A-3 変化した探索者たち
ダンジョンの規定に関する会議を終えた俺たちは、レグルスさんから5人分のお茶菓子を頂戴して個室を出た。
そして探索者ギルドのホールまで出てくると、セラたちが酒場のテーブルで話しているのを見つけた。
周囲のむさくるしい探索者たちは彼女たちに声を掛けることもできず、ただチラチラと視線を送るのみ。
お前たち命がけの職業に就いてるんじゃないのかよ。なんだそのウブな態度は。
まぁ、その様子を第三者が傍から見ても、彼らをからかったりはしないだろう。そうなってしまうのも仕方がない――と思うはずだ。
なにせ相手は武で名を轟かせた伯爵令嬢と、この国の王女様だ。たとえ彼女たちが探索者としてこの場にいるとしても、容易に近づくことはできないだろう。
シリーがかろうじて話しかけやすそうだが、彼女は彼女で声を掛けるのを躊躇わせるほどの美人さんだし。
もしそんな彼女たちと共に行動している男がいたとしたら、妬みの対象になることは明白だ。はい、俺ですとも。
だがしかし、俺へと突き刺さる彼らの嫉妬の視線は、崩壊前の世界と比べて格段に減っている。
フレンドリー……と言っていいのかはわからないが、ともかく声を掛けられやすくなった。俺が『勇者』の称号持ちじゃなくなったことも少なからず関係しているだろう。
「おうエスアール! あまり王女様たちを待たせるんじゃねぇぞ!」
フェノンたちのいるテーブルに向かっている途中、酒を浴びるように飲んでいた探索者の一人が声を掛けてきた。周りの酔っぱらいも「そうだそうだ!」と同調している。
お前ら、俺がレグルスさんと話をする前からいたよな? 何時間呑んでるんだよ。
「ノアの付き添いだから仕方ないだろ」
探索者に対してそう答えると、俺は斜め後ろを歩いていたノアの頭をポンポンと叩く。
どうやらこの名も知らぬ探索者の視界にはノアがちょうど映っていなかったようで、彼は驚いたように目を丸くした。
「おぉ……これはノア様。こんなにも近くでその可憐な姿を拝めることができるとは……俺は幸せ者だ。それにしても相変わらずお美しい……これで残りの人生頑張れそうです」
「そ、そう? 良かったね」
さすがの元創造神様も唐突に現れたロリコンに怖気づいたようで、俺の身体を盾にしながら返事をしていた。
「おい。ノア様が……、セラ様フェノン様シリー様が危険な目に遭いそうになったら、お前が肉壁となって守るんだぞ! わかったな!?」
「はいはい、わかってるよ。わかってるから肉壁とか言うな。これでもちゃんと訓練はしてるんだから」
「む……そういえばお前は迅雷の軌跡の方々から技術を学んでいるんだったな。まったく、何から何まで羨ましいやつだぜ」
「ま、そういうことだ。酒はほどほどにしとけよ」
ヒラヒラと手を振りながらそう言うと、相手も同じように手を振り返してくる。そして――、
「じゃあね探索者君」
俺の後に続いてノアがそう口にすると、男は電気でも走ったかのように背筋をビシッと伸ばし、目にも止まらぬスピードで敬礼の姿勢をとった。周りで見ていた探索者たちも同様の動きを見せる。軍隊かよ。
なんとなくわかってたけど、俺と態度が違いすぎじゃないか? お前ら。
ノアと共に苦笑いを浮かべつつ、セラたちが座っているテーブルへと向かう。するとセラが少し不満げな表情で声を掛けてきた。
「またちょっかいを掛けられていたのか?」
彼女はそう言うと、少しきつめの視線を探索者たちがいる方向へと向ける。セラの視線の先を見なくとも、探索者たちが蛇に睨まれたカエル状態になっていることがわかる。
「まぁそんなとこ。でも別に嫌な絡まれかたをしたわけじゃないし、男の会話なんてあんなもんだよ」
「そうか、ならいいんだが」
「おう、心配ありがとな」
俺の答えを聞くと、セラの表情はいつもの明るいモノに戻った。というか普段よりもニコニコしているように見える。感謝の言葉が嬉しかったのだろうか。
それはいいとして。
「セラたちの用事は終わったのか?」
「はい! みんな実家に顔を出して、それぞれ近況報告をして参りました」
俺の問いかけに、フェノンは笑みを浮かべて答える。
本当は彼女たちも「会議に参加する」と言っていたのだが、暇をさせてしまうだろうし、せっかく王都に来たのだから家族に顔を出したほうがいいだろう――ということで、俺たちとは別行動をとっていたのだ。
「そっか。じゃあ王都でやることは終わった――と言いたいところなんだが、レグルスさんからの情報で、どうやらもうすぐシンたちがこっちに戻ってくるらしい」
「ほう……それはまた、賑やかになるな」
彼女が『賑やか』と言ったのは、別に俺たちの周囲が騒がしくなる――ということではない。国中が賑やかになるという意味だ。
「そうなんだよなぁ……軽く話を聞きたかったけど、やっぱり無理か?」
「そうですね。国際武闘大会での優勝はとても栄誉のあることですし、王城では式典の準備も進んでいるようです。おそらくパレードもするでしょうから、しばらくは難しいかもしれませんね」
困ったように眉をハの字にしてシリーが言う。
迅雷の軌跡が優勝したという情報がリンデール王国に届いてから、国内はずっとお祭りムードだからな。当の本人たちが帰ってきたら間違いなく騒ぎになるだろう。
「フェノンやセラは式典に参加しなくていいのかい?」
ふと思いついたようにノアが問う。
確かに。
式典というからには、迅雷の軌跡と同じく称号を与えられたセラや、国の第一王女であるフェノンは参加したほうがいいような気もする。彼女たちは誘われていないのだろうか?
「断りました」「断ったぞ」
当然のように答える二人を見て、思わずズッコケそうになった。自由ですねあんたたち。
「お父様やディーノがぐちぐちと言っていましたが、無視してきました! みんなでダンジョンに行きたいですし!」
「私も似たような感じだな。父と兄には『興味ない』と伝えてきた。小言を言われたが、まぁ問題ないだろう」
「いや問題だろそれ」
俺の婚約者たち、気が強くない? もしかして将来、尻に敷かれちゃったりするのだろうか?
シリーは「やはりここは出席したほうが……」と呟いているが、残念ながらそのか細い声は二人の耳に届いていない。
「大丈夫か……これ」
誰もいない世界で孤独に戦ってきたからか、彼女たちは俺と極力一緒にいてくれようとする。気持ちは嬉しいが、それで何かを犠牲にするなんてのは良くないだろ。
もしこのことが原因で、彼女たちが家族と不仲にでもなったりしたら目も当てられないぞ。
とりあえず彼女たちの意見を聞きつつ、式典に参加するよう促してみることにしようか。
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