102 返してもらうぞ
「じゃあ創るよ」
「おう。ちゃちゃっとやってくれ」
俺が肯定の返事をしたことを確認したノアは、住居を作成した時と同様の手順で、一息に天まで続く螺旋階段を作り上げた。
流れこそ一緒だが、いかんせん規模が桁違いである。直径10メートル以上の光の柱が空に昇っていく光景は、あまり風情を理解できない俺の目で見ても、神秘的に見える。
出来上がった物は、本当にただの階段だった。石造りで、渦を巻きながら延々と空に向かって続いている。これからラスボスに挑むって言うんだから、もうちょっとオシャレな階段を用意してくれたら雰囲気があったのにな。
「そんなことにエネルギーを割いて、戦闘の途中で力が足りなくなったら困るじゃないか」
こいつまた人の心を勝手に……。
「別に思うだけなら自由だろ」
ノアの返事を待つことなく、俺は厚み20センチほどしかない階段に足を掛けた。軽く踏みしめてみるが、壊れるような雰囲気はない。どうやら見た目以上にしっかり創られているらしい。
だが横幅は3メートルぐらいしかないし、もちろん手すりなんて便利な物もない。意識して中心を歩くようにしておかないと、うっかり高い位置から落ちでもしたらベノムに挑むまでもなくご臨終だ。それはさすがに笑えない。
「僕がいるから大丈夫だよ。試しに一度上のほうから落ちてみるかい?」
「絶対嫌だ」
「冗談だよ」
ノアは口に手を当てながら、クスクスと笑う。
ベノムによって身体が破壊されていなければ――そして自分の存在が危機に晒されていない状況ならば、彼女の笑った顔はもっと綺麗なんだろうな――、
などと、ほんの一瞬でも考えてしまった自分を殴り飛ばしたい。
「楽しみにしててね」
何度も思ったが、心を読むのは反則だろ。
俺には言い返す言葉も気力も用意できなくて、ただ俯いて小さくため息を吐くことしかできなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベノムとの戦闘に向けてレベル上げをしていた期間。その時俺は、300時間近くぶっ通しでSランクダンジョンのボスたちと戦い続けていたこともあった。
だからノアから『階段で24時間』と聞いた時に、ベノムのいる位置が高いとは思ったものの、その場所に到達するまでの時間をそんなに長いとは思わなかったのだ。簡単に言えば、時間の感覚が狂ってしまっていた。
だが、それはあくまで自分が好きなことをしていたからであって、階段をひたすら登り続けるというのは完全なる苦行だ。ここが俺の地獄だったか。
「ノア、俺はもうダメかもしれん。暇すぎて死にそうだ」
「まだ2時間も経ってないんだけど……もう一回しりとりする? じゃあ僕から――りんご!」
「ごはん」
「えっと『ん』かぁ――って、それはダメだよね!? 君、遊ぶ気まったくないよね!?」
「お前、世界の破滅が掛かってる勝負の前にしりとりをするとか正気かよ。あとノリツッコミにキレがない」
「君が最初に言い出した遊びなんだけどなぁ!? そしてダメだしは止めてくれるかなぁ!?」
俺の横でプカプカと浮かびながら、頬を膨らませるノア。
その不満そうな顔を見て満足した俺は、足を前に進めながら「それにしても」と話題を変える。
「ベノムを倒した後の世界――どうするか迷うんだよなぁ」
「またそれかい? どれだけ悩んでもいいけど、戦闘中に考えないようにしてよ」
「それは問題ない。どうせ戦いに夢中になるから」
そう返答して、俺はまた頭の中でああでもないこうでもないと考えながら階段を登る。
現在俺が悩んでいるのは、ベノムを倒してノアが世界を再び創る時、どの時期の世界を再生するのか――という問題だった。
当初は『俺が召喚されたタイミングか?』とか『それよりもっと前か?』などと考えていたのだが、どうやら俺に選択権があるらしい。これが非常に難しい。
「俺が召喚されたあの時とまったく同じ状況ってのもな……フェノンが苦しむのは可哀想だし」
かといって、そんな状況でもないと俺とフェノンが関わるのは難しそうだ。迅雷の軌跡とセラはなんとかなりそうだけども、相手が王族ともなると顔を合わせるだけでも難易度は非常に高い。
「人間ってさ、他人に物事を決められると『こうしたほうが良かった』とか『ふざけるな』とか言い出すのに、いざ自分に選択権が与えられると決められない人が多いよね」
「うるせぇ、色々考えてんだよ。お前は一人でしりとりでもしとけ」
「僕の扱いがだんだん酷くなってないかい!? 創造神だよ僕!?」
驚いたような表情で抗議するノアを無視して、俺はベノムとの戦闘のこと、そして再生される世界のことを考えた。
ノアとも適度に話をしながら暇を潰しつつ、俺はベノムのいる場所を目指した。
そして、結局世界の今後を決められないまま――、
「着いた……か。覇王城じゃないんだな」
遠目に見てすでにわかっていたことだが、俺はノアに同意を求めるようにそう口にした。
「あれはゲーム仕様だよ。あんなゴテゴテした建物を創っても、僕の力が無駄になるだけだからね」
「そりゃそうか」
直径100メートル以上はありそうな、円形の地面。そういえば昔やっていた某有名ゲームも、ラスボスと戦う時はこんなステージだったな。
俺が階段からその場所へと足を乗せると、すぐに階段は跡形もなく消え去った。その光景を視界には映していたものの、俺の関心は別のところにあった。ノアも俺と同様、視線は真っ直ぐ前方に固定されている。
薄い水色の結晶。大きなひし形のソレは、ノアによるベノムの封印らしい。半透明の封印の向こう側には、俺が何度も負け続け、そして最後には勝利を収めた宿敵――ベノムの姿がある。
ベノム自身の体長は5メートル――直径5メートルだ。なにせ、こいつの体は球体である。
血肉を寄せ集めて作ったような丸い球体は、数十メートル離れているこの場所からでも、ハッキリと身体全体で脈打っているのがわかる。
身体の中心には、横に一本の線が入っている。きちんとテンペストがこの破壊神ベノムを忠実に再現できているというならば、あの線は上下半分にパカッと割れるわけじゃなくて――上下に開閉する物だ。それもそのはず、なにせあれはベノムの瞼なのだから。
ハッキリ言ってかなりグロテスクな見た目をしている。
テンペストで一部のプレイヤーから『肉団子』とか呼ばれていたことに、俺は密かに『確かに!』という感想を抱いていた。俺はソロプレイヤーだったから、あまりその人たちと関わることはなかったけど。
「懐かしいかい?」
ぼんやりと封印に包まれているベノムを眺めていると、ノアがそんな風に問いかけてくる。顔がやや強ばっているように見えるのは、きっとこいつもそれなりに緊張しているからだろう。
「まぁな……テンペストで一番多く戦ったのは、間違いなくこいつだし」
初めてこいつと戦った時は、手も足も出ずに負けていた。というか、数ヶ月ぐらいはまともに攻撃を当てることすらできなかった記憶がある。
それでも、俺は勝った。
何百何千という敗北の後に、しっかりと勝利をもぎ取った。
覇王ベノムから、頂点の座を奪い取ったのだ。
しかし、それはあくまでテンペストのゲームの中でのこと。
今現在、この世界の主導権を握っているのは俺でもなく、創造神のノアでもない――この破壊神ベノムだ。
こいつが頂点に君臨しているというのならば、その座を奪ってやろう。
相手が神だろうがなんだろうが、ここがテンペストのゲームと同様の仕組みで創られているというならば――その頂点はお前のモノじゃない。
負けは許されない戦いだ。
俺が負けてしまえば、ノアも世界もセラたちも、誰も救われないのだから。むしろ俺だけ元の世界でのうのうと生き返るという――最高に後味の悪い結末を迎えることになってしまう。
寿命が縮んでいようが、関係ない。
もしそうなったとしたら、俺は自ら命を断つことになるだろう。
だが、そんな未来にはさせない。
そもそも世界の崩壊に関係なく、『敗北』は他の誰でもなく俺自身が許さない。
「返してもらうぞ」
俺の仲間たちを。
世界を。
――そして『頂点』を。