10 セラ=ベルノート
セラ視点のお話です。
ダイジェストっぽい感じなので、その点ご了承くださいm(*_ _)m
「私をパーティに入れてくれっ! 頼むっ!」
Bランクダンジョンから出てきたパーティ――『迅雷の軌跡』に私は頭を下げた。疲れているところ申し訳ないが、こちらも相手の都合に構っている余裕がないのだ。
父上が見たら、「軽々しく頭を下げるな」と怒られそうだが、そうも言ってられない。
友人の命がかかっているのだ。
頭を下げるだけで友人の助かる確率が上がるのであれば、いくらでも頭を垂れよう。額を地面に擦り付けても構わない。
パーティのリーダーであるシンは、私の顔見知りでもあった。彼は、騎士団に所属している私の兄と親しく、その関係でたまに話す間柄である。
シンの仲間である女性二人は、判断を仰ぐようにシンの顔を窺っている。そのシンはというと、周囲をキョロキョロ見渡したかと思うと、ため息を吐いた。
「ダメだ。どうせ、王女様を助けたいからなんだろ?」
「――っ!? 知っていたのかっ!?」
「声が大きいぞ。……一応、俺たちが一番Bランクダンジョンの踏破に近い所にいるからな。当然声もかかるさ」
「私は剣豪のレベル60だっ! 私をパーティに加えれば、踏破できる確率が上がるだろうっ!?」
私の言葉を受けたシンは、面倒くさそうに頭を掻く。
「そういう姿勢がダメだっつってんだよ。お前さんは間違いなく危険を無視して突っ走る。それで迷惑を被るのは俺やこの二人だぞ」
そう言いながら、彼は両隣にいる仲間の肩に手を置く。
「俺たちも努力はしてるがな、1ヶ月以内ってのはさすがに無理がある。4階層ならなんとかなるかもしれないが」
それじゃ意味がない。いったい4階層突破になんの価値があるというんだ。
「もういい……ならばせめて、Cランクダンジョンの踏破に手を貸してくれ。後は自分でなんとかする」
もうこいつらの戦力は当てにしない。自分一人でなんとかしてやる。
「それもダメだ。なんで俺たちがお前さんの自殺を手助けしなきゃならないんだよ」
「自殺なぞするつもりはないっ! 私は友人を助けるために――「それがだよ」」
私が言い終えるより先に、シンが言葉を被せてきた。
「単独でBランクダンジョンに挑むつもりなんだろ? そういうのを自殺っつーんだよ」
諭すような口調でシンが言う。
こっちが必死なだけに、シンのその態度は、私をバカにしているようにも思えた。
「貴様を頼った私が馬鹿だった」
そう言い残し、踵を返す。
今日はもう遅い。明日ギルドに直接行って、交渉してみよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドへの交渉も、失敗に終わった。
交渉と呼べるような話し合いではなく、半ば脅しのような感じだったが。
それどころか、10日間の謹慎を言い渡される始末だ。ダンジョン探索を禁止するというのは、おそらくシンの入れ知恵だろう。全くもって腹が立つ。
そんなイライラしている時に言い渡されたのが、とある青年の護衛をしろという話だ。
私は一刻も早く強くならねばならないというのに、護衛などしていたら自主鍛錬もできない。私の苛立ちは加速するばかりだった。
そして、顔合わせ。
なんと彼――エスアールは、この世界の住人ではないらしい。確かに、そんな貴重な人材ならば護衛が必要だろう。あまりにも突拍子もない紹介だったために、私は少しだけ冷静になることができた。
身につけている物が庶民的な物だったため、彼の口から王族の話が出てきた時は驚愕したが、召喚されたのなら、関わりがあるのも当然だろう。この部屋に来る前に、誓約書を書かされたのも頷ける。
真っ黒でしなやかな髪は、目に少しかかる程度。
パッチリとした二重で、どこかのんびりしたような表情をしている。全体的にバランスが良いというか――まるで作られた物のように整っていた。シンと同じく、おそらく女性に持て囃されるのだろう。
この後、私はこの青年と模擬戦をすることになっている。
ギルドマスターからレベルは10に満たないと聞いていたが、話を聞くと、どうやらレベル5らしい。しかも下級職だ。
それで良く私に挑もうと思ったものだ。無知というのは恐ろしい。
この青年のためにも、自身の無力さを教えてやるとするか。
そんな軽い気持ちで考えていた。が、彼の言葉で考えを改める。
「怖気付くはずないじゃないですか。だって、セラさんめちゃくちゃ弱そうですし、Cランクダンジョンですらクリアしていないんでしょう? 簡単に勝ってしまいそうです」
Cランクダンジョンですら――だと?
ぽっと出のお前に何が分かるっ!
ここまでくるのに、私がどれほどの努力をしてきたと思っているっ!
まるで私の今までの努力を嘲笑うような言動に、私の頭は沸騰した。
しかも彼は、私が攻撃を当てれば勝ちでいいなどと言い始める始末。
完全に舐められている。そして、バカにされている。私の中の苛立ちは完全に再燃――いや、むしろ増していた。
「お前が良いと言うならその内容で勝負しようじゃないか。安心しろ、一撃で殺してやる」
怒りに身体を震わせながら、私は彼に言う。
だが彼は私の言葉に動じることもなく、それどころか笑みを浮かべていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
模擬戦が開始され、剣を数度躱されたところで気付く。
この男――なかなか強い。
彼の視線は私の剣を見ているようで、実のところあまり見ていなかった。どちらかと言うと、手や足、それから私の目を重点的に見ている節がある。
少しフェイントを入れれば、それまでだろう。
そんな安易な考えも直ぐに崩れた。一切あたらない。かすりもしない。
彼は必要最低限の動きだけで、私の剣戟を容易く躱していく。まるでダンスでも踊っているような感じだ。しかし動きに反して、彼の表情はとてもつまらなさそうに見えた。
そして制限時間が迫ってくる。
苛立ち――焦り――不甲斐なさ――色々な感情が合わさり、私は咄嗟にエスアールの目に向けて突きを放ってしまった。
この攻撃は反則――模擬戦でやっていいような攻撃ではない。相手の目を潰し、運が悪ければ死ぬことにもなる。
『死ね』や『殺す』と口にしてはいるが、実際にそうなってほしいとは思っていなかった。もちろん、人の目を潰していいとも思っていない。だが、怒りに身を任せている今、攻撃を止めることはできなかった。
彼の眼球に剣の切先が迫る。だというのに、何故かエスアールはこちらへと足を踏み出していた。
その時彼は、先程までのつまらなさそうな顔をしておらず、口の端を吊り上げ、楽しそうに笑っていた。
その後の記憶は曖昧だ。
私はいつの間にか気を失っており、そしていつの間にかギルドの治療室にいた。
ギルドマスターが言うには、彼は私の攻撃を躱して、顎に一撃入れたらしい。脳を揺さぶられた私は、呆気なく倒れたそうだ。
納得いかない――きっとまぐれか何かだ。
彼の強さを認めるということは、すなわち私の努力が無駄だったと認めることと一緒なのだ。簡単に認められるはずがない。
その後、結局彼の護衛に付くことになった私は、共にEランクダンジョンへ向かうこととなった。といっても、私に許されているのは外で待つことだけだ。
この時間があれば、少しはダンジョンでレベルを上げることができたというのに、やることと言えば素振りぐらいしかない。
どうせすぐに痛い目を見て、私を頼ってくることだろう。
通信の魔道具を気にかけながら、私は黙々と素振りを始めた。
エスアールは、宣言通り2時間ほどでダンジョンから出てきた。
Eランクダンジョンを踏破した――彼は目立った外傷も無く、そして誇ることも無く、その事実を報告してきた。
そして信じられないことに、エスアールはこの後Dランクダンジョンへと向かうと言い出したのだ。
ムカつく相手とはいえ、さすがに引き止めた。無謀だ、と。
しかし、すでにDランクダンジョンを踏破している私に、彼は勝利している。認めたくはないが。
エスアールは私の説得をヘラヘラと受け流し、結局、装備もろくに整えることのないままDランクダンジョンへと入っていった。
彼がダンジョンの中にいる間は、素振りをする気にもなれず、ただずっと通信の魔道具が鳴るのを待っていた。
そして3時間後。ダンジョンから出てきた彼は、当然のように踏破の報告をしてくる。
もはや怒りを忘れ、驚くこともできず、呆れてしまった。いったいなんなんだこの男は――と。
そして、多少疲れの見える表情で、彼は驚きの言葉を口にしたのだ。
「まだ5時前か……お待たせしてすみませんが、あと2周してきますね。あまり時間を無駄にできないので」
口を開けてマヌケな表情になってしまった私を気に留めることなく、彼は散歩にでもいくような気軽さで、再びDランクダンジョンへと入っていったのだった。