12 もう1つの動機
「10日間の護衛、ありがとうございました」
時刻は深夜の0時を回った頃。Dランクダンジョンの周回を終えてから、俺はセラさんに頭を下げた。
剣士、拳闘士、弓士、騎士、僧侶。
この5つの職業レベルを、ちょうどこの10日間で30レベルまで上げることができた。護衛についてもらう前に、Fランクダンジョンで少しだけレベルは上げていたが、我ながらよく頑張ったと思う。
「そもそも、これは私に対しての罰則だ。エスアールは礼を言わなくていい」
セラさんとは、あの日俺が『嫌いだ』発言をしてから、事務的な会話以外していない。もともと会話は少なかったけど、さらに減った感じだ。
「それと、ギルドマスターが呼んでいた。明日か明後日に、ギルドへ来てほしいそうだ」
「わかりました」
なんの用件だろうか? 時間に猶予があることから考えて、緊急の用事ではなさそうだが……ま、行ってみればわかるか。
深夜であるため、周囲はとても静かだ。どちらかが言葉を発していないと、揺れる草木の音や、虫の声が鮮明に聞こえてくる。
月明かりに照らされるセラさんの姿は、さながら美術品のようだ。
彼女は、俺のほうをじっと見ている。
何か言葉を待っているのだろうか。
それとも、何か言いたいのだろうか。
わからない。
「セラさんは、また明日からダンジョンに潜るんですか?」
とりあえず、当たり障りの無さそうな会話を切り出してみた。
すると彼女は、睨むでもなく、無視するでもなく、普通に返答してくれる。
「そうだな……。明日は久しぶりに、友人の見舞いに行こうと思う。それからはまた、ダンジョンに行くだろう」
友人の見舞い。
その相手を、俺は簡単に予想することができた。
伯爵家の娘という立場。
ギルドの受付に向かって叫んだ、『時間がない』という言葉。
そしてセラさんは、Bランクダンジョンへ行かせてくれとも言っていた。
これだけの情報があれば、事情を知っている者なら嫌でも気付くだろう。
彼女の見舞いの相手は、この国の第一王女であるフェノン様だ。
俺が王女様の件を知っていて、そのために動いていることをセラさんが知ったとしたら、彼女はどうするだろうか?
なんとなく、『一緒に行かせてくれ』とか言いそうな気がする。
パーティ戦闘が苦手な俺としては、タダでさえギリギリの勝負になりそうだから勘弁願いたい。彼女を利用していいというならば、話は別だが。
「……そうですか。セラさんはBランクダンジョンの踏破を目指しているようですが、あまり無茶なダンジョン探索は止めたほうが身のためですよ」
「貴様の行動のほうが、よっぽど無謀に見えるがな」
「いやいや、俺はこう見えて慎重な人間です。自分の実力は、きちんと理解しているつもりですよ」
俺の言葉に、セラさんは特に反論することもなく、「そうか」と短く答えた。頭の中では、何か別のことを考えているのかもしれない。
うーん。やはり彼女は危ういな。
このままではBランクダンジョンを踏破するどころか、Cランクダンジョンに単身で突っ込んで、命を落としそうだ。それを見て見ぬふりするというのは、どうやら俺にはできそうにない。
……仕方ない。彼女にとっては蜘蛛の糸ほどに細い希望かもしれないが、1つ提案をしておこう。上手くいけば、俺がBランクダンジョンを踏破できる確率が、少しだけ上がる。
俺は人差し指を立ててから、セラさんに言った。
「俺の言うことを信用する」
彼女は疑問符を頭に浮かべたような表情で首を傾げるが、俺は構わず続けた。
「俺のことを裏切らない」
今度は中指を立てて、ピースの形をつくる。
「いったい、なんのことだ? 先程から何を言っている?」
最後に薬指を立てる。
「絶対に危険な真似はしない」
彼女は困惑した表情で、俺のことを見ていた。
「この3つを守れるというならば、強くなる方法を教えます」
その言葉を聞いた彼女は、何も言葉を返してこなかった。代わりに、喉仏が上下に動く。きっとこの10日間で、彼女は俺の強さを少しは認めてくれたのだろう。
「もし、セラさんにその気があるのなら、明後日の朝8時に、ギルドへ来てください。俺もその日にギルドへ向かうことにしますから」
「……わかった。考えておこう」
そして、また沈黙。
「エスアールは、明日も朝からダンジョンか?」
今度はセラさんの方から声をかけてきた。
「はい。明日からはCランクダンジョンで、上級職のレベル上げをしようと思ってます」
正確には派生二次職だが。
彼女はそれを聞いて、少し目を丸くしてから、呆れたようなため息を吐いた。
「そうか。エスアールなら、案外Cランクダンジョンも踏破できてしまうかもしれないな」
「どうでしょうね」
もちろん、踏破するつもりだけど。余計なことは言わない。また才能が~なんて言われたら、喧嘩が再発しかねないし。今の彼女からは、そんな言葉が出てくるとは思えないけど、一応。
さて。時間も遅いし、会話も尽きたし、そろそろ切り上げるとしようか。
「では、機会が会ったらまた会いましょう」
「あぁ。10日間、世話になったな」
「それは俺のセリフですから」
「――ふふ。それもそうだな」
セラさんは、最後の最後に、ほんの少しだけ笑みを浮かべてくれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝、俺はセラさんに宣言した通り、王都南にあるCランクダンジョンへとやってきていた。ダンジョンのランクが上がる毎に、探索者の数は目に見えて減っている。それだけ彼らにとっては難しいダンジョンということなのだろう。
だと言うのに、俺に向かう視線の数は増えていた。物珍しそうな視線だ。もちろん無視するけど。
今の俺には、二次職の選択肢が5つ。派生二次職の選択肢が2つある。
通常の二次職は剣豪のように、1つの一次職を規定のレベルまで上げることで、転職が可能となる。
では派生二次職とはなにか。
これは、2つの一次職を、規定レベルである30まで上げることで転職できる職業だ。種類は以下の4つ。
剣士と拳闘士で、武闘剣士。
魔法士と僧侶で、賢者。
騎士と僧侶で、結界術士。
弓士と魔法士で、魔弓術士。
派生二次職は、通常の二次職とステータスも変わらなければ、レベル80という上限も変わらない。では、なぜ転職の難易度が、普通の二次職と比べて高いのか。その理由はスキルにある。
二次職、派生二次職、三次職、そして覇王。これらは、連動している職業で覚えたスキルを、そのまま引き継ぐことができるのだ。
二次職の剣豪では、剣士のスキルしか引き継げないが、派生二次職の武闘剣士では、剣士の他に拳闘士のスキルも使用可能である。
「とりあえず、武闘剣士かな」
俺はCランクダンジョンの受付から少し離れた人目のつかない所で、こっそりと派生二次職へと転職した。きちんとスキルの欄には、剣士で覚えた『気配察知』のスキルと、拳闘士で覚えた『見切り』のスキルがある。
見切りのスキルは、目で敵の攻撃を捉えてから、回避を始めるまでのタイムラグを減少させることができる。回避特化型の俺にとっては、まさに鬼に金棒って感じだ。自分で言うことじゃないが。
一次職の5つでプレイヤーボーナスを獲得し、派生二次職となったステータスを、頭の中で思い浮かべる。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰武闘剣士
レベル︰1
STR︰E
VIT︰F
AGI︰E
DEX︰F
INT︰G
MND︰F
スキル︰気配察知 見切り
まだレベル1だが、ステータスからGの項目はほぼ消えているはずだ。そして、プレイヤーボーナスがきちんと機能しているかどうかは、この10日間で既に確認済みである。俺の中でプレイヤーボーナスの存在は、確信へと変わっていた。
これでもまだ、Cランクダンジョンに挑むには心もとないステータスではあるが、そこは俺の培ってきた戦闘経験が補ってくれるだろう。
王女様の命の期限まで、最悪で残り20日。
王女様を救いたい――その気持ちは今も変わらない。
だが、それに加えてもう1つ、今の俺にはBランクダンジョンを目指す動機が増えていた。
怒りっぽくて、睨むと少し怖くて、照れると耳が赤くなる、そんな友達想いの彼女が、どうか悲しむことのないように。
「頑張りますかー」
両手で頬を叩く。
疲れた身体にムチを打って、俺はCランクダンジョンへと向かっていった。