A-4 覇王の暇つぶし
迅雷の軌跡。
シン、スズ、ライカの三人で構成されるこの探索者パーティの名は、今や国の内外問わず、そして探索者であろうとなかろうと周知されるようになった。
彼らはエリクサーを入手し、第一王女であるフェノンの命を救った。
この部分だけを切り取っても、十分に有名になれる要素を含んでいるのだが、俺の背を追っていたあいつらがこんな所で満足するはずもない。
迅雷の軌跡はセラと共にBランクダンジョンを攻略すると、新たな職業を発見したと告知。その結果、彼らは王国から『先駆者』の称号を与えられ、瞬く間にその名を世界に轟かせた。
続いて前人未到であったAランクダンジョンを踏破し――そして更には六か国合同で開催された国際武闘大会で優勝。
他を寄せ付けないその圧倒的な勢いは、まさに迅雷の如し。
シンたちの偉業は周囲を驚かせ、『新たな職業』という希望は世界を照らした。彼らが辿った軌跡は、そのまま伝説となるのだろう。
探索者たちはそんな彼らを『生ける伝説』と表現していたりするが、きっと本人たちはまだまだ物足りないと思っているだろうな。
閑話休題。
彼らは王都へと辿り着くと、俺たちと接触する間もなく王城へと連れていかれ、そのまま式典の準備に入った。
民衆が落ち着くまで時間が掛かるだろうし、もし街中に出てきたとしても、アイドルよろしく人に囲まれて話をするどころではないだろう。
「有名人は大変だなぁ」
――などと完全に他人事モードでぼやいていると、脳天をかち割るどころか、体ごと真っ二つにする勢いで斧が振り下ろされた。
「おっと、集中集中」
左足を軸に身体を回転させ、Bランクダンジョンのボス――サイクロプスの攻撃をいつものように躱す。
こいつには以前痛い目に遭わされたからな。もう二度とあんな苦痛は味わいたくない。あの時は腕もバキバキに折られたし。
「今となっては弱い者イジメだよね」
「人聞きの悪いことを言うなよノア。俺だって油断すれば危ないんだから」
「お兄ちゃんなら油断しても無意識に戦ってそうだけどねぇ」
「そんなことない――と思う」
断言はできなかった。俺は戦闘中であろうと考えごとをしている時があるしな……確かにあれは無意識で戦っていると言っていいかもしれない。
現在、俺はノアと二人でいつものエリクサーが入手できるBランクダンジョンへとやってきている。
エリクサー欲しさに潜っているわけでも、レベル上げをしているわけでもない。単なる暇つぶしだ。
今頃フェノン辺りが、シンたちに向けて一言二言お祝いの言葉を述べているころだろうか。
一度は断っていた式典への参加も、俺の説得の甲斐あって二人は出席してくれることになったし、後々陛下やベルノート伯爵からお小言を言われることもないと思っていいだろう。
代わりに二人――いや三人から交換条件なんてのも取り付けられたが、正直俺にとっては褒美のようなモノだ。
「お兄ちゃんが暮らしていた日本だと、誰かに包丁で刺される流れじゃない?」
「物騒なこと言うなって……」
横薙ぎに振るわれた斧を屈んで躱しつつ、ため息を吐く。
あり得ないと思いたいが、その可能性がゼロとは言い切れないので少し怖い。
フェノンが式典に参加するとなると、お付きのメイドであるシリーも当然王城へと出向くことになる。そしてセラも式典に出席するから、残されるのは俺とノアの二人だ。
街は人が多いし、俺たちはダンジョンにでも潜ってるよ――と三人に伝えると、わかりやすく全員の表情が変わったのだ。怒っている――というよりも、拗ねているような表情に。
「ノアだけずるいぞ」
「私もエスアールさんと二人でダンジョン行きたいです」
セラとフェノンは口に出して不満を言い、シリーは唇を尖らせていた。
結婚する予定の二人はわかるが、なぜかシリーまで不満顔を浮かべていたのだ。彼女は俺に好意を抱いているなんてことはないだろうし、単にダンジョンに潜りたかったのだろうと推測している。
まぁ、それが交換条件と繋がっているわけで、俺はそれぞれとダンジョンデートすることになったのだった。
おしゃれなレストランとかじゃなくて、ダンジョンの中というのがなんとも俺らしいというかなんというか……彼女たちはこれでいいのだろうか。
「ダンジョンの中は二人っきりになれるからね。それに、戦っている時のお兄ちゃんはすごくカッコイイよ」
少し離れたところで俺の戦闘を観戦しているノアが、俺に視線を送りながらそんなことを言う。
ストレートに『カッコイイ』なんて言われたのが照れくさくて、「そいつはどうも」と短く返答した。
そして――、
「そろそろ終わらせるかぁ」
ぽつりと自分にしか聞こえないような声で呟いてから、インベントリから白蓮を取りだしつつ、俺はバックステップで敵から大きく距離をとった。
そして何も持っていない左手を人差し指を立てた拳銃の形にして、指先を空に向ける。白蓮を持つ右手は、弓を引き絞るように下におろした。
「いけ」
俺の意思に従い、明るいグリーンの光が上に向かって無数に放たれる。そして、流星が降り注ぐようにサイクロプスへと向かって渦を巻きながら落下していった。
これは魔王と並ぶ三次職の一つ、霊弓術士のスキル『束縛の矢』だ。ただ単に拘束するだけではなく、この束縛の矢を受けた敵はイバラにでも巻き付かれたように継続的にダメージを受けることになる。
INT依存のスキルなので、今の俺が発動させると中々に重たいダメージとなるだろう。
俺は天に掲げた左手を下ろすと、そのままもがくサイクロプスへと手のひらを向けた。
数秒後、ドンッ――という鈍い音を立てながら、敵は何かに押しつぶされたかのように四つん這いの姿勢となる。手に持っていた斧は勢いよく地面に突き刺さった。
これはおなじみ魔王のスキル――重力魔法。
ベノムのようにノータイムノーモーションとはいかないが、使い勝手の良いスキルであることは間違いない。
束縛の矢と重力魔法によって動きを完全に封じられたサイクロプス。Bランクダンジョンのボス程度では、そう簡単に抜けられまい。
俺は仕上げに敵から十メートル近く離れた場所で、素振りでもするかのように白蓮をスッと斜めに振り下ろした。
首筋を狙った俺の斬撃は、まるで俺が敵の目の前に立っているかのように、距離を無視してサイクロプスに致命傷を与えた。
その急所を狙った一撃で、サイクロプスは苦しむ素振りも見せず、呆気なく粒子となって消えていく。
物理職の最高峰――剣聖のスキルである『壊理剣』。
無条件に切った事実を植え付けるなんて理不尽なモノではなく、ただ距離が詰まるだけのスキルである。だが、それでも間違いなくテンペストの中では最強のスキルだ。
遠距離にいながらも接近戦と同様にダメージを与えられるのだから、相手に剣聖がいた場合は常に注意を払っておかなければならない。接近戦主体の俺にとっては非常に面倒な相手だった。
「楽しそうだね」
サイクロプスの最期を見届けていると、後ろからノアが声をかけてきた。振り向くと、彼女は笑みを浮かべて楽しそうにこちらを見ている。
「まぁな。こんな戦い方、ゲームではできなかったし」
なにせダンジョン内では転職ができない。
ソロで潜っていた俺は、魔王ならば魔王だけ、剣聖ならば剣聖だけのスキルしか敵に浴びせることができなかった。
しかし、今は違う。
覇王の職業を得た、今の俺は違う。
「全職業のスキルが使えるとか、無敵すぎだろ」
魔王の『魔を司る者』のような、三次職レベル100のスキルを全て取得したら、いったいどうなってしまうのやら。
楽しみにしててくださいね……(意味深)