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歪愛

作者: 虹色 七音

 好きの反対は嫌い


 とは、言うモノの、こう、言う者もいます。


 好きと嫌いは同類


 さて、ここで一つ疑問が浮かびます。愛について、です。

 愛とは“好き”から派生するものだという認識はよろしいでしょうか?

 よろしければこのまま私の話を……、よろしくなければ私の話を聞くのはやめておいた方がいいかもしれません。

 それでは、よろしいですね。


 では、本題に入りますが、“好き”から愛が派生するのであれば、同類である“嫌い”からも愛は派生するのでしょうか?

 ……え! ああ、確かに下らない事を言ってしまいましたね。

 言うまでもなく、“嫌い”からだって愛は派生しますね。

 ……え? そうは思えないですって!


 むむむ。それでは、一つの例をお見せしましょう。そうすれば、分かってもらえると思いますので。

 まずは、深呼吸をどうぞ。


 ……しましたか?

 では、ご覧ください。





     ☆





 ――大ッ嫌い。付き合って。


 ファンシーな便箋に可愛い丸文字、それと、ハートのシール。それらに導かれて聞いた言葉が、それだ。


 ……

 …………

 …………突然だが、俺はSだ。


 スペシャル(special)のSでもなければ、シスター(sister)のSでもない。もちろん、サウス(south)のSでもない。

 サディスト(sadist)の、Sだ。ドSかどうかは知らないが……、Sなのはたぶん間違いないだろう。

 好ましいものや素敵なもの。そういった心の中に美しい形で入ってくるものを見ると、異様に壊したい衝動に襲われる。

 完成された美術品や芸術品を壊したくなる衝動。それと同じだ。

 そういった心、君にはないかい?

 少なくとも、俺にはあった。

 それで、そういった心が暴走してしまった事が前にあったんだ。

 一昨年(おととし)の秋、小学六年生の二学期のことだ。


 俺は、好きな子をいじめた。最初は“好きな子につい意地悪しちゃう男の子”といったような心情で。

 しだいにそれは、傷つけたいという欲求に変わる。

 心の中に綺麗な形で存在する彼女が粉々に砕け散る様はきっと、きっととても綺麗だろう。と、そうとでも言うような心で、その欲求は日増しに強くなっていった。

 もちろん、俺にだって常識はある。むしろ、比較的常識人なんじゃないかと思っているくらいだ。いや、いじめっこがそれはないか。

 しかしまあ、常識自体は持ち合わせているつもりだ。当然、それを欲求に対して行使する理性も持ち合わせてはいた。

 だが、というべきかだからというべきか。


 いじめは細く長く続いて、結局彼女の先生に対する告発で全ては終わった。全て、不完全なままで。

 俺は、


 彼女が崩れ去るところを見ていないし、

 彼女に好きだと伝えていないし、

 彼女のことが好きであるままだし、

 彼女を傷つけたことに対する心からの謝罪も済ませてないし、


 彼女に、なにも出来ていない。

 それで、終わった。そう、終わったと思っていた。

 でも、終わっていなかった。俺の心の中でだけ続いていると思ったそれは、また動き始めた。


 被害者である彼女の、俺への告白によって。





     ☆





『話はまたあとで……。そうだね、明日の放課後にここで、なんてどう?』


 告白してきた彼女――御影(みかげ)美影(みかげ)。この親の名付けに対する遊び心が感じられる少女が俺に告白してきたあと、俺がどういう事だと訊くとそう答えた。

 そんな訳で、翌日。

 俺――浅井(あさい)幸也(こうや)は放課後の体育館裏に来ていた。


 しかし彼女は、来ていない。

 まあ、放課後としか言っていないのだし彼女にははっきりと『大ッ嫌い』と宣言されているのでこない可能性だって十分に考えられる。

 もしかしたら……、こわ~い先輩がやってきたりしてな。ありえないか。

 それにその言葉には、続きがあったしな。


 ――大ッ嫌い。付き合って。


 そう彼女は言ったのだ。


「どういう、事だろうな」


 ぽつりと、こぼす。

 今のところ彼女が来るかは分からないし、どうせ暇なのだからとそこら辺に腰掛けてその言葉の真意について考えだす。


 『大ッ嫌い』

 『付き合って』


 まあ、この二つは独立してなら何ら違和感なく存在できるんだろうが、合わせるとどうにも奇妙な存在として出来上がる。

 とりあえずは一つひとつの意味について考えてみようか。


 まずは、『大ッ嫌い』。

 これは、まあ。そのままの意味として受け取って問題ないのではないだろうか。だって、あれだけいじめたのだから。嫌われるのは当然の道理だ。

 壊したいけど、好かれたい。

 こんな我儘(わがまま)、通るはずがない。まあ、これはどちらか片方ずつでも十分に我儘なのだが。


 こちらはもうこれで良いとして、問題は『付き合って』の方だ。

 本来ならばこの前につくべきセリフは『好きです』であったりとかするのだろうが……、この場合はその真逆である言葉だ。

 いや? それとも真逆ではないのだろうか。

 しかし何にしても、普通は嫌いな人と一緒にいたいとは思えない。むしろ、遠ざかりたいと思う。

 それが、当然だ。


 では、何故?


「……ッ! もしかして」


 と、不意に思いつく。

 まさか、でも、しかし、やっぱり、

 否定と肯定を繰り返す。が、やはりそんな事は、簡単には信じられない。

 だって、『好き』と『嫌い』が同じことだなんて……


「なに考えてんの?」


 と、不意に声がかかる。冷めた様な、冷たい様な、綺麗な声だ。不覚にも、飛び上がるほど驚いてしまった。

 もちろん、美影だ。


「別に、どうでもいい事」

「そう。まあ、そんな事はどうでもいいんだけど……」


 つか つかと、地面なのだからなるはずの無い音を雰囲気だけで鳴らすように美影が俺の方へ歩いて来て、隣に腰掛ける。


「返事は、決まった?」

「え?」

「だから、返事。それを言いに来たんじゃないの?」


 えっと、返事? ん? なんのことだ。

 といった調子なので、正直に分からないというような表情をすると彼女が不機嫌になる。


「昨日私が告白したじゃん。だったら言う事は二つに一つでしょ?」

「……? あ」

「分かった?」

「ああ、分かった。お前の『付き合って』に対する返答は『よろこんで』だ」


 と、そこまで言ってから『合ってるか?』と、表情で隣に腰掛ける美影に訊く。そうすると、美影は少し嬉しそうな表情になって、言う。


「そっか、ありがとう。正直言ってOKされると思ってなかったよ」

「え、なんで?」


 こんなに可愛いのに。ああ、いじめた罪悪感から?


「だってあんた、私のこと嫌いでしょ?」

「え、なんで?]

「そりゃ、決まってるでしょ。貴方は私のことをいじめたんだから」

「……あ」


 そっか。それもそうか。

 普通いじめって嫌いな相手にするものだもんな。

 というか、それに関してはしなきゃいけないことがあるんだ。


「それは……、その。その事に関してはちょっと言いたいことがあるんだけど……いいか?」

「……まあ、いいや。どうぞ」


 相変わらずの声そのものから冷気が漂うようなその言葉に、俺は行動で返す。

 立ちあがって、美影の前で姿勢を整える。

 そして、頭を下げた。


「ごめん……、ごめんなさい」

「? それなら、小学校の時にもしてたでしょ?」

「あの時は先生に言われるままだったから……、ちゃんと言っとこうと思って」

「……ふーん。そう、そんだけ?」

「いや、もう一つ言う事がある。いい?」


 立ったままそう訊くと、美影は冷めた声でどうぞ、と言う。

 それを受けて、言う。

 また、頭を下げながら。今度は、一緒に手も差し出しながら。


「好きです。付き合ってください」


 告白、した。

 この場の思い付きではない。いつからだったか……、中学に入ったころから機会があればなんて先延ばしにし続けていた。

 いい、機会だと思った。

 その告白に対して、美影は手を取りはしなかった。ただ、氷の中から生まれたのではないかと思う様な声で言う。


「顔、上げて」

「……あ、うん」


 顔を上げると、美影がいた。当たり前だ。

 でも、いつもの美影とは少し違ってた。ちょっと、笑ってた。

 微笑み、と言うには冷た過ぎるその表情は、それでも確かに笑ってた。


「OK」

「ん?」

「返事は、もちろんそれだけど……、いつから? 昨日からとか言ったらぶっとばすからね」


 美影は冷やかに、冗談じみたことを本気で言う。

 それもまた、女の子らしいというか。女の神秘とでもいえば良いのか、不思議な魅力とも言えるかもしれない。

 もしかしたら、理解できないものに魅力を感じているのかもしれない。


「いつから……、って言ったら。小学生のころから」

「もっと具体的に言うと?」

「小三の時、一緒に夏祭りに行った時が好きだって自覚したころだと思う。もしかしたらそれ以前から惹かれていたかもしれないとは思うけどな」

「へぇ~、私。そんなに魅力ある?」


 言われて、美影の顔を見る。美人だ。

 名前に対する遊び心、とは言ったものの実際“美しい影”と言うのは彼女によく似合う。何か……、影が差しているのに、いや、だからこそと言うべきだろう。彼女は美しい。

 それに、そういった不思議な魅力を差し引いても普通に整った顔であると思うのだが。

 なので、正直にそう言った。


「魅力的だろ。少なくとも俺はそう思うぞ」

「そっか。じゃあ、なんでいじめたの?」

「好きな子にいじめちゃう男の心理?」

「それであれまでやるならおかしいでしょ。それとも、人を好きになるってのはそういう事なの?」

「ん?」

「いや、好きになるってのはそういう事を引き起こすんだね」


 ふぅー。と、美影が息を一つ吹く。


貴方(あなた)が私のことを好きになって、その結果があれか。なら、私が貴方のことを嫌いになった結果は……、どうなるんだろうね」

「嫌いになった、結果? ……そういえば、美影は何で俺に付き合おうっていったの?」

「あら? 嫌いな人間と付き合いたいと思うのはおかしなこと?」


 ……いや、おかしな事だろ。


「いや、おかしいか」


 と、零してから美影は少し考え、こう言った。


「ちょっと、私達の想いを整理しようか」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 御影美影は、浅井幸也のことが嫌いである。

 浅井幸也は、御影美影に好意を抱いている。


 御影美影は、浅井幸也に対して傷つけたいという欲求がある。

 浅井幸也は、御影美影を壊したいという欲求を持っている。


 御影美影は、浅井幸也にいじめられた過去について忌まわしいと思っている。

 浅井幸也は、御影美影をいじめた過去をもどかしいと思っている。


 御影美影は、浅井幸也に対する嫌悪感を(いと)おしく思っている。

 浅井幸也は、御影美影に魅力を感じていて愛おしく思っている。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これは……、」

「あはは。私たち頭おかしいのかもね」


 美影の言葉に従って俺のノートに書きだしたそれを見て俺たちは二人揃って苦笑した。

 どれもこれも、とは言わないが。そこらじゅうに頭がおかしい事が書かれている。

 例えば、“嫌悪感を愛おしく思っている。”とかだな。

 まあ、一般常識でこれを見るのであれば俺の好意と傷つけたいという欲求の同居の方が頭がおかしいと感じるのかもしれないが。う~ん、どうなんだろう。普通の思考というのはよく分からない。


 でも、“嫌悪感を愛おしく思っている。”というのはやっぱり分からない。

 分からないなら聞くか。本人がここにいるんだから。


「なあ、これってどういう事?」

「これ、って。“嫌悪感を愛おしく思っている。”ってとこ?」

「おお、そこ」

「それなら……、ってか。そんなにくっつかないでくれない」


 美影が嫌悪感をあらわにして一緒にノートをのぞきこんで俺の体を押しのける。

 おっと、頭のおかしい一覧に追加が必要だな。


 御影美影は、浅井幸也との身体的接近を快く思わない。

 浅井幸也は、御影美影との身体的接近を望む。


「なあ、聴く前にちょっとここに追加入れていいか?」

「別に良いけど、違ったら消すね」


 と、言われたのでノートにそれを書いたら別に消される事もなく小さな声で「確かにそうね」と呟かれた。

 どうやら間違いないらしい。残念だ。


 そう思っていたら心を読まれたのかは知らないがさらにいやそうな顔を向けられた。

 それからすぐに元の顔に戻って言い始める。

 前置きに滅茶苦茶な文章になると思うけど分からなくても文句言わないでね。と、話し始めた。


「貴方のいじめが始まる前まではね、案外貴方のことを気に入っていた。別に好きという訳では無かったけれど、仮に告白されたならばたいして迷う事もなく交際を始めるくらいには。でもね、いじめが始まったら変わった。最初の内は悪戯(いたずら)程度だったから微笑ましいとすら思っていたのだけれど……、すぐに嫌悪感に変わったわ」


 ……それは、もったいない事をしたな。


「まあ、貴方は私のことを壊したいと思っていた様だからどちらにしても普通の関係でうまくいくとは思えないけど」

「そうか? 俺は大事にしたいという想いだってあるんだぞ。心をそれに傾ければ傷つけたいという思いを抑えられるかもしれない」

「あら、そうなの? それならいつかは私の()を触れる時が来るかもね。今のところは嫌悪感ばかりでそんな事をされたら殴ってしまいかねないけれど。それとも、貴方に襲われる形ならばできるかもね」


 体、という言葉に甘い響を込める。まあ、何らかの行為やそれに繋がる事の隠語のつもりなのだろう。


「襲うのは無理だな。攻撃を許可したら本当に滅茶苦茶にしかねない」

「そうじゃなくてもご遠慮したいところだけど……、入院も死ぬのも嫌だからやっぱりやめておこうか。

 ああ、どこまで話したっけ? そうそう、貴方に対する嫌悪感を抱いた所からか。

 最初の内はね、純粋な嫌悪だったの。触れられる事にいらつきを感じていて、近づかれる度にお風呂が恋しくなったわ。あなたに近づかれると腹の底がべとべととした不気味なものになってしまうような感覚があってね」

「ひどいな」

「ひどい事したのは貴方でしょ? それに今だってお風呂は恋しいしね」

「……それは」

「ああ、残念なことに今日は体育がなかったよ」


 と、美影は俺が言おうとした事を先読みしてしまった。

 それなりにショックを受けている俺を無視して美影は話を続けて行く。


「別に、今はあのころほどじゃないよ。あのころは貴方に触れられたらその部分を擦り切れるほどにこすっていたような時代だったから。うん、今ならばそこまではしない。さすがに私も中学生だし、大人にならなければという自覚くらいはあるからね、いつまでも怨みを保ち続けるほどじゃないよ」

「いや、俺のこと怨んでるだろ?」

「もちろんそうだけど、あの時ほどは怨んでないよ。……というか、話を中断しないでもらえない?」

「ん、ああ。すまんかった」

「じゃあ話を戻すけど……、って。どこまで話したっけ。ああ、貴方に嫌悪感を感じていたというところまでか」

「うん、まあ。俺に対して嫌悪感を抱いていたのはよく分かった」

「本当に? 虐めっ子がそこを理解してなきゃまたいじめに走りかねないからね」

「いや、俺が壊したくなるのはあくまで好きなものだけだから……たぶん大丈夫だろ」


 いや、どこが大丈夫なんだ?

 とは思ったものの、美影はそこに特には触れずに話を続ける。


「そう、で。……なんていえば良いかなぁ。あ、そうだ。変なこと訊いても良い?」

「別に、良いけど」

「そう、じゃ。遠慮なく訊くけど……、自分に酔う事って無い?」

「は?」


 んん?

 んんん??


 どういう事だ?


「例えば……、例えば怒られたとしてもその現状から本気で(・・・)脱出しようと思える?」

「……事による」


 言葉を渋らせたのは、ほんの少し納得してしまったからだ。


「これは心理学でも立証されているらしくてね、人間は自分を特別な個体にしたがるんだって。まあ、元々は生存競争の……、その女の取り合いという側面の方でそういう感情が求められたんだろうね」

「それが、どう繋がるんだ?」

「まあ、最後まで聞いてよ。それでね、人間は特別な個体になろうとするんだけど……、人間は必ずしも優良な個体としての特別になれると思う?」


 美影が言いたいのは、人間は誰もが首席という特異点や、全国大会優勝という特異点に必ずしもなれるという訳ではないという事だ。

 もちろん、これらは極端すぎる例に過ぎないがそういった事はあるだろう。

 他人より優良な人間になることで自分のことを認められるほどのものが無い。それについてよく考えもしない方々は「努力すればいい」等と軽々しく言うのだろうが、人間ってのは努力の結果が出るまで我慢できるほど優良(・・)な者ばかりではない。

 そして、美影が言おうとしている事も理解した。

 つまり、優良な特異点になれないならば不良品でもいいから特別になろう、と。


「なるほど。その傾向がありそうなバカは幾つか心当たりがあるな」

「でしょ。ってか、モノじゃないんだから『幾つか』って。まあ、いいや。それはどうでもいいし。ちなみにこれの代表格って言ったら自分の点数が悪いことを自慢してるようなのもそうだけど……。中二病とかかな。中二病ってのは、心が子供から大人へと移り変わろうとする時期に急に自我を確保しようとしておかしな方向に向かっちゃった形だし、そのおかしな方向にいることで特異点になる事が出来たと思いこんでる子達だからね」


 と、言って美影は少し考えるような仕草をしてから慌てたように俺に話しかける。

 というか、「子達」って。俺たち中学二年生だよね? 大半の中二病と同世代だよね? たぶん。


「あ! これその人達に言っちゃだめだからね! こういうのはほぼ本能的にしてるようなものだから本人には自覚はないし、言われても『は!?』って感じだからね! 下手したら殴られちゃうよ」

「俺が殴られるの、嫌?」

「あ、ううん。そういう事じゃなくて、貴方はあほだから言っといた方がいいかなぁ。と」


 あ、美影的には俺殴られるのは問題ない感じなのね。

 まあ、美影を殴った報いだろう。いや、だとしたらこの程度である方がおかしいくらいか?


「私としてはむしろ貴方を殴りたいくらいだよ」

「じゃあ、殴る?」


 冗談半分に、言う。

 勿論、冗談なのは半分だけだ。もう半分は本気で言っている。


「いや、いいよ。ってか、いやだ」

「なんで?」

「そりゃ、殴っていいって言ってる人殴って楽しい訳無いじゃん。殴られると思っていない奴を殴るから楽しいんでしょ? それに、そうしないと殴られた側も驚かないし、怖がらないじゃん。不良がイキってる奴よりよわっちい奴を好んで威すのは単に弱いってだけじゃなくて反応が面白いからでしょ? まあ、イキってる奴をぼこぼこにして屈服させるのも楽しそうだけど」


 確かに、そういう考えは極めて共感できるな。

 でも。「でしょ?」って、美影は不良になって手あたりしだいに喧嘩をうったことがあるのか? いや、ないだろ。

 それに、俺が共感できるって事は普通の人間から見たら相当狂った思想じゃないのか?

 まあ、いいや。どっちか片方だけが狂ったカップルなんて不安定だろうし。いや、両方狂ったカップルも不安定か?

 よく分かんないや。


「お前もSか?」

「いやいやいや、私は普通よ? 偉そうにしてる奴を顔の形が変わるまで殴ってみたいって、その位は普通の願望でしょ?」

「ん~、そんなもんか」


 でも、美影がSかどうかは気になるな。

 確かめてみるか。


「他にやってみたいと思った事は何かある?」

「他に? こんな感じので言ったら、すんごい綺麗な子をぐちゃぐちゃになるまで踏んでみたいと思った事はあるかな」

「嫉妬?」

「いや、男の子よ? ほら、綺麗なものを壊したくなる時ってあるじゃない。美術館とか行って綺麗な壺を見ると「触れるな」って書いてあるのを無視して粉々に砕きたくなる感覚と同じだよ。このくらい誰にでもある衝動でしょ?」


 ん~、やっぱこいつSだな。

 俺の判定じゃ不確かだから、たぶん、だけど。

 と言っても、まあ。重度のものじゃないんだろうな。俺とかとは比べ物にならないくらいのSで悩まされている人もいるんだし……、それに比べりゃ壊したいものが綺麗だと思ったものにほとんど限られてるなんてましな方か。


「って、話をそらさないでよ。えっと、どこまで話したっけ?」

「不良品になって特異点になろうとするところまで」

「ああ、そこか。それでね、さっきそういった感情は本能に近いものだって言ったじゃん?」

「言ったな」

「だから、さ。私もその傾向に落ちちゃったんだよね」


 と、案外本人からすれば衝撃の告白であったらしいその言葉を受けても俺はあまり驚きはしなかった。

 というか、そんな傾向は誰にだってあるものだと思う。それは場合によっては弱い自分を守るためのものとして機能する事もある訳だし、持っていない方がびっくりだ。


「ふーん。それで?」


 というと、俺のリアクションが薄かった事に地味に傷ついたらしい美影が若干元気なさげに口を開く。


「つまりね、私は私の憎しみ事態にその特異点を感じちゃったらしいの。こればっかりは自分自身が一番分かるとはいかない事だからよく分からないんだけどね」

「そういうものなのか」

「そういうものなんだろうね。で、私はその特異点がおかしなふうに曲がったのか、その特異点がとっても大事になってしまったの。

 まあ、聞いてもよく分からないだろうとは思うけど……。何といえば良いかな、宝箱にしまう感覚とでも言えばいいかな?

 ずっとそれを憎んでいるとその内それが宝箱の中にしまわれて行くの。勿論、それは憎たらしいままなんだけどね。宝物になっちゃうの。

 それが宝物になるっていうのはね、心の一部になるって事。憎むことで近くにいることを感じて、近くにいることに対して喜びを感じる様な感じ。そしてね、心の一部になるっていうのは欠けることに苦痛を感じるようになるっていう事。

 いや、この場合は苦痛と言うよりは虚無感とでも言うべきかな?

 心を持っていかれる様な気分と言うのがいいかもしれないね。それこそ、失恋をした時の様に」


 ……なるほど。大体分かったような気はする。

 しかし、美影はさらに言葉を続ける。


「それでさ、ふと思ったんだけどね。これはなんていう感情なんだろうね?


 近くにいるという感覚。近くにいて欲しいという感覚。離れる事には虚無感を伴う存在。近くにいることに喜びを感じられる感覚。


 これらに該当する言葉を私は一つしか知らないんだ。貴方にも分かるでしょ? ……私たちなんだかんだで波長が合うような気がするし……」


 美影は最後の所をほんの少しだけ寂しそうに言った。言葉に、凍らされそうな気すらした。

 ああ、でも。確かに分かるよ。

 こう、言いたかったんだろ?


「この感情は、」「お前の感情は、」


「――愛だ」





     ☆





 二人は、美しい影をその身にかざしながらも、こう、感じたとか。幸せ(なり)や。と。


 そんな事を男が言うと、女は下らないと苦笑した。

 苦笑であったが、笑ってくれた。


 さて“嫌い”は愛へと変わり、神秘は“好き”に変わった。


 やがて、愛の中にも“好き”は生まれて来るのだろうか。

 もしくは、好きという感情は傷つけたいという欲求を超越する時が来るのだろうか。


 そんな事は誰にもわからない。

 それでも、誰かは言ったとな。


 ――来るの、だろうなぁ。


 さて、それは冷たい声の女だったか、それとも男であったろうか。

 もしくは、誰かだろうか。

 それでも、誰かは言ったとさ。


 希望を、呟いたのだとさ。





     ☆





 さて、分かっていただけましたでしょうか?


 分からなかったのなら、私の口下手を恥じます。

 分かっていただけたのなら、光栄の限りでございます。


 それでは、またの機会に……え?

 私の、名前ですか?

 ああ、そういえば言っていませんでしたね。


 私は、“浅井幸也”であり、“御影美影”であり、あなたであり、だれかである、何かです。


 って、長すぎますね。

 そうですね、一言で言うならこうでしょうか。


 ――私は、『人間』です。


 はて、人はそれを狂気と呼ぶか?

 ご安心を、私はいつでもあなたの隣にいます。

 なぜかって? 簡単なことです。





 人は常に狂っているのですから。

感じるのは親の名付けに対する遊び心じゃなくて作者の遊び心ですね。すみません。反省してません。


ところで、今回の司会者であるMr.マッド(仮)が司会を務める作品は今後も作るかもしれません。

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