彼の思い
side彼
彼女の新しい治療が始まってから彼女は僕に当たるようになった。「早く帰って」「顔を見たくない」「もう来ないで」など彼女らしくないことを言った。病気のこと、小説のこと、新しい治療のこと、彼女を不安にさせる要素は沢山ありすぎた。僕は一度だけ聞いたことがあった。「君は生きたいと思ってるの?」不謹慎な問いかけかもしれなかった。でも知りたかった。「思ってないよ、最初からね。」彼女らしい返答が返ってきた。最初から、、、か、僕は君に生きてほしいのに、どうして君は死を受け入れられたんだよ、、言いたかったが言えなかった。もう彼女には時間がないのに。
一度だけ彼女の母親と話したことがあった。
「あの、」
声をかけられたときは驚いた。この前見たときよりも痩せていて老けているように見えた。
「なんですか?」
「××の母ですけど、××のお友達ですか?」
友達なのか分からなかったが。
「はい、そうです。」
と言うと、彼女の母親は泣いてしまった。
「あの子ちっとも話さないんですよ、学校のことも、友達のことも、いつしか笑わなくなって、何も話さなくなったんですよ。」
と彼女の母親は泣きながらそう言った。
「でもあなたの前なら、あの子たまに笑うし、話をするんですよ。だからどうか最期まであの子のそばにいてやってくれませんか?」
なんでこの人は彼女がすぐ死ぬような言い方をするのだろうか、意味が分からない。
「もちろんそうしますが、××さん新しい治療が始まってるじゃないですか、最期と言わず生きる可能性がなくなってもないのに。」
と言ったら彼女に母親は涙を拭きながら
「あれは取りやめになったの、あの子がもうやめたいと言ったから。止めはしなかったわ、あの子があの子なりに考えた答えだもの。」
とこの人は言った。
じゃあ、もう彼女は、、もうすぐ死ぬんですか?
聞けなかった。
気づいたら彼女の病室にいた。彼女を見ると心配な顔をして僕を見ていた。
「どうしたの?病室に入ってきてから何も言わないし、顔色悪いよ?」
と言われた。そういえば彼女は前よりも話すようになった。治療をやめたからだろうか。もう、あまり考えたくなかった。
「全然、元気だよ。」
彼女には多分嘘だと分かっただろう。だから彼女は何も言わなかったんだろう。
パン手をたたく音が病室に響いた。顔を上げると彼女が手をたたいて僕のほうを見ていた。
「君がなんで落ち込んでるのか知らないけど、そんな顔しないでよ。私にまで移るじゃない。」
彼女がそう言った。笑っていた。初めて見たと思う。いつも仏頂面の君が僕の不安を紛らわせるために。僕だけの特権だなっと思った。すごく嬉しかった。
「ごめん、ありがとう。」
彼女は何をお礼されているのか分からない顔をしていた。まぁ、そうだろうなと思った。
「ねぇ、何か話してよ。今日学校であったこととか、私学校にいけないからさ。」
「そう面白いものでもないよ?」
「いいから!」
「んーとね、文化祭で何をやるかが決まったよ、」
「何をやるの?」
「ロミオとジュリエット、僕、ロミオに選ばれた!」
「ふーん」
彼女が突然、興味をなくしたので少し焦った。
「興味ないの?」
「別にーーーー、私も劇やりたかったな。」
「え?」
「脚本とか書きたいって意味だよ!別に主役がやりたいってわけじゃないから!」
彼女は焦ってそう言った。
「君が脚本書いてくれたら、面白くなりそうだよね。あと、ジュリエット役は男だから安心して。」
「へ?」
彼女が間抜けな声を出した。初めて聞く。
「普通のじゃもうみんな知ってて面白くないから、少しひねろうってことで男と男でやる事になったんだよね、なかなか面白そうでしょ?」
「そ、そうだね。」
「もしかして嫉妬でもした?」
冗談交じりにそういうと、彼女はそっぽを向いていまった。可愛いなっと最近つくづく思う。口に出したことはないが。
「なんか明るくなったよね、前よりも。」
「そうかな、だったらいいな。」
彼女は笑ってそう言った。もうすぐ日が暮れる。帰らなければならない。離れたくない、もっとここで彼女と話していたい。けれども時間は止まってくれない。
家に帰って、ご飯を食べ、自室にこもった。ふと、文化祭の脚本を見る。ほとんど笑いを取りにいっているようなものだ。感動もなにもない。でも彼女が描いたらどんなふうになるんだろうか。きっと誰もが感動して、素晴らしいものになるんだろうなっと思ったが、役者がしっかりやらなきゃ意味ないかと思った。
今日は初めて見るもの、聞くものが多かった。彼女の笑顔、間抜けな声、全てが新鮮だった。
もっと、彼女の近くにいたい。僕はどうしても彼女に生きて欲しい。