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少女のもとに


「ま、俺が生きているうちに完成するとは思えないな。そう考えると、半端な時代に生まれてきたもんだ」


 そう独り言を呟いて、周囲の様子を確認する。

 上空には満天の星々に、丸い月が君臨している。

 右手には煉瓦の建物があり、左手にも同様のものが見て取れた。

 背後には仕切りのような壁があり、正面には石畳の地面が伸びている。

 どうやら袋小路にいるらしい。


「凜がいない……別の場所に出たのか?」


 敵陣に飛び込んだようなものだ。

 多少、出現位置にズレが生じてもしようがないか。

 だが、生存率が限りなく低いところだ。

 そうそう簡単に力尽きたりはしないだろうが、早めに合流しないとな。

 まずは凜との合流を優先して、この辺をふらついてみるか。

 そう思い、一歩を踏み出す。


「チュートリアル……なんて、ある訳ないか。ゲームじゃあるまいし」


 そう呟いて、続きの一歩を繰り出した。

 かつかつと音を立て、袋小路を後にする。


「――ほー、こいつはまた。絶景だ」


 道の先に待っていたのは、仮想世界の入り口とも言える場所。

 月明かりを浴びて、夜の闇から不気味に浮かび上がる西洋の建物群。

 建ちならぶ民家の窓には、室内を照らす明かりが漏れている。

 誰かが住んでいると想像がつくが、街の景観からは生気を感じない。

 ひどく寂れていて、朽ちている。

 まるで夜の廃墟に明かりが灯っているかのような、そんな言いしれぬ不安を覚える。


「ホラーなら一級品の雰囲気だな」


 映画の登場人物になったような感覚に陥りながら、ふらりと足を進めていく。

 しかし、明かりはあれど人の気配はなし。

 魔術師以外にも、REMに捕らわれた一般人がいるはずだが見当たらない。

 まだ序盤も序盤だ。

 こんな不気味な場所に長く止まっているはずもないか。

 もしくはすでに死んでしまったか。

 まぁ、いるとすればこの先だろう。


「とりあえず、あの時計塔を目指してみるか」


 あれだけ目立つ建物なら、どこかにいる凜も目指すだろう。


「しかし、遠くの景色もばっちだな」


 気分はちょっと危ない海外旅行だ。

 写真でも撮っておきたい完成度だが、生憎と持ち合わせていない。

 代わりにはならないけれど、両手の親指と人差し指とを繋ぎ合わせ、手で小さなカメラを造った。

 腕をぴんと伸ばして、カメラのフレームに時計塔を据える。

 なかなかどうして、絵になる構図になった。

 その出来に、一人満足していると。


「――あん?」


 急に、時計塔の姿が隠れてしまう。

 上書きするように現れた、別の何かによって塗り潰される。


「なんだ? ……こりゃ」


 手で造ったカメラに、奇妙なものが映り込んだ。。

 薄く、半透明で、妙な弾力のある板。

 それには地図のような模様が描かれている。


「この形……この表示……まさか、マップか? これ」


 その答えに行き着いた途端に、脳裏にある推測が浮かぶ。

 仮想世界。

 VR。

 あり得ないと、頭では否定するものの。

 目の前にあるこの四角い板が、疑いようのない真実を突きつける。


「ここは――ここは、ゲームの中……なのか?」


 その推測を裏付けるかのように、マップは自身の位置を示していた。


「――ふむ」


 空中に浮かぶ四角いマップは、掴めば妙な弾力があり、離せば空中に固定される。

 マップの両端を掴んで引っ張ってみると、動作に合わせて拡大された。

 表示された範囲も広がり、それなりに遠くの地形まで把握できるようになる。


「なるほど」


 次にマップを空中に固定したまま、一歩、二歩と距離をおく。

 すると、固定されていたマップは、歩幅の分だけこちらに近づいた。


「一定距離を維持してついてくる、か」


 本物のVRが発明されたとして、マップシステムはこんな感じになるのだろうか。

 五感を完全再現し、バグも不具合もなく、こう言ったシステムを使って、仮想世界を自由に動き回る。その先触れを俺は体験しているのかも知れない。


「いやいや、感心してる場合かよ」


 問題はそこじゃあない。

 どうしてこのREMが、ゲーム性を有しているのか、だ。

 怪異という古めかしい存在が、最新を超えた技術を再現している。

 そもそもどうしてゲームなんだ?


「夢魔の能力は、夢を改竄して悪夢を構築すること……」


 その過程で、悪夢がなんらかの理由でゲーム性を獲得した?

 思考は巡る。ぐるぐる、ぐるぐる。

 しかし、その渦からは、すぐに抜け出すことになる。


「――この音」


 硬い石畳の地面を駆る、複数の足音が耳に届く。

 人間の歩行パターンとはかけ離れたそれは、四足歩行によるもの。

 つまりは、人ならざる獣だ。

 マップに目をやると、赤い点の表示がいくつか近づいて来ているのが見えた。

 この赤い点が、この足音の主だろう。


「ええい、考え事しているときに鬱陶しい」


 思考は一度、中止にしよう。

 向かってくるのなら、迎え撃つしかない。

 そう決断して即座に魔術を発現し、得物を構築する。

 このREMでも魔術は正常に作動し、その存在意義を果たす。

 それは一振りの刀となって、この手に収まった。


「まずは周辺のお片付けからだ」


 携えた刀で空を斬る。

 風切り音が鳴り、それに共鳴するように、獣が吼える。


「AWooooOOOooOooooOoOOOOoooooo!」


 道の先にある角から姿を現したのは、数体に及ぶ敵性生物。

 ゲームになぞらえて言うなら、エネミーか。

 姿は灰の毛並みに赤の斑を描き、鋭い牙を有する狼だ。

 事前に聞いていた情報と一致する。


「こいつらが何人も魔術師を」


 まるで一陣の風が草原を駆るように、奴らは石畳を踏みしめて駆け抜けた。

 それを受けて、こちらも刀を構えて前進する。

 身体は思い通りに駆け、細部に至るまで狂いなく動く。

 刀を振るう感覚。風を切る感触。空気抵抗。身体のしなり。距離感。

 そのすべてに誤差はない。

 現実世界で怪異を相手に刀を振るう様と、なに一つ変わりはしない。

 剣先は見事な弧を描いて、狼を斬り捨てた。

 血飛沫が舞い、石畳に斑が浮かび、死体が横たわる。

 肉を斬った感触も、骨を断った手応えも、そのままだ。


「こいつは、慣れてないとクルだろうな」


 心に、精神に、この現実感は突き刺さる。

 魔術師は日々の怪異退治で慣れている。

 けれど、これを捕らわれた一般人がしているとなると、精神的な負荷は計り知れない。

 生き残っている者がいるとして、果たしてそいつはまだ正気を保っているのだろうか。


「っと、集中」


 余計なことは頭から追い出して、戦闘に集中する。

 刀身を翻して二の太刀を、二体目のエネミーに見舞う。

 瞬時に三の太刀、四の太刀を繰り出し、的確にエネミーの数を減らしていく。


「こいつで最後っと」


 跳びかかるエネミーの腹を引き裂いて、戦闘を終わらせる。

 周囲には死屍累々と死体が転がっていた。

 屍山血河。

 現実ならこの血のにおいで、更なる怪異が引き寄せられるが。

 ここではその心配はしなくて良さそうだった。


「死んだ奴らは残らずに消滅か」


 死体も、流血も、跡形もなく消え失せる。

 その様を見て感じるのは、やはりこの世界が仮想なのだという事実だ。

 どれだけ現実に近くても、根本から世界のあり方は異なっている。

 仮想で、非現実だ。

 ゲームと現実を混同するな、という言葉はよく聞く言葉だけれど。このREMの中では、それをよりいっそう強く心に刻んでおかなくてはならない。

 五感の完全再現は、まだ人類には早すぎる。


「――ん? なんだ? これ」


 ふと足下に輝くなにかをみる。

 その発光体は周囲にも幾つか現れる。

 いずれも消え失せたエネミーの死体と同じ場所に出現していた。


「おっと?」


 小首をかしげていると、それは一斉に動き出す。

 宙に浮き、移動し、俺の眼前へとやってくる。

 襲ってきた、というよりは、集まってきたと言った心証だ。


「……これがゲームなら、こいつは」


 短い沈黙を挟みつつ予想を立てて、ゆっくりと指先を伸ばす。

 そうして発光体に触れた途端、それは掻き消えるように霧散した。


「で、だ」


 再び、両の手で四角を造る。

 すると、予想通りにまたあの薄い板のような画面が現れた。

 今度は、それを引き延ばすように両手を動かしてみる。

 その動作に応えるように、それは拡大された。


「便利なもんだな、ゲームの世界って言うのも」


 だんだんと、REMの仕様がわかってきた。

 ゲームを基盤として法や道理が動いているなら、感覚を掴みやすくはある。


「さて、さっきのがドロップアイテムなら……」


 新たに現れた画面には、インベントリの文字。

 この世界がゲーム性を有しているなら、先ほどのアイテムはここに収まっているはず。その考えのもと、開いた画面に目を落とす。

 すると、すぐにそれらしい文字を、綺麗に並ぶ欄の中に見つけることができた。


「止血剤が三つ。本当に、ゲームそのものなんだな」


 これは認識を改めざるを得ない。

 単なる夢の世界などではない、ゲームの世界そのものなのだ。

 そう、認めなければならない。

 道理で、魔術師の生還率が極端に低いはずだ。

 通常の魔術師は俗世にうとい。ゲームの知識など皆無に等しい。

 この世界の仕様を理解できず、活用できず、法も道理も理解できないまま、無限に湧いて出るエネミーを相手取る。

 それで生き残れるはずなど、ありはしない。

 いくら訓練を受けた魔術師でも、世界の道理には勝てないのだ。


「――不味い」


 その認識にいたって、すぐ。

 不意に、最悪の未来が脳裏に過ぎった。


「凜の奴、まさか死んでないだろうな」


 すぐさまインベントリを手の平で潰すように閉じ、マップに目を移す。

 だが、表示される範囲にも限りがある。いまは俺以外には誰の居場所も記されていない。

 こうなったら、足で捜すしかないか。


「あぁ、もう、世話の焼ける」


 短く悪態をついて、石畳の地面を蹴る。

 一抹の不安を胸に募らせながら。

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