A-10 ヨシヨシ
(作者的に)シリー可愛い回です
スリ集団のアジトに突撃した俺たちは、かすり傷一つ負うことなく犯罪者たち全ての捕縛に成功した。
俺たち――とはいっても、俺とノアは見張りのようなものだから、セラ、フェノン、シリーの三人が今回の任務の功労者である。
しかし俺たちが依頼されたのはあくまでケンカの仲裁であり、スリの捕縛は別に誰かに頼まれたわけではない。
俺としては特別ボーナスとしてコーヒーとか茶菓子とか貰えたらそれでいいんだが、ASRのメンバーには第一王女様がいるんだよなぁ……探索者パーティでの活動とはいえ、フェノンが活躍したとなると何かしら面倒なことになりそうな気がする。
報酬に関しては詳細がわかり次第、王都のギルドマスターであるレグルスさん経由で伝えられることになっているが、正直考えるだけでも面倒くさい。
もう騎士団の人たちがやったってことでいいんじゃないか? セラたちの言い分も聞く必要があるけれど、たぶん俺と同じような考えだと思う。
閑話休題。
騎士団の人たちに後処理を頼み、少し離れた人通りの少ない場所まで歩くと、俺はさっそく一番の捕縛数を獲得した人物にぷるぷると震えるつむじを向けられていた。
残りの二人はムスッとした表情を、そしてノアはジト目をこちらに向けている。
なぜ俺が責められるような視線を向けられるんだよ。その不満そうな視線は俺じゃなくて、勝者へと向けるべきだと思うんだが。
「ひとまず、みんなケガが無いようで良かった」
全員を見渡してから労いの言葉を発し、俺は一歩勝者に向けて歩み寄った。
あまり人の頭を撫でたことなんてないからなぁ。地球での恋愛経験値が少なすぎて悲しい。
「……こ、こんな感じでいいのか?」
髪をくしゃくしゃにするのもよくないよな――などと考えつつ、俺はシリーの頭にそっと手をのせると、昔近所の犬を撫でた時の感覚を呼び覚ましながら、ゆっくりと頭を撫でた。
すると、
「は、はいっ! 非の打ちどころがなく完璧なヨシヨシです! そもそも私のような一介のメイドがエスアールさんにこのようなご褒美をいただいて良いものかと疑問ではありますが勝者としての権利を放棄するのも失礼にあたると考えた次第でございまして別にヨシヨシしてもらいたくてセラさんやフェノン様の標的を横取りしたとかそういうこともなくあれは本当にたまたまでしたので!」
お、おう……早口過ぎて何を言っているのかわからん。
嫌がっている様子ではなさそうだが、シリーってこんな感じだったっけ?
「両思いであるお二方には申し訳ない気持ちもありますがこれは勝負なので仕方がないと割り切ってもらうしかありません! 私、勝ちましたので! 頑張っていっぱい捕まえましたので! だからこれは当然の権利――いえ、もはや義務と言ってしまってもいいでしょう! そしてエスアールさんには私の頭を撫でる権利があるのです! おめでとうございます!」
かろうじて『義務』とか『撫でる権利』とかいう単語が出てきたのはわかったが、マジで舌の回転速度が恐ろしく速くてわからん。
俺と同じく、セラも苦笑しながらシリーのことを見ていた。
そしてフェノン。
「ここまで取り乱しているシリーを初めて見たわ……ネジが抜けたのかしら」
彼女はとても失礼なことを言っていた。
シリーと一番付き合いが長いであろう彼女は、目を丸くして自身に仕えるメイドの姿を眺めている。
俺もシリーに対して『しっかり者』だとか『芯の通った女性』というわりと堅いイメージを抱いていたから、この変化には正直驚いた。もしかすると、フェノンも彼女に対してそのような印象を持っていたのかもしれない。
なんとなく、シリーにぐっと親近感を抱いた一幕であった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こりゃ近づいて見るのは無理そうだなぁ」
パレードの開始時刻となり、国民の地面を震わせるような大きな歓声が街中に響き渡りはじめた。スタート地点である王城からはまだ少し距離があるものの、これ以上近づくことができなさそうな人口密度である。
「力ずくで行くか?」
「それは無理だな。今の俺たちが突撃したら間違いなく怪我人が出るし」
一般人とどれだけステータス差があると思ってんだ。体当たりするだけで住民たち吹き飛ぶわ。
「では私の変装を解きましょうか。きっと皆さん道を空けてくれると思います」
「ダメだよ! 騒ぎになってパレードどころじゃなくなるわっ!」
確かにゆっくりと見ることはできるかもしれないが、俺たちも周囲からの視線にさらされることになってしまう。それではどちらが見物人なのかわかったものじゃない。
しかし、どうしたものか。
せっかく迅雷の軌跡が久しぶりに帰ってくるということで王都に待機したのだから、祭りだけ楽しんで顔を一度も合わせることのないままレーナスに帰ってしまうというのも少し寂しい。
「いっそのこと王城で帰ってくるのを待っていたらどうだ? フェノンがいるから問題ないだろう?」
なるほど。
それならば確かに迅雷の軌跡たちと話すことはできそうだ。
「だがなぁ、別に王城に用事があるわけじゃないし……それだとシンたちの外面を見れないじゃないか」
いったい今のアイツらが世間に対してどんな振る舞いをしているのか気になる。喜んでいるぐらいならもちろん構わないが、世界大会に優勝してから有頂天になっているようなら、師匠として怠けないためにも少し厳しめの訓練をしなければならないし。
アイツらには俺のライバルとして成長してほしいからな。
「建物の中から見るというのはどうでしょう? 話すのは無理かもしれませんが、人ごみに巻き込まれずにパレードの様子を見ることができますよ」
「そうなんだけどなぁ」
シリーの言う通り、建物の二階や三階から眺めることができればそれに越したことはない。
だが、それを考えるのは当然俺たちだけではないだろう。パレードが通る道の両脇の建物はすでに観衆で埋められていると容易に予想できる。
一般人では入ることができず――俺たちに融通してくれそうな人物が責任者であり、なおかつそこそこ大きな建物が王都にあればいいんだが……。
「……お?」
俺はその条件にピタリとあてはまる建造物に心当たりがあった。思わず立ち止まり、手のひらに拳を落とす。
俺の突然の行動に首を傾げるセラ、フェノン、シリー。そしてノアは「そこが一番いいだろうね」と俺の考えにいち早く同意を示していた。
「探索者ギルドがあるじゃないか! あのハg――レグルスさんならなんとか部屋を空けてくれるだろ」
崩壊前からの付き合いがある王都のギルドマスター。
彼ならば多少の無理は聞いてくれるだろうし、もし難しくても代替案を考えてくれそうだ。
こちらはスリ捕縛に関しての報酬を受け取っていない状態だし、なんとかしてくれるだろ。




