死のバレンタイン
僕は神だ。決してイタイ人ではない。いやまぁ、何年も前は人間だったからイタイ人でも間違えではない。
ここはあえて生前の話をしようか。
僕が死んだ年は西暦で言うと2017年。あの時、僕はただのどこにでもいる少しイタイ学生だった。ごく普通の人生を送っていたと自負したい。学生らしく好きな人がいた。でも、残念なことに彼女には触れることもできない。それほど遠い場所にいる。
VR機能が充実したとはいえ彼女に触れたとしても偽物だとすぐにわかる。だって、生きていたら普通は血が通っているので暖かみを感じる。しかし、いくら彼女に触れようとも偽の感触はあるが暖かみは感じられなかった。
そもそも僕と彼女は生きている次元が違うので触れられるはずがなかった。いくらVRが発展したとはいえ好きなキャラとちゃんとした会話ができるはずがなかった。
バレンタインの日くらい好きな人……いや、好きなキャラである女神ユノに触れたかった。ユノは昔のローマでは二月十四日。つまり、バレンタインの日に祭りを行われていた。だからこそ、バレンタインの日なのだから奇跡が起きてユノに触れたかった。
しかし、実際に起きたのは別の奇跡。その奇跡は僕の死因に直結している。
二月十四日。今日がバレンタインの日だということを忘れながらも、学校に行った。休み時間などで周りが妙に浮かれていたので、そこで初めてバレンタインだということを知る。
でも、僕には関係ないか。いくら太らずに適度な肉と筋肉をつけているとはいえ、こんなどこにでもいるような普通の顔。いや、下手したらブスの方に入るかもしれないのに。まぁ、そんな僕がモテるわけないのでチョコなんていつも通り家族だけだろうな。
でも、僕にはユノたんがいるし別にいいけど。先生絶対にワザとだな。教室が無性に熱い。いくら生徒が文句を言っても「そうか?」と首をかしげるのみなので、チョコをもらえていない腹いせだということくらいわかる。
まぁ、先生は僕とは違い自分の顔に自信があるから、かなりナルシストのようなことを言っているけどね。そのせいで生徒から引かれていることを先生は知らないだろうし。まぁ、僕には熱いのを我慢するだけであとは別に被害ないし。幸い午後の授業なので昼食が痛むのということはない。
ただ、こんなに暖房をガンガンに効かせて怒られないかな? 次の授業は学年主任の先生だし、怒られるだろうな。それにこんなに熱くしていると外界との温度差で風邪を引かないだろうか? 僕たち生徒もだけど教師の方もだけどね。
そんなことばかりを考えていると授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「はい。今日の授業はここまで。先生はいつまでもチョコを待ってるから渡したい人は気軽に渡してくれ」
先生がそう言うと教室内で
「マジで、キモーい」
「誰が先生なんかにあげるんだよ」
「そもそも先生は生理的に無理だし」
「先生のこと好きな子とかいる?」
などなど様々な先生に対する返答があちらこちら飛び交っていた。
自分を罵倒されたことに対して先生は怒ったのかバン! と音がなるほど扉を強く開ける。
壊れる壊れる。ヤバすぎだろ。てかっ、寒!!
先生が扉を開けた瞬間に外界の冷たい空気が入ってきて、教室内の温度が一気に下がった。それにどういうわけか空気が肌に当たって痛い。
「ねぇねぇ!」
「…………」
「もしもーし」
「…………」
「塩野くん。塩野浅見くん」
「あっ! 僕? どうしたの?」
「お客さん」
「どんな子?」
「見たらわかると思うよ」
「どこにいるの?」
名前を忘れた二年連続同じクラスの女子が扉の方を指差すと丸メガネをかけた地味な子がいた。
確か、あの子は貞子って呼ばれてたはずの別のクラスの子だよね。僕に何の用だろう? 全く接点が思い浮かばないのだけど。
「ありがとう」
「どういたしまして。それで一体あの子とどういう接点があるの?」
「さぁ? 僕も何か接点があるか考えていたところ」
「そう。あっ、これ」
「何これ?」
突然、小さな箱を渡されたので中身を聞くと「開けてみて」と言う回答が返ってきた。
びっくり箱とかじゃないよな? さすがにこりゃあ驚いたという状況に教室でなりたくないのだけどな。でも、仕方ないか。
一応は警戒しながら開けてみると中にはクッキーが入っていた。
「どうせ誰からも貰えないよね? 塩野くんはいつも孤立しているし。その慰めを含めての義理クッキーだよ」
「ありがとう。家で大切に食べるよ。そういえばどうしてチョコじゃないの?」
「チョコ嫌いでしょ?」
「どうしてそれを?」
「去年、チョコが周りで行き交っているのを見て嫌そうな顔をしていたからね。それにチョコが嫌いそうは顔だしさ」
「チョコが嫌いそうな顔ってどんな顔?」
「うーん。塩野くんみたいな顔?」
「余計にわからん」
「まぁ、そんなことより早く行ったげて。休み時間が終わっちゃうよ」
「それもそうだね」と答えながら僕は扉で待っている彼女の元へと向かった。
「どうしたの?」
「あの、放課後校舎裏に来てください」
「えっ? 声が小さすぎて聞こえなかったよ」
「それでは」
「えっ!? ちょっ!?」
彼女は背を向けていなくなった。
まぁ、ちゃんと聞こえていたのだけどね。あまりにも予想外だったからつい聞き返しちゃっただけだし。彼女には悪いことしたな。
僕は教室に入るとすぐに窓際の自分の席につき、眠りの体勢に入った。
「おい! 塩野起きろ!」
「ふぁ、ふぁい!!」
突然、怒鳴り声が聞こえたので、体を起こし辺りを見回すと終礼に入っていた。
まさか一時間丸々寝てしまうとは。人生で初めてだ。てかっ、恥ずかしい。みんなに笑われている。
恥ずかしさに身悶えていると終礼が終わった。いつもならこの後に一人読書タイムに入るのだが、今日は用事があるのですぐに教室を出た。
僕が一番早く教室を出たことにクラスが騒ついていた。でも、今はそんなことよりも自分のことにいっぱいだ。
どうして僕は校舎裏に呼ばれたのだろう? もしかして、ボコボコにされるのか? それとも殺されるのか?
…………はぁ。ホントにこのネガティブ思考をどうにかしたい。でも、そう簡単にどうにかできるものじゃないしな。もし、できるのなら今頃はこの思考が消えているよ。
まぁ、結果はすぐにわかるだろうしな。
終礼が終わってすぐなので恐らくは僕の方が早くて待つ方になる。一応、下足室できちんと靴を履き替えて校舎裏へと向かった。
校舎裏に着くと驚くべきことに彼女はすでに待っていた。普通、待つのは男の仕事なので待たせるのはすごく申し訳ない。でも、こう言うしかないんだな。
「ごめんね。待たせた?」
「だ、大丈夫です」
「そう。なら、よかった。それで僕に何の用?」
「少し心の準備をさせてください」
「いいよ」
僕もしたいし。
数分後に彼女はようやく口を開いた。どうやら、僕とほぼ同じタイミングで心の準備ができたのだろう。
「わ、わたしと付き合ってください!」
「…………えっ? 僕?」
「はい。塩野浅見くん」
まさか告白とはな。予想外だった。いや、もしかしたら心のどこかでこういう予想をしていたのかもしれない。そうでなければこんなに落ち着いていられないだろう。
ちなみに僕の答えはすでに決まっている。
「ごめん。君のことをあんまり知らないし、付き合えない。僕なんかに告白してくれてありがとう。この世にはもっと、僕よりも上の人もいるよ」
「そう……ですか。でしたら、これだけでも受け取ってください」
「これは?」
「本命のチョコです」
「ありがとう。家で食べさせてもらうよ」
「お願いします! ここで食べてください!」
「ここで? どうして?」
「初めての手料理なので率直な感想を聞きたいです」
「わかったよ」
さて、チョコか。どうやって食べようかな? もう、選択肢は我慢するしかないか。チョコは全然食べたことないしちゃんとした感想を言えるか不安だな。まぁでも、振ってしまったし、これくらいのお願いなら聞いてもいいかな。
意を決して僕はチョコを口に放り込んだ。ちゃんとした感想を言えるようにじっくりと味わう。最初はほんのり甘かったが、徐々に酸っぱくなっていてチョコにしたら珍しい味だった。
「うっ!」
なん……だ? 突然、胸が苦しく……。
体全身の力が抜けてその場で倒れてしまった。それに血の気が引いているのかただでさえ寒いのにさらに寒くなってきた。助けを求めるため彼女を見るとさっきまでのオドオドしていた表情が嘘のようにニヤリとかなり口角を吊り上げて笑っていた。
光のせいでメガネしか見えなくて、恐怖が増大する。
「これであなたはわたしだけの人になりました。ようやく……ようやくですよ。塩野くん一緒にいっぱい色んなところに行きましょう。これからはわたしたちを邪魔するものはいませんよ。わたしたちは自由ですよ。ですから、今の苦しみは耐えてください。すぐ楽になりますからね」
彼女が笑顔で言うと近くの草むらを漁り始めた。そして、何かが出てきた。薄れゆく意識の中でその何かはなんなのか確認することができた。
彼女が草むらから漁り、取り出したのはすでに誰かの血が付いている鉈だった。
また夜に更新するのでバレンタイン記念の作品を用意するのでお楽しみに!