A-14 アーノルド=ヴィンゼット
この世界に住まう人と比べると、圧倒的に精神年齢が高いノア。詳しい年齢は教えてくれないが、たとえ何億年生きていたとしても不思議はない。神様だし。
しかし中身とは裏腹に見た目は小学生高学年ぐらいで、ここ最近は言動も子供っぽくなってきた。
本人には言わないが、見た目は自由に創れるだけあって綺麗に整っており、もし仮に地球の小学校なんかに通っていたとしたらさぞもてはやされたことだろう。
ランドセルを背負ったノアか――案外似合いそうだ。
それはさておき。
俺とセラは目をハートマークにしているアーノルドをなんとか落ち着かせ、部屋の中央付近に置いてあるソファへと座らせた。俺たちはその対面のソファに、セラを中心として腰かける。
ちら――とノアを見てみると、彼女は相変わらず苦い表情を浮かべていた。好みのタイプではないらしい。
「それで、Bランクダンジョンに行きたいと聞いたが?」
それぞれが簡単に自己紹介を済ませたあと、セラが先程までの出来事をなかったことのようにして言う。俺も何も見なかったことにしたい。面倒くさそうだし。
セラに声を掛けられたアーノルドは、視線をノアから外し正面に身体を向ける。目はハートではなくなった。
「その通りだ。本当は迅雷の軌跡と再戦したかったのだが、どうやら時間がないようでな。レゼル王国もリンデール王国のエリクサーにはかなり助けられたから、ぜひとも自分の力で手に入れてみたい。……それにしてもギルドマスターから実力のあるパーティが案内すると聞いていたが――」
まさかASRだとはな――彼はそう言って、嬉しそうな笑みを浮かべる。
国際大会で迅雷の軌跡から聞いたのか、もしくはそれ以前に知っていたのかはわからないが、俺たちのことは知っているらしい。
「エスアールのことも知っている。君は迅雷の軌跡たちから訓練を受けているそうだな」
どうやら俺のことまで知っていたようだ。
顔と名前が一致せずとも、ASRのパーティの中で男は俺一人だけだし、わかりやすいか。
「まぁ、そうですね。仲間の女性陣には敵いませんが、頑張っていますよ」
「なに、相手が悪いだけさ」
そう言って気さくにアーノルドは笑う。
やはり悪い奴ではなさそうだな。貴族という雰囲気もあまり感じず、親しみやすい話し方だ。
そして彼は俺に視線を向けたまま、さらに話を続ける。
「今の私はレゼル王国の貴族としてではなく、探索者としてここにいる。丁寧な言葉も必要ない」
「後で不敬罪とかは無しですよ?」
「はぁっはっはっ! 言わん言わん。生まれてこのかた誰かを処罰したことなどない。それに、私が貴族のように振る舞うと、家督を継がされそうになってしまうからな。面倒事は兄上たちに任せるさ」
貴族ならではの悩みってやつだろうか。
この世界では女性で当主となる人もいるようだし、もしかするとセラも同じような問題を抱えていたことがあるのかも……そう思って隣のセラに視線を向けると、ちょうどあくびをかみ殺しており、とても変な顔になっていた。
見なかったことにしてあげよう。
「そういうことなら……わかった。よろしくなアーノルド」
「うむ。こちらこそよろしく頼むぞ」
そういって、がっちりと握手を交わす――が、そこでピタリとアーノルドの動きが停止した。
握りしめた俺の手を見て、そして俺の顔を見て――そしてまた手を見る。
「凄まじい鍛錬を積んできたようだな。君はパーティのサポート役と聞いていたが……さすがはリンデール王国の二番手パーティの一員だけはある、ということか」
? ……あぁ、マメで判断したのか。ヒールで回復しているとはいえ、何度も潰れたから結構固くなってるもんな、俺の手。
「剣を振ってたらこれぐらい誰でもなるだろ」
「ふっ、そういうことにしておこう」
しておこうもなにも、剣を扱っていればみんなこうなると思うんだが……まぁいいか。俺と他の人に違いがあるとすれば、俺は比較的短期間で潰れて治してを繰り返していたぐらいだけど、わかる人にはそんなことまでわかるのかね。知らんけど。
アーノルドは俺との握手を終えると、今度はノアが座るほうへと身体を向けた。口元は真面目な雰囲気を醸し出しているが、目は瞬時にハートに切り替わっている。
「ノア様のことも、もちろん存じておりました。しかしこのような美しいかただったとは……お会いできて光栄です」
「は、はは……なんで僕だけ敬語なのさ。お兄ちゃんやセラと同じような話し方にしてよ」
自分だけ特別扱いされるのが嫌なのか、引きつった声で笑いながらノアが言う。
愛しの人からそんな風に言われたアーノルドは「お兄ちゃん?」と首を傾げていた。どうやら兄妹設定のことは知らなかったらしい。
「ノアは俺の妹だ」
偽物だけど。
アーノルドは目を丸くして、口を大きく開けた。
「なにぃ!? そうだったのかっ!? そうならばそうと教えてくれよ義兄さん!」
「誰が『義兄さん』だ! 張り倒すぞ!」
「ノア様は、俺が幸せにしてみせます!」
「黙れロリ〇ンっ!」
この言葉が通じるかはわからないが、とりあえず叫ばせてもらった。
――が、セラやアーノルドのキョトンとした表情から推測するに、たぶんわかってないと思う。まぁ別に通じなくてもいいんだけどさ。
そういえばノア自身の口からはっきりとした意見は聞いていなかったが、彼女の気持ちはどうなんだろう? もしノアがその気なら俺も応援を――と思ってセラの背中越しにノアを見てみると、彼女は睨みつけるような鋭い視線をこちらに向けていた。なんか怒ってるっぽい。
なんで俺を睨むんだよ。
心の中でそう問いかけてみると、ノアは鼻をつんと突きあげてそっぽを向いた。
俺の思考のどこかに彼女の気に入らない部分があったのだと思うが、それが何かはさっぱりだ。
このままにしておくのも気持ちが悪いし、アーノルドの一件が落ち着いたら聞いてみようかな。