気で、俺たち三人を睨みつけてくる。
ちっこい外見といい、わずかに震えている声といい……なんとなく小動物を想起させるような感じだ。猫を威嚇するネズミのような印象。
「そうじゃないよ。連れてこられた理由ならわかってるでしょ」
「…………ふんっ。というかあんた――ノアだったかしら。年上に対する礼儀がなってないんじゃない?」
「探索者は実力主義――レゼル王国だって同じでしょ? 僕らは君たちより弱くないからね」
バチバチと火花を散らす幼女たち――見た目だけなんだけども。
ノアは自分たちの時間を邪魔されたからか――もしくはオムライスを食べることができなかったからか――とても不機嫌そうな表情である。俺も声を掛けにくいぐらいに。
一触即発の雰囲気が部屋に立ち込める中、何もわかっていない能天気な人物が笑い声を上げた。
「はっはっはぁっ! せっかくの交流の場なのだし、もっと楽しく食事をしようじゃないかっ! ……ところでエスアール、姉さんたちはいったいなんの話をしているんだ?」
「あぁ、うん。そのうちわかるんじゃないかな」
「そうかっ! ではその時が来るのを待ちわびておくとしようっ!」
はっはっはぁ! ――といつものように笑い、アーノルドはぐびぐびとエールを喉に流し込む。
隣に座るセラが、俺の服の裾を引き「本当に話して大丈夫なのか?」と小声で問いかけてきた。
「うーん……まぁなんとかなるだろ」
どちらかというと、このまま有耶無耶にして逃げるほうが危険だし。こちらには剣姫や第一王女がいるのだから、しっかりと話した上で口止めしたほうが確実だろう。
ただ、その前に――
「なによっ! ちんちくりんな見た目で偉そうに!」
「君の家には鏡がないのかい? それともその目はガラスなのかな?」
この二人の言い合いを止めないとな……やれやれ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はぁ、もういいわ。よく考えたら別に誤魔化す必要もないし――あんたたちのことなんでしょ、迅雷の軌跡が武闘大会で話していたやつって」
アーノルドがジルを、そして俺とセラはノアを宥めて、ようやく話し合いの場が整う。
飲み物はそれぞれ減っているものの、まだ誰も食事には手を付けていない――と思ったが、セラはすでに半分ぐらい食べていた。いつのまに。
ジルが口にした言葉に、俺とセラは同時に首を傾げた。あいつらいったい何を口走ったんだ?
「それは違うよジル姉さん。剣姫は確かに、シンに劣らない凄まじい技量を持っていた。エスアールの弓術やノア様の魔法も優れてはいたけど……迅雷の軌跡に勝るレベルではなかったと思うよ」
「弓術ぅ?? あんた――エスアールは弓もできるわけ?」
半目になって、俺の反応を窺いながらジルが言う。『あんたたち』って言い方をしていたから、彼女の疑惑はASRに向いているのかとも思ったが、やはり俺がロックオンされているらしい。
とりあえず明確な回答をする前に、こちらからいくつか質問させてもらうことにした。
「シンたちは何を言ったんだ?」
「あれだけ騒ぎになったのに知らなかったの? あいつら――迅雷の軌跡は優勝者インタビューの時に『いつまでも負けてられないから』みたいなことを言ったのよ。世界最強の座に就いたやつらが言う言葉じゃないわ」
その発言の主は絶対シンだろうな。
悪気がなかったのならばAランクダンジョンソロ特攻ぐらいで許そう。
「そうか。それ以外は?」
「別に。それだけよ」
ふん――と鼻を鳴らして答えるジル。ノアにチラッと視線を向けると、彼女は未だ不満そうな顔を継続しており、俺と目が合うと小さく頷いた。どうやら本当にこれだけらしい。
「あんたはなんで自分の強さを偽ってるの? ASRの男は雑用係って噂だけど、絶対違うでしょ」
でないと私の攻撃をあんなに簡単に避けられるはずがない――と、彼女は続ける。
悔しそうにしているわけでもなく、怒っている雰囲気もない。彼女の中にあるのは単純な『なぜ』という疑問のような気がした。
「そのうち明かす必要はあるけどな。今はあまり目立ちたくないんだ」
セラやフェノンと婚約するために、俺はただの雑用係を卒業しなければならない。
その時は地味にバレるのではなく、俺を好いてくれる人や仲間が胸を張れるよう、SSランクダンジョン踏破とか……どうせなら大きな花火を打ち上げようと思っている。
俺の言葉を聞いたジルは、特に突っかかってくることもなく「ふーん」と鼻を鳴らすだけだった。自分で聞いたくせに、理由に関してはあまり興味がない様子。
「――あたしはね、一番が見たいの。別にあたし自身が一番になりたいわけじゃないわ。だから国際武闘大会が開かれることになって、迅雷の軌跡がバカみたいな強さで圧勝して――あぁ、この人たちが探索者のトップなんだな……って感動してた。世界は広いなって。負けたけど、嬉しかったのよ」
そう言って笑顔になれる彼女の気持ちは、俺には理解しがたいモノだ。
やるからには一番になりたいし、俺は負けて嬉しいなんてことはないと思うから。
「その迅雷の軌跡が、あんなこと言うじゃない? そりゃ気になるわよ。あいつらより強い――本当の一番を探すために、この国に来たの。弟には言ってなかったけど」
「そうか……じゃあひとまず、ジルは俺のことをバラすつもりはない――と思っていいか?」
「言いふらしても良いことないしね。言わないでほしいなら黙ってるわよ」
と、彼女はテーブルに肘をついてパクパクとテーブルの上の料理をつまみ出した。
行儀悪いぞ。あんた一応貴族だろうが。
「でも、せっかく見つけたんだし、口止め料に一戦お願いしようかしら。あれだけ綺麗に避けられたし、勝敗は目に見えているけど、一番がどれだけかけ離れているか気になるもの」
ふふ――と、ジルは楽しそうに笑う。
子供がプロのスポーツ選手と試合をしてみたいって感情に似てる――気がしなくもないけど、それは本人にしかわからないか。
そんな彼女とは対照的に、難しい顔で腕組みをしていたアーノルドが重々しく口を開く。
「エスアールは、その……剣姫よりも強いのか?」
視界にノアが入っているのにも関わらず、彼の目がハートになることはなかった。
おそらく今回の一番の被害者であろう人物に、俺は軽く頭を下げる。
騙されて、無理やり気付かされて、口止めされる――可哀想に。本当にすんません。
「悪かったなアーノルド。セラも迅雷の軌跡も、俺が教えている」
俺の言葉を受けて、姉弟の片方は驚いた表情を、もう片方は納得したような表情を浮かべる。
「やっぱりね。あの動き、只者じゃないと思ったわよ。勝負はどうする? パーティ戦? 個人戦? どっちでもいいけど、本気でやりなさいよ」
まるでピクニックの段取りでも決めるかのように、彼女はウキウキとした様子で話しかけてくる。
俺は彼女の質問に返答できず、苦笑することしかできなかった。
だって、本気って――それはねぇ……難易度が高い気がするぞ。
「ジル=ヴィンゼット――だったか。貴方はエスアールを甘く見過ぎだ」
ダン――と、エールの入ったジョッキでテーブルを叩いてセラが言った。彼女は合間を見て飲み物を追加していたが、泥酔するほどは飲んでいない――と思う。否、思いたい。
「別に、甘く見てなんかないわよ。勝てるとも思ってないし」
「いいや。エスアールは凄いんだぞ。どれぐらい凄いかというと、もの凄く凄いんだ。わかったか?」
「あ、うん……ワカッタ」
何かを察した様子で、ジルはすんなりと引き下がる。
俺が彼女と同じ立場にいたら、同じ反応をしてしまいそうだ。たぶん、この対応で正解。
「でもねぇジル、彼女は酔ってるけど、言っていることは正しいんだよ? 君はまだ、お兄ちゃんのことを甘く見ている」
セラの言葉を引き継ぎ、もう一人の幼女が会話に混じってくる。
そして彼女はそう口にした後、一拍おいて、今度はため息交じりの声で言った。
「お兄ちゃんに本気を出してもらおうなんて、殺してくれと言っているようなものだよ。君は死にたいのかい?」
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