A-16 鈍感は誰だ?
「おつかれさん。一階層は余裕そうだったな」
アーノルドはこの階層に出現するコボルト30匹を全て倒し終えると、インベントリから水の入った瓶を取り出し、どこぞのテレビCMに出演していそうな気持ちのいい飲みっぷりを披露してくれた。
草原タイプであるこのダンジョンは昼夜関係なく日差しが降り注ぎ、運動していなくとも水分摂取をしたくなるぐらいだ。
「んぐ、んぐ、んぐ――ぷふぅ……そうだな。似たような魔物は何度も倒した経験がある」
「だろうな」
レゼルのBランクダンジョンにも種類の違うコボルトが出現するし。
「レゼル王国のBランクダンジョンではどこまで登ったんだ?」
「ふははっ! パーティでならレゼル王国すべてのBランクダンジョンを踏破しているとも! 一人だと四階層までだがな」
ソロだと四階層――ね。なるほど。
レゼル王国にあるいくつかのBランクダンジョンのうち、どのダンジョンかによって多少の誤差はあるだろうが、アーノルド単体の力量は大体把握した。
彼の現在の職業は武闘剣士、レベルは65らしい。
彼が一人でダンジョンを踏破できない一番の理由はスタミナ不足だろうが、技量的にもちょっと物足りない感じだ。彼ぐらいの実力ならば、シンたちを除いたとしてもリンデール王国に数人はいるだろう。セラの兄――レイさんといい勝負かもな。
「二階層も一人でやるのか? 必要ならば加勢するが」
腕組みをして、そわそわした様子でセラがアーノルドに声をかける。
暇だから私も戦わせてくれ――というセラの心の声が聞こえた気がした。
そりゃそうだろう。なにせ俺たちは一時間以上もの間、ただひたすらに彼の戦闘を見ているだけなのだ。しかもそれがさらにあと数時間続くとなると、暇を持て余すことは目に見えている。
「いや、一人でいけるところまで行かせてもらおう――ノア様にいいところを見せなければならないしな! はぁっはっはぁっ!」
しかし自称レゼル王国最強の男は俺たちの気持ちも知らずに、豪快に笑って腕まくりをしてやる気を示している。
ノアの顔が引きつってるのに気づかないのだろうか?
わかりやすく肩を落としているセラが視界に入っていないのだろうか?
俺のため息が聞こえなかったのだろうか?
まったく……鈍感なやつだ。鈍感ゆえに、幸せなのかもしれないけれど。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その後アーノルドは、一階層をクリア後に宣言した通り二階層、三階層の魔物を一人で倒していった。先に進むにつれて表情には疲労が滲み、注意散漫になって怪我をする場面もあったがなんとか完遂。
こちらとしてはせっかくノアが回復職で入場しているのだから、消耗品を使うことなくヒールで治すつもりだったのだが、彼は自前のポーションで治療してしまった。
次からは回復職のノアが治療するから――とアーノルドに伝えると、彼はこの世の終わりのような表情で「先に言ってほしかった」と嘆いていた。
四階層に進む前の休憩中、俺は意気消沈しているアーノルドの機嫌を直すべく話題の変更を試みることに。いや別に俺たちが彼の機嫌をとる必要はないと思うんだが、こちらの職業を伝え忘れていたことに対して若干の罪悪感があってだな……ちょうど聞きたいこともあったし。
「国際武闘大会では剣を扱っているやつ以外で、目立って強いやつはいたか? あ、リンデール以外でな」
地面に胡坐をかいた状態でそう問いかけると、四つん這いになって地面と睨めっこしていたアーノルドは、ヨボヨボとした動きで顔を上げ俺と視線を合わせる。目に力が入っていない。ノアに治療してもらえなかったことがよほど悔しかったらしい。
「……だとしたら、私の姉だろう。言っておくが家族びいきしているわけではないぞ? 彼女もきちんと実力で国際武闘大会への切符を手にしている。私は剣術においてレゼル王国最強だが、武器が無ければ姉さん――ジル=ヴィンゼットが最強だ」
……ほう。武器が無ければ――ということは、格闘タイプか。
「ライカと比べるとどうだ?」
この話題に興味があったのか、セラも会話に参加してきた。ノアはアーノルドを警戒しているのか、俺の斜め後ろから動かないけれど。本当に妹になったみたいな動きだなこいつ。演技の一種か?
「ライカというのはリンデール王国の代表パーティの女性だろう? 個人戦であれば単純な力比べができたのだろうが、あいにく武闘大会はパーティ戦だったからな」
「だが迅雷の軌跡にボコボコにされたのだろう? しかも三対五で」
「ぐ……『剣姫』の言葉はなかなかに辛辣だな。あぁそうだとも、私たちは迅雷の軌跡たちに完膚なきまでにやられたさ。しかしレゼル王国はいわば寄せ集めのパーティだったから、彼らのように示し合わせたような動きができるわけではない。個人での勝負だったなら、優勝はレゼル王国が貰っていたかもしれないぞ」
負け惜しみなのだろうけど、さすがにそりゃ無理だわ。
職業による相性の問題があったとしても、プレイヤーボーナスを多数獲得している迅雷の軌跡相手には他国の探索者では相手にならないだろう。
攻撃職であるライカはもちろん、パーティの中では補助的役割に位置しているスズですら、今ではサイクロプスを単騎で撃破できるほどだし。
「ははっ、そりゃ個人戦を見るのが楽しみだな」
いずれこの世界にもステータスボーナスの存在は知れ渡ることになるだろう。
派生二次職はともかく、三次職に至るために多数の職業に転職すればいずれ誰かが気付くはずだ。
ステータスが同レベルになってしまえば、あとは反射神経、スキルの使い方、経験、才能が勝敗を決することになる。
迅雷の軌跡やASRのメンバーも、俺がいるからといって――知識があるからといってうかうかはしていられなくなるぞ。実に楽しみだ。
この世界の探索者たちが切磋琢磨して覇王職を奪いにくる。そんな未来になればいいなと思う反面、それは叶わぬ願いかもしれないと俺は思ってしまっていた。
どうしても、シンやセラたちが『テンペスト』のトッププレイヤーレベルまで成長するとは思えないのだ。これは才能の差ではない、圧倒的な経験の差だ。
自分より格上の相手に何度も挑み、そして何度も死に、試行錯誤を数百数千数万と繰り返していた彼らに、一度命を落とせばゲームオーバーのこの世界の住人が勝てるとは――そこまで成長するとはとてもじゃないが考えられない。
だから、幾度となく敗北を経験した俺はこの世界で負けることはない――そう確信しているのだ。
さらに覇王という無茶苦茶なアドバンテージが、その思いを後押ししている。
ただ、もし仮に。
テンペストにおけるパーティのランキング戦――五年もの間一位に君臨し続けた『月』の五人と戦うことになれば、いくら覇王というスキル使い放題の職業であったとしても勝敗は五分五分だろうけど。
「はぁ……」
叶わぬ願いに、思わずため息が漏れる。
アイツらとまた戦うことができたら、きっと楽しいだろうなぁ。