第二話
さっさと大餓狼を倒した真人だったが、これからどうするのか少しの間考え込む。木々のざわめきがその一瞬の静寂を永遠にも長く感じさせた。
だが、そんな時間も長くは続かない。森の中に突然悲鳴が響き渡り、どこかおどろおどろしい雰囲気が漂い出した。何か良くないことが起こっているのだろう。この場合魔物か盗賊に人間が襲われているのだろう。
「あっちか……」
聞こえてきた方角を見た真人は、少し考えたあとそちらの方に向かう。
別に物語の主人公のように正義感に溢れた理由からではない。そこに人がいるのなら、道を聞けると思ったからだ。
とにかく森から抜けなければ真人は行動することすらできないのだから。
すたすたと焦らずに歩いて行くと、そこには一台の馬車の周りに先ほどの大餓狼という名前の魔物が五匹ほど馬車に襲い掛かっていた。馬車を囲むように冒険者らしき三人の人間が大餓狼に攻撃しているが、ダメージを与えられていないのか苦戦している。
「くそっ! 下がれ、マーフィン」
「ぐっ」
囲むように攻撃していた大餓狼の一匹に冒険者の一人が不意を突かれて攻撃を受けていた。そこからはそのまま押し込まれている。
「ヤバそうだな」
それを見て流石に時間がないことに気付いた真人は冒険者と大餓狼の距離を測って悩んだ。ここで真空刃を使えば冒険者ごと切ってしまうだろう。それはまずい。
そこで真人は土の槍を大餓狼の下から生やして釘付けにした。一瞬の出来事に大餓狼たちに押し込まれて窮地に立たされていた冒険者たちが驚愕の表情で困惑する。
それを成した真人の居場所を把握できないようだ。それも当たり前かもしれない。
真人は怪盗として何百件という仕事をしてきた。気配を消すすべなど誰よりも長けているという自信を持っている。
「だ、誰だ?」
「おい、マーフィン! マーフィン!」
「誰か!? 回復魔法を……」
バタバタしているところにそっと近寄っていく。そしてリーダー格に見えた一人の男に近寄り肩を後ろから叩く。その事実にその男はびくりと飛び跳ねて手に持ったままの剣を構え直していた。
それに驚かせたことを反省しながら真人は人好きのするだろう笑顔を浮かべて声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。もしかしてお前が?」
「あ、はい。土の槍なら俺がやりました」
そこで様子を窺っていたらしい馬車の中に閉じ籠っていた商人が出てきたらしい。静かに、そして心配そうに声を掛けてきた。
「カイトさん。大丈夫ですか? そちらの方は……」
不安そうな商人に、カイトと呼ばれた冒険者は慌てて返事をした。
「大丈夫だ。ただ、マーフィンがやられた。傷が深かったらしくてここじゃ治療できねえ」
「マーフィン! しっかりしろ、マーフィン」
「大変そうですねぇ」
のんびりした口調で口を挟むと、また存在を忘れていたらしいカイトと商人が驚いた表情をした。
「あ、そうだったな。助けてもらってすまねぇ。助かったよ」
「あなたが助けて下さったんですね。ありがとうございます。そうですね。それなら街まであと一時間ほどですからそこまで耐えてもらうしか……」
「そうか……」
がっくりともう助からないだろう仲間に項垂れているその場の者たちに、このままでは埒が明かないと真人は口を開く。
「すみません。ちょっといいですか」
「なんだ」
「なんですか?」
こちらに注目してきた二人に、真人はマーフィンに付き添っている一人にちらりと視線を向けて口を開いた。
「あの人を助けたら少しだけお願いを聞いてもらえないでしょうか?」
「助けられるのか? 頼む。できることならなるべく聞くから」
「そうですね。ここまで護ってもらった方を見捨てるなど私にはできません。お願いします」
二人に頭を下げられて、仲間ってのはいいものなんだなと真人は漠然とそう思った。でも同時に自分にはそれは手に入れられないものなのだろう。
「そうか」
すっとマーフィンの隣へと歩いて行き創造魔法を発動する。するとマーフィンの周りが緑色に光り輝いてふわりと消えて行った。
その頃にはマーフィンの怪我はすっかり良くなっていて、意識を取り戻したマーフィンが不思議そうに周りを見回していた。
「マーフィンっ!」
三人が抱き締めあって無事を喜び合っているのを見て真人はその場で暫く休む。その光景は、なぜか真人の目に焼き付いて離れなかった。
暫くして落ち着いた三人が笑顔でこちらに歩いてくる。そして真人に深々と頭を下げた。
「仲間を助けてくれてありがとう。俺は『栄光の架橋』のリーダーで剣士のカイトだ」
「助けてくれてありがとよ。おれっちは『栄光の架橋』のメンバーで剣士のマーフィンっていう。よろしくな」
「わたしは『栄光の架橋』の副リーダーで魔術師のアーリンよ。助けてくれてありがとね」
パーティメンバー全員に頭を下げられて真人はどうしようか暫し悩んだ。こんな対応をされたことなど今までなかった。だからこそこういう時にどうすればいいのかわからない。
「私は商人のマーティンだよ。君のお蔭で私たち全員が死なずに済んだ。礼を言おう」
「気にしないで下さい。たまたま通りかかっただけですから。それに対価を取ると宣言した相手にどうしてそんな信頼を向けられるのですか?」
真人にはそこが一番信じられなかった。この世界に信じられるのは己以外に居るはずがない。そう思っているからこそ真人を信じ切った様子で安心しているカイトたちが信じられない。
けれど真人を諭すように口を開いたのはマーティンだった。
「そうだね。確かに私たちはまだ君のことを何も知らない。でもね、私たちは命を懸けてこの仕事に尽くしてきた。人を見る目には自身がある。その眼で君を見ても、十分以上に信用にたる人間だとわかるよ。君は優しい人間だ。だからそうして疑い深くなる。だが、信じなければ先には進めない。そう言うことさ」
「そうですか。わかりました。俺の名前は真人です。よろしくお願いします」
それが後にAランクパーティーであったと知るカイトたちとの出会いだった。