A-15 Bランクダンジョンにて
王都近くのBランクダンジョン。
この場所は能力アップの指輪が手に入るダンジョンに次いで回数をこなしたダンジョンだ。
もちろんゲーム時代の踏破は換算せず、この世界での話だけれども。
エリクサーの手に入るダンジョンに行ってみたい――そう話す他国の貴族様の願いを叶えるべく、俺、ノア、セラの三人はアーノルドと共に馬車でダンジョンまでやってきた。
そして、一階層。
「じゃあ俺たちはあぶれた敵を倒しておくから、好きなように動き回ってくれ」
「ではそうさせてもらおう! ふははっ! 新しいダンジョンは心が躍るなっ!」
ダンジョンに入り、さっそく手近な場所に二足歩行の狼――コボルトを見つけたアーノルドは、腰に下げた鞘から長剣を抜き、待ちきれないといった様子で駆け出していった。
わざわざ他国にまでやってきて迅雷の軌跡との再戦を望むあたり、俺と同様に戦うことが好きなのだろうと予想する。
コボルトは突撃してくるアーノルドに気付くと、牙を剥き出しにして敵意を露わにする。距離がさらに近づいたところで、敵は武器の棍棒をアーノルドの腹部めがけて振るってきた――
「はっはぁ! 遅い遅いっ!」
が、その攻撃は当たらない。
バックステップで棍棒を躱したアーノルドは、『うぉおお』と大きな声を上げながらコボルトに襲い掛かった。その攻撃は棍棒に受け止められたが、コボルトは勢いに押されてよろめいている。
「大丈夫そうだな」
いつでも助けに入れるよう待機していたが、特に加勢は必要なさそうだ。無理な攻撃をしようとはしていないし、しっかりと相手の動きを観察している。視界に入れておく程度でいいだろう。
たった一度の攻防ではまだ断言できないが、ステータスはもちろん、おそらく技術面においてもセラやシンには及ばないだろう。単独でのBランクダンジョン踏破は難しい――というのが俺の感想だ。
「オーガは無理なんじゃないかな」
「四階層のオークでも厳しいかもしれんぞ」
俺の両隣で戦闘を眺めていたノアとセラが、アーノルドの技量に対してそれぞれ評価を下す。
オークと聞くと、やはりあの出来事が思い出される。
「セラみたいに剣を突き刺したりしてな」
「も、もうあんな馬鹿な真似はしないっ! 嫌な記憶なんだから忘れさせてくれ……」
「忘れたらダメだろ。筋肉の塊みたいな相手には刺突はしないってな、いい教訓なんだから」
「むぅ……いじわる」
セラはそう呟いて、拗ねたように視線を斜め下に落とす。
忘れもしない。フェノンを救うためにBランクダンジョンに潜ったときのことだ。
セラがオークに剣を突き刺したが、筋肉で固められてしまい引き抜けなくなってしまった。剣を放棄するという発想が瞬時に浮かばなかったセラは、無防備な状態でオークの攻撃を受け、重傷。ポーションや回復魔法で命に別状は無かったものの、その後は戦闘に参加できなくなってしまった。
いやぁ、あの時はマジで焦った。
先程の言葉は普段の俺からすると多少厳しめだが、もう二度とあんな光景は見たくない。
唇を尖らせているセラに気をつかったのか、ノアが「セラは何の職業で来たの?」と、関係のない質問を投げかける。
急に新しい話題を振られたセラは、一瞬キョトンとしてから「結界術士だ」と答えた。
「アーノルドのお守とはいえ、ノアとエスアールがいるからな。私の出番はないだろうし、せっかくだからレベルを上げておこうと思ったんだが――ダメだったか?」
つい先ほど俺に指摘を受けたからか、彼女は反応を窺うように上目遣いで聞いてくる。
「いや、まったくダメじゃない。ここ最近は俺からあまり口出ししないようにしていたが、きちんと満遍なくレベルを上げるようにしているんだな。偉いぞ」
俺は褒めて伸ばすスタイルです。
「ふ、ふふふっ、私はエスアールの弟子だからなっ! 当然だ!」
わずか一分にも満たない間で、セラはすっかりと上機嫌になった。めっちゃ単純な子だなぁ。
ノアがそうなるように質問したような気もするが、それはどちらでもいいことだ。結果が大事。
「それはそうと、二人は何の職業にしたんだ?」
アーノルドは大丈夫そうだし周囲に敵もいなさそうということで、俺たちは彼との距離が離れすぎないようにしながら話を続けた。
「僕は念のために聖者だよ。怪我をした時にポーションの節約ができるからね」
「元神から『節約』なんて単語が出てくるとはな……あ、俺は霊弓術士だ」
「人間味があっていいじゃないかっ! それに神だって神力の節約をしたりするんだからね!」
「はいはい。創造神さまは偉いでちゅねー。あ、『元』か」
「絶対わざとじゃないかーっ!」
「ふ、二人とも? アーノルドが近くにいるんだから、声を小さくするか内容を選んだほうが……」
ごもっとも。
ノアと共に「「すみませんでした」」と平謝りして、俺たちは話題はそのままに声を小さくすることを選択した。
ちなみにこの偽妹は、一次職のレベルは30、二次職及び派生二次職、そして三次職のレベルが60となっている。ただ、この数値はあくまで新たに世界が創られた時のものであり、いまはそこそこレベルが上がっているはずだ。
地球の創造神であるのじゃロリ――イデア様の決定によるものだが、当の本人は俺たちと同じくレベル上げを楽しんでいる様子。
「もし加勢するとなれば、使うスキルも考えないといけないな」
世間的には三次職へ至ることができているのは、迅雷の軌跡の3人だけということになっている。だから俺たちは、アーノルドに見られている状況では多数の二次職のスキルを使ったりすることができない。
「エスアールはどの職業でも剣一本あれば大丈夫そうだがな。スキルに頼る必要もあるまい」
「むしろ素手でいいんじゃない?」
俺の言葉に対して、片方は誇らしげに、もう片一方はからかうような笑みを浮かべながら返事をする。
「そうだなぁ……武器がないと少し時間が掛かるけど」
俺はライカのように、格闘メインで戦闘することもできる。
ゲームのランキング戦では武器を飛ばされるなんてこともあったから、きちんと訓練をしていた。というかそれぐらいできなければ、ステータスがほぼ同じの五人を相手にしてランキング上位になど、とてもじゃないが上がれない。
「……ふむ」
そういえば、この世界の人はゲームに比べて剣を扱う人の割合が多い気がする。
シン、セラ、ライレスさん――アーノルドもそうだ。
国際武闘大会の中では、魔法や格闘に特化した人もいたのだろうか?
階層をまたぐ休憩時間の時にでも、ちょっとアーノルドに聞いてみようか。