雪じゃ涙は隠せない
「僕はもう行かなくちゃいけない」
リプさんは、ベルばあさんの隣でそう言いました。目を伏せて、とても小さな声で。
「行くって、どこに?」
ベルばあさんは、おそるおそるききましたが、リプさんは何も答えてくれませんでした。ベルばあさんと目を合わせずに、毛布を見つめたまま、リプさんは黙っていました。
ベルばあさんは、いやな予感がしました。あたたかくなっていた心に、だんだん冷たい水を注がれているような気持ちになりました。
「リプ。あんたまた、あたしのもとから離れていっちまうのかい?」
口に出したことによって、ベルばあさんは今にも泣き出しそうになりましたが、やはりリプさんは何も答えてくれません。
見るといつのまにか、見た目も若返っていたはずのベルばあさんの髪が、少しずつ白く染まってきています。
ベルばあさんは、今起きていることは夢だとーー本当のことではないと思っていましたが、それでもリプさんとまた離ればなれになるのは、絶対にいやなのです。
ベルばあさんは、ぐっとリプさんの腕をつかみました。ハッとしたリプさんがベルばあさんを見ると、ベルばあさんの顔には、いつのまにかたくさんのシワが戻っていました。
すっかり髪も白くなって、腰も丸くなり、自分の腕をつかむ力もとても弱くなってしまったベルばあさんを見て、リプさんはただ悲しそうな顔を浮かべることしかできませんでした。
何も言わないリプさんに、ベルばあさんは言いました。
「またあんたと離ればなれになるくらいなら、ずっとこの夢が続いてくれればいいのに……」
ベルばあさんが力なく、祈るようにそう言ったのを見て、リプさんはとても悲しそうにベルばあさんのことを見つめていましたが、やがてリプさんの顔には優しい笑顔が戻りました。
「ベル。今少し、離ればなれになるだけさ。今度こそは、きっとまたすぐに会えるよ」
リプさんが力強くそう言うと、ベルばあさんは顔を上げました。
「本当だね。今度こそは、きっとすぐだね」
ベルばあさんは、ひ弱な腕でリプさんの肩につかまりながらそう言いました。
リプさんは、ベルばあさんの目をまっすぐ見つめながら言いました。
「きっと約束するよ。ベル」
「ああ、約束だよ。リプ」
二人は強く抱きしめ合いました。すると、外で幻の空飛ぶ動物の甲高い鳴き声が聞こえました。そのときは、やってきたのです。
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リプさんは、幻の空飛ぶ動物にまたがりました。真っ赤な衣装が、雪の白によく映えます。
「今は、僕は行かなくちゃいけないけれど、きっとすぐに会えるよ。ベル」
リプさんは、優しくベルばあさんにそう声をかけました。
「きっと……きっとだね。リプ」
ベルばあさんは、またあのころのように、リプさんと会えなくなるのではないかと、とても不安になる気持ちを抑えきれません。
ベルばあさんは小さく体を震わせました。まるで顔を見せないように、俯いてただ黙っているベルばあさんを見て、リプさんは静かに微笑んで、優しくベルばあさんの頭をなでました。
そこに言葉はありませんでしたが、ベルばあさんはなんだか少しほっとしました。きっとリプさんとすぐ会えるーー不思議とそんな気がしたのです。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って、リプさんはベルばあさんに背中を向けました。幻の空飛ぶ動物の大きな翼が、ゆっくりと動き始めました。
やがて幻の空飛ぶ動物は、真っ白な地面を蹴って、飛び立ってしまいました。その大きな翼から、白く光り輝く結晶を降らせて。
リプさんがだんだんと遠くなっていってしまう中、ベルばあさんはただ黙っていることしかできませんでした。ですが、やがて俯きながらぽつりぽつりとひとりごとをもらし始めました。
「あたしゃ冬がきらいだよ。大好きなあたたかいココアが、ひとりっきりじゃ飲みきれなくて、ぬるくなっちまう」
ベルばあさんは、肩を震わせながら言いました。
「あたしゃ冬がきらいだよ。余計に大きな毛布をかぶったって、ひとりっきりじゃ寒くて寒くてかなわない」
ベルばあさんは、声を震わせながら言いました。
「あたしゃ冬がきらいだよ。雪じゃ涙は隠せないーー」
ベルばあさんは、静かに涙を流していました。リプさんには見られたくなくて、ずっと顔を伏せていましたが、ベルばあさんは大粒の涙をぽろぽろと流していたのです。
雪が舞う大空で、リプさんは言いました。
「泣かないで、ベル。寂しくなんてないよ。きっとすぐに会える。だって僕は、きみを迎えにきたのだから」
しかし、その声はもうベルばあさんには届きません。その代わりに、幻の空飛ぶ動物の翼から白く光り輝く結晶が降ってきて、それがベルばあさんの涙も綺麗な結晶に変えてしまいました。
すっかりおばあさんの姿に戻ってしまったベルばあさんは、ひとりぼっちで雪の降る中、立ち尽くして言いました。
「あたしゃ冬がきらいだよ。あたしの大切な人を奪った季節だからね。だけどーー」
ベルばあさんは、足元がふわふわするような、不思議なあたたかい感覚に包まれながら言いました。
「あたしゃ冬が好きだよ。大切な人と、また出会えたからね」
ベルばあさんは、このままふわふわと、リプさんが飛び去ってしまった大空へと自分も飛んでいけそうな気がしました。そして、すぐにきっとまたリプさんに会えると、そう思ったのです。
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それが夢だったのか現実だったのかは、だれにもわかりません。
ですが12月24日の夜に、我が家の暖炉の前にあるイスで眠ったベルばあさんが、そのあと目を覚ますことはありませんでした。
今日で最終回です。ありがとうございました。
※誤字報告をいただいたので、一部訂正致しました。すみませんでした。