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喫茶エイプリルフール

 ワッ! と会場が沸いた……気がした。というのは、フミさんが抱き着いてきていろいろそれどころじゃなかったのだ。

 目の前を塞ぐメロンサイズの何か。ふにゅんふにゅんした弾力ある何かが視界を塞ぐ。そしてすごくいい匂いだ。

「あ、こら! 何をしておるかああああああああああああああ!!」

 背後でお父さんらしき絶叫が聞こえたが、「むぐっ!」という声とともに強制的に黙らされたようだ。

 とりあえず、後頭部に回った腕をポンポンと叩いて外してもらう。目の前には少し涙目で、それでも満面の笑顔を浮かべたフミさんがいた。

 ふと横を見ると、多分さっき自分がそうだったんだろうなと思われる体勢になった、お義父さんとお義母さんがいた。フミさんのツインメロンのルーツを感じさせる光景だった。


「よくやった!」

 どこかで聞いたような声が聞こえた……っておい!?

「親父!?」

「始よ。よくもまあ、こんな別嬪さんを……」

「あらあら、フミさんというのね。よろしくね」「はい、お義母様!」

 背後では早速フミさんとお袋が挨拶をはじめ、意気投合してるっぽい。

「式はどうしましょ?」「そうですねえ……」

 うん、そのつもりなんだけどね。なんか当事者すっ飛ばして話を進めてやがる。

「あらあらあら」「これはどうも」

 母親同士のあいさつが始まった。意味のない言葉の応酬が続いた後、なにやらパンフレットを取り出している。うん、いわゆるブラスポってやつですね。

 まあ、あれだ。反対されるよりはいいんだけども、話が急展開過ぎてついていけてない。


「始さん。だいじょうぶですか?」

「ああ、うん。フミさんのご両親へのあいさつのはずが、なんでこうなったって思ってるけど……」

「ダメ、でした?」

「いや、そんなことは無い」

「うう、勝手なことしてごめんなさい」

 うちの両親はフミさんが呼んでいたようだ。

「いいよ。手間が省けたってもんだし」

「そう言ってくれたら……」

「ただね、相談してほしいな。これからはね」

「うん、わかりました」

 そう言って笑顔を向けてくるフミさん。この笑顔をずっと守っていくんだと決意が固まっていく。

「じゃあ、あっちの相談に参加しようか。このままじゃなんかとんでもないことになりそうだし」

「え?」

 そうして、フミさんもお互いの母親がパンフレットを並べてあーでもない、こーでもないと相談している場面を目にして、状況のヤバさを認識したようだ。

「ちょ、お母さん! 何勝手に決めてるの!?」

「あら、フミ。お色直しは何回がいい?」

「そうよね。フミさんスタイル良いから。うちの朴念仁のどこがよかったのかねえ」

「顔、人柄、味覚、その他もろもろです!」

 なんかすごいこと言われてるってか……顔?

「うふふ、フミは昔から男らしい人が好みだったもの、ねえ」

「男らしいかね? アレってただの頑固者じゃ?」

「そこがいいんです!」

 フミさんが俺の良さを熱弁してくれているが、聞けば聞くほど顔が熱くなる。

「あー、タヌキさん、顔真っ赤。てれてやんの! プークスクス」

「うふふ、微笑ましいですよねえ。わたしにも誰かいませんかねえ」

 ウェイトレスコンビがぼやくと必死にアピールしている常連客どもの姿がいっそ哀れだった。


「というか、うちのお茶を使ってくれてるんですな。いや、しかも淹れ方も素晴らしい手際ではないですか」

「いやあ、手習いをさせていたのですが、何とか人様の口に入れて恥ずかしくないものをお出しできるようになってくれましてですな」

 父親同士もなんか意気投合している。


「おい、始!」

「はいよ、なんだい?」

「お前もここで働け。うちから上等の茶葉を回す。お前なら少なくとも変なもんは出さんだろう。いや、フミさんがいるから問題ないとは思うが……」

「始君の味覚の冴えは素晴らしい。何、淹れ方とかはこれから教えて行けば……」

「そうですな。では……」

 うん、なんか俺の人生は急展開を見せているようだ。フミさんも目を白黒させている。


 さて。事ここに至って俺も決断した。一応兄もいるし、実家の店については後を継いでくれるんだろう。そう思って俺はサラリーマンをしていたわけだ。

 フミさんとこの小さな喫茶店をやっていくのは、大変だけど楽しそうだとも思った。


 四月一日家と一家より資本が投下され、喫茶店はリニューアルオープンすることとなった。その間に俺は実家に缶詰め状態で、お茶についての様々を親父から改めて叩き込まれた。

 フミさんがいなかったら俺は十回は脱走を企てただろう。親父は鬼だ。


 俺はフミさんの方に婿入りすることになった。一家はフミさんと妹がいるわけで、男兄弟がいない。だから、というわけだ。今時後継ぎがーとかはやらんと思ったけど、フミさんと結婚するにあたり、そこらへんは割り切った。一番大事なことは、この一番大事な人を守っていく立場を手に入れることだ。


「あ、始さん。オープンの日ですけどね、四月一日にしますね。それで店の名前なんですけど……」

「うん、何かアイディアはあるの?」

「うちにお婿に来ていただいたので始さん、苗字変わっちゃったじゃないですか」

「そうだね。けどそれについては気にしてないよ。兄貴もいるし」

「ええ、それでですね、お店の名前に残したいと思うんですよ」

「……俺のもと苗字?」

「そうです。リニューアルオープン。喫茶エイプリルフール、どうでしょうか?」

「うん、いいと思う。そういえばさ、エイプリルフールの嘘の作法は知ってる?」

「午前中だけってやつですか?」

「それもあるけどね、幸せになれるような嘘じゃないとダメなんだってさ」

「……そうなんですか。わたしはすでに幸せですけど」

「俺もだよ」

「じゃあ、頑張ってくださいね。パパ」

「えっ!?」

 すとんと俺の腕の中に飛び込んでくる、今や俺の嫁さんになったフミさん。

「あ、エイプリルフールのお話はしましたけど、さすがにこれは嘘じゃないですからね?」

 にっこり微笑む彼女に、俺は一生勝てないんだろう。


 こうしてオープンした、喫茶エイプリルフール。常連客はフミさんのお腹を見て怨嗟の声を上げた。さらに俺のネームプレートを見て歯ぎしりを始めた。ふふん、負け犬どもが。


 二人が出会ったあの日の試作品は大ヒットを飛ばし、今も売り上げの大きな柱になっている。


「はい、ありがとうございます! オーダー、アイスパン4つねー」

「はーい、ありがとうございまーす!」

之にて完結です。

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