君は何を描くのか
この小説を読んで、少しでも心温まって頂ければ幸いです。
生まれた直ぐに、一枚の紙を親から貰った。
嬉しくて、嬉しくて涙を流した。
その紙はとても大っきくて、真っ白な紙で出来ていた。
「好きに描いていいよ」と言われ、僕は夢中になって沢山書いた。
ワニの形をした雲、可愛い動物、かっこいい昆虫、とにかく好きになった物をいっぱい書いた。
少し大きくなったら、定規を渡された。
これでキレイな線が書けると教わり、上手に書くと褒められた。
次はコンパスだ。
コンパスはキレイな円が書けて、沢山書くと周りの大人が褒めてくれた。
ある日、久しぶりに好きな物が書きたくなって、自分の紙に書いてみた。
でも大人達は首を振り、定規とコンパスを渡して来た。
彼等は周りを見ていた。
僕も気になり顔を上げた。
みんな定規とコンパスで、線と円を書いていた。
必死に書いている子、泣きながら書いている子、文句を言わずに書いている子。
それを見て、僕も同じように書いた。
それでも、たまに好きな物が書きたくなって、ひと目を忍んで書いた。
でも、どこからか大人がやって来て、消しゴムで消すように言ってくる。
嫌だと抵抗したら、紙をくしゃくしゃにされた。
涙を流して僕の紙を拾い、しわが無くなるように、必死に擦って拡げ直した。
そんな日々を繰り返し、僕もいつの間にか大人になった。
紙はもう、しわしわのくしゃくしゃで、汚れている。
何の為に書いているのか、そんな事も分からなくなっていた。
いつものように、少し顔を上げて周りを見る。
いつものように、みんな泣いて書いている。
僕も泣いて書いている。
ある日、近くの子が、書くのを止めた。
その子の紙は燃え、その子は光となって、お星様になった。
寂しくて、怖くて、そしてどこか羨ましかった。
僕が悲しくて泣いていると、どこからか笑い声が聞こえた。
周囲を見ても、みんな変わらず線と円を書いている。
勇気を振り絞り、声のする方に行ってみた。
夜が終わり、朝が来た。
沢山歩いた先でも、線や円を書いている人が沢山いた。
ただ、一人だけ笑顔な人がいる。
その人は紙を空にかざして、とてもとても素敵な笑顔で笑っている。
僕は、何がそんなに嬉しいのか気になった。
周りの人を見ても、変わらず下を向き、線と円を書き続けている。
震える手で自分の紙を握りしめ、僕は空に自分の紙をかざした。
汚れていた僕の紙は、朝日によって白く輝いて見えた。
良く見ると、薄っすらと何かが描かれているのに気付く。
僕が生まれて初めて書いたワニの雲だ。
忘れていた大切な物は、ずっとそばにあったのだ。
「次は、何を描こうかな」
僕は大切な紙を胸に抱え、笑顔で歩き出した。
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