100 白蓮
俺がテンペストというゲームで、もはや敵無しといった状態になり得たのは主に三つの理由がある。
まず第一に、俺がニートだったこと。
一つ目からして気の抜けそうな理由だが、事実なので仕方がない。
飯を食う、そして寝る。それ以外の時間は全てゲームに充ててしまっても、誰にも文句は言われない環境というのは、レベルを上げるうえでも技術を磨くうえでも重要すぎる要素だった。
トッププレイヤーの中には社会人もいたようだが、おそらくかなり睡眠時間を削ってプレイしていたと思う。仲間に寄生してレベル上げをしたとしても、かなりの時間を要することは間違いないからな。
二つ目は、俺の『目』だ。
テンペストの世界でのみ格段に良くなっていた俺のこの目――どうやら起源の眼という大層な名前があるらしい。生まれ持った俺の才能なんかじゃなくて、ノアが俺に与えた力だと教えてもらった。なんかムカつく。
簡単に認めたくはなかったが、クソガキが説明した目の能力はどれも納得のいくものばかりだったし、内容によっては俺の知らないものまであったのだから認めざるを得ない。
見切りのスキルを使っているとき、俺はほんの僅かに未来を見ている――なんて言われなきゃ気付けないだろ。
そして最後の要素。
これは魔王という職業――取得スキル――そして武器――これらが全て俺の戦闘スタイルにピタリと当てはまったからだった。
魔王がレベル100で覚えるスキルはパッシブスキル――つまり常時発動型のスキルである。
魔王のレベルを100に到達させた時、どでかい雷でも落とせるようになるのだろうかとワクワクしていたのに、パッシブスキルだったからひどくガッカリした記憶がある。
攻略サイトとか見れば事前に知ることはできたんだろうけど、行き詰ってもない状態でそういうサイトを見るのは嫌だった。
スキルの名は――『魔を司る者』。
その効果は全魔法スキルの効果が2割増しとなり、使用魔力量が半減するという破格のモノだ。
初めてスキルの説明を見た時は『なんだか地味だな』と思っていたが、もちろん三次職のレベルカンストと同時に得られるスキルが地味なわけがない。
魔力回復薬なんてものが無く、時間経過でしか魔力が回復しないテンペストではとても有用なスキルである。
そして何より、INTがSSSの状態で賢者のスキル『身体強化』を発動すると、魔力の消費量よりも時間経過の回復量が多くなるのだ。しかも効果は120%になっているのだから、はっきりいってめっちゃくちゃ強い。
まぁ、魔王に関係ないところのプレイヤーボーナスをきちんと獲得していることが前提だけどな。
そして――そのただでさえ強い魔王の力を底上げしてくれるのが、俺が当時愛用していた武器――『白蓮』である。
「おぉ! これだよこれっ! めちゃくちゃ懐かしいなっ! ありがとうノア!」
久方ぶりに手にした真珠のような輝きを持つ小太刀。
思わずクソガキにお礼を言ってしまうぐらい、俺は嬉しかった。その場で軽く振ってみたり、何度も握り心地を確認する。
うん、いい。とてもいい。
「その武器は特殊だからね。結構なエネルギーを必要とするんだよ」
遅くなってごめんね――と最後に付け足し、ノアはやや疲れたような表情でテーブルに顎を乗せた。いつの間にか、こいつもこの部屋に随分と馴染んでしまったな。
「気にすんな。魔を司る者を取得できたっていっても、身体に馴染ませるまで少し練習したかったからな」
紫色の空になってから、ちょうど700日が経過していた。
つまりセラたちと別れてから、そろそろ二年になる。
俺のステータスは少し前からベノムと戦える状態にまで仕上がっていたのだが、肝心の武器がまだできていなかった。
そこそこ長い期間、武器待ちの状態が続いていたのでノアは少し申し訳なさそうにしている。
「ベノム戦に向けての準備期間はどれぐらい必要かな? 正直言って、この世界を保つのもかなりギリギリだ。君がどれだけたくさんの魔物を倒してくれたとしても、あと2年持つかどうか」
ノアは険しい表情になりながら、そう口にした。だいたい1ヶ月ほど前から、ずっと彼女はこんな感じで体調が悪そうにしている。
ずっと顔を合わせているから気付きにくいが、最初に彼女にあったときよりも身体の変色している部分が拡大している気がする。考えるまでもなく、ベノムの影響だろう。
「アホか。そんなにいらねぇよ、1日あればいい。俺はもともと白蓮を基準にした戦い方をしてるから、間合いを調整するぐらいでいいからな」
「……言われてみれば、確かにそうだね。だけどベノムとの戦闘前に、僕もエネルギーを蓄えておきたいからさ、まだ魔物は倒してくれるかい? 君の魂はベノムの影響を受けないけど、身体や装備品は保護しないといけないし、君の体力も回復する必要があるからね」
「あぁ……武器を作るのにエネルギーを消費したからか。どれぐらい倒せばいいんだ?」
いい加減、俺としては前に進みたいんだがな。
ベノムを倒し、世界を取り戻し、そして早く仲間たちに会いたいのだ。
もう他人同然の扱いを受けても構わないから、彼女たちをこの目に映したい。話すことが叶わなくとも、遠目から眺めるだけでもいいとさえ思える。
「余裕を持ってあと10000体ぐらい。それだけ倒してくれたら、大丈夫かな。半年ぐらいはかかるだろうけど……」
あはは――と苦笑いしながらノアは目標の数字を提示した。
ただの魔物を10000体ではない、Sランクダンジョンのボスを10000体だ。だからこそ彼女は、その数字を口にする時に笑ってしまったのだろう。途方もない数字だと――そう思って。
魔王のスキルを手にして、万全のステータスを整えた俺でさえ24時間で倒せる魔物の数は60体ぐらいである。休憩の時間を考えたら、最低でも200日は掛かる計算だ。
しかし、彼女はすぐにその表情を変えた。
俺の心を読んだのか、それとも俺の表情を見たからなのか。
「お前ベノムに思考回路まで破壊されてんのか? 俺はいま、白蓮を持ってるんだぞ」
俺はそう言いながら、白蓮の切っ先を彼女の目と鼻の先に持ってきた。
彼女は何かを思い出したように、目を丸くして俺が手にする白い小太刀を見た。
そうだ、思い出せ。
思い出せないのなら俺が頭に思い浮かべてやるから、頭を覗いて再確認すればいい。
テンペストをプレイしていた時の俺を。頂点に君臨した俺の姿を。この世界にくる直前、俺はどんな戦いをしていたのかを。
「1ヶ月あれば十分だ」
ニヤリと笑みを浮かべて、俺はノアに言った。彼女が示した6分の1の期間で10000体討伐を成し遂げてみせると――そう宣言した。
別に見栄を張っているわけではない。強い武器を手に入れて、気が大きくなっているわけでもない。
ただ、それを可能にしてしまうぐらい、白蓮と俺の相性が良いだけの話だ。
白蓮の効果はどんなものでしょう(*´∀`*)