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夢の世界に


「久々のシャバの空気は新鮮でいいなー」


 数ヶ月ぶりに肺に満ちた新鮮な空気は、心に活力を与えてくれる。

 加えて、目に優しい木々の緑が広がっている。

 足を下ろせば心地良い落ち葉の感触がした。

 どこからか小鳥の鳴き声も聞こえてくる。

 荒んだ心にはいい栄養剤だ。

 しばらくここでキャンプでもしたい気分になる。


「さぁ、行きましょう。時間は有限です」


 けれど、そう悠長に遊んでいる暇はなさそうだ。


「はいよ」


 先をいく凜の背後を追うように、山道を下っていく。


「それで、これからどこに行くんだ?」

「まずは私の家に向かいます。そこで儀式を行い、今晩には夢の世界に侵入します」


 今晩にも、か。

 儀式って言うのは、件の怪異――夢魔が創り出した世界へ侵入するためのものだろう。

 眠れば都合良く夢魔のほうからやってきてくれる。なんて、うまい話はない。


「その仮想世界ってのは、どんな場所なんだ?」

「帰還した魔術師によれば、西洋風の街だそうです。敵性生物が至るところにいる、と」

「化け物がはびこる西洋街か」


 日本の怪異だと言うのに、随分と西洋かぶれだな。

 まぁ、言ったことのない不気味な異国に、見たことのない化け物だ。

 悪夢らしいと言えば、悪夢らしいか。


「その敵性生物の情報は?」

「得られている限りでは、ゾンビと狼の二種が確認されています」


 二種類?


「それだけか? たったの?」

「……はい」


 怪異が創り出した夢の世界。

 その舞台に登場する敵が、たったの二種類だけと言うのは引っかかる。

 夢魔が見せる悪夢には、もっと様々な敵が出てくるはずだが。


「もう察しがついていると思いますが、夢の世界に送り込んだ魔術師の生還率は高くありません。十人に一人、帰ってくればいいほうです」

「……いままで、何人送り込んだ?」


 ぴたりと、動きが止まる。


「三十九名です」


 三十九。


「いま目を覚ましているのは?」

「……ゼロです」

「なるほどな」


 だから、自身のすべてを捧げる覚悟をして、俺のまえにやってきた。

 怪異大戦が終わってからまだ数ヶ月ほど。

 魔術師の総数は、今までにないほど減少している。

 そんな事情の中で、三十九という数字は決して軽くない。

 恐らくは、この件に割くことができる人員の最大値だろう。

 そして、多大なる犠牲を払い、得られた情報は微々たるものだ。

 にっちもさっちも、行かなかったはずだ。

 それだけ凜は追い詰められていた。


「いかんせん、情報が足りないな」


 決死の覚悟で持ち帰った微々たる情報では、まったく足りていない。

 仮にも敵陣に飛び込もうと言うのに、出たとこ勝負とは。

 難易度が跳ね上がるな、まったく。


「――見えました。あの車に乗って家へと向かいます」


 思考の渦に陥っていると、凜の声で我に返った。

 視線を押し上げてみると、広い山道に自動車が止まっているのが見える。

 側には黒いスーツを着た男が数人ほど立っていた。


「お出迎えにしては華がないな」


 そう独り言を呟きつつ、自動車へと乗り込んだ。

 自動車での移動は数時間に及び、太陽の色も茜に染まる頃になって、ようやく目的地につく。

 織辺家。

 そこは格式高い日本屋敷だった。


「こいつはまた、立派な面構えだこと」


 流石は、投獄されていた俺を自由の身にできることはある。

 権力者の自宅とは、これほど凡百の民家と格が違うものか。

 今日日、時代劇くらいでしか見ないような立派なものだ。

 見た目の印象を素直に言えば、厳つすぎて反社会的勢力の根城にしか見えない。


「中へどうぞ。早速、儀式に取りかかります」

「あぁ、そいつはいいが。親父さんはいないのか?」


 まず、なによりも先に、この屋敷の主に会うのが筋のはずだが。


「先の怪異大戦の処理に追われて、父は忙しい身です。ここに帰ってくることは、殆どありません。ですので、気にしなくて結構です」

「そうか」


 だから、娘である凜が一人で。

 怪異大戦の処理と言っていたか。

 まぁ、あちらこちらに甚大な被害を受けている。

 修復には数年単位の年月が掛かるだろう。

 大戦中も一般人に怪異の存在を気取られないよう、ひいひい言っていた嫌な記憶がある。

 そんなことを思い浮かべ、あの頃の苦い記憶を振り払いつつ、織辺家の敷居を跨いだ。


「――儀式ってさ。どうしてこう、面倒なの」


 儀式というものには色々と種類があり、個別の手順というものがある。

 今回は寝室に術式を描き、魔力を充填し、夢の世界へと繋がる道を構築するものである。

 非常に繊細で精密な魔力操作の技量が必要とされるこの儀式は、正直にいって非常に面倒臭い。

 すこしでも手元が狂えば、出力を誤れば、最初からやり直しだ。

 最後まで気が抜けないのも、もの凄く気怠い。


「そう……言っている割には……余裕そうですけど」


 術式に両手をついて、凜は額に汗しながら魔力を流している。


「まぁ、このくらいはな」


 俺はと言うと、布団の上であぐらを掻いて、片手だけを術式に乗せている。

 面倒とは言え、気怠いとはいえ、仮にも怪異大戦で活躍した神殺しだ。

 これくらいは簡単にこなせる。

 というか、これくらい片手間に出来ないと、怪異大戦では生き残れなかった。


「――完成しました」


 張り巡らされた術式が、淡い光を放ち出す。

 それは完成の合図。

 これで儀式は夢の世界へと繋がる道となった。


「ちょうど外も暗い。布団も敷いたし、このまま寝るか?」

「はい……すこし、疲れましたが、問題ありません。心の準備は出来ています」

「それじゃ、明かりを消すぞ」


 部屋を照らしていた明かりが消え、途端に闇に包まれる。

 俺たちはその暗闇の中で目を閉じた。

 そうして、精神は肉体から離れ、儀式によって築かれた道を辿る。

 先にあるのは、怪異が創り出した仮想世界。

 聞けば、この世界にも名前があるらしい。

 そう……たしか、REMだったか。

 たぶんレム睡眠から、とったんだろうな。

 そんな下らないことを考えながら眠りにつく。

 そして、次に意識が覚醒した瞬間。


「――こいつは凄いな」


 感嘆する。

 夜空に浮かぶは、怪しげな月。

 淡い月の光によって照らし出されるは、石と煉瓦の西洋街。

 目の前に広がったのは、そんな異国の不気味な風景だった。


「まるでVRだな。人類がここまで到達するのに、あと何世紀かかるんだか」


 夜風が頬をかすめ、前髪を撫でていく。

 ただそれだけで、五感の完全再現が成されていることに確信を抱く。

 息を吸えば冷たい空気が肺に満ち、手を握れば指先の冷たさを手の平に感じ取れる。だんだんと暖まる指先の感覚は、現実と寸分違わない。

 バーチャルリアリティ。

 仮想現実。

 本物に見えて偽物だらけの世界に、俺は足を踏み入れていた。

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