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鉄パイプ屍食冒険記  作者: 美凪
死と始まりのコンテクスト
7/7

四季王寺巧の場合 #4

(……次は、なんだ?)


 次に目覚めた時、タクミの前身は違和感の塊に覆われていた。

 指の先程度は自由に動かすことができたが、腕や足は動かすことができない。――というか、縛られている。ヒモや縄などではなく、鎖のような頑丈なもので、胴体と足をそっくり拘束されているのである。


(参ったな。どういう状況だコレは)


 体は横倒しになっており、首の動きだけでは視界に限界がある。どうにか可動域の中で周囲の様子を探るに、現在タクミが監禁されていると思しき空間は、どうやら一種の実験室のような場所だと見当がついた。

 ただし、それは現代的なものではない。部屋は冷たい石造りであったし、並んでいる器具や薬品も、「科学的」というよりはややオカルティック寄りの雰囲気がある。

 ちょうどファンタジーモノの小説や漫画、ゲームでよく見られるような「魔法使いの研究部屋」に実際に迷い込んだならばこんな風情なんだろうか。少々まとまりのない思考の中、タクミはそんなことを考えていた。


 やがて覚醒したばかりの意識が生来の冷静さを取り戻してくると、改めて現状への危機感が心を満たした。

 直前の神―― あの不遜なアルテヤとかいう神とのやりとりは、たしかな記憶としてタクミの頭のなかに残されていた。最後の一連の意味深な言動に対する疑問は残るが、アルテヤがタクミを自身が属する世界へと送りたがっていたのは間違いがないはずである。となると、現状の仮説として浮かんでくることはひとつだ。


(ここがアイツの言っていた、アイツの世界―― 異世界なのか? ほんとうに?)


 イマイチ実感が持てない。そういえば、アルテヤからは「彼の世界」とやらがどんな場所なのかも聞かされていなかった。こうなってしまうと、自分の記憶以外に情報がないタクミには断定できる物事がほとんどない。


(――色々とウカツだったな。今更反省しようがどうなるものでもなさそうだが……)


 とにかく、自分がどのような状況に置かれているのか。それと自分の「状態」がどうなっているのか―― 今はそれだけでも把握しておきたい。

 あまりに突拍子のない一連の展開に憂いのため息を吐き出すと、タクミは少しでも情報を得んと身を捩る。


「んッ…… くっ」


 少しも動かない。当たり前だ。

 彼は今、所謂「体育座り」に近い姿勢で拘束されているのだ。這うことはおろか、転がることすらもままならない。おまけに全身に力が入らず、「気だるげでしんどい。それは今までに味わったことがないたぐいの苦痛であった。


(ったく忌々しい。いったいなんだってういうんだ)


 仕方なく動くことは諦めて、自分の体を観察してみることにする。

 なぜか服を着ていない。さっきまで事故に巻き込まれた当時に着ていた服をそのまま着ていたはずが、今肌触りのよい大きな布を体に巻きつけただけという、あられもない姿だ。

 自身の無様な格好にも驚かされたが、それよりもなおタクミをぎょっとさせたのは、自らの肌色の悪さだった。

 むき出しのままの手足の肌色は青白く、とても健康な人間のものとは思えない。

 体型は一切変わっていない。よく見慣れた自分のものであると判断できるが、小さな違和感もあった。五感も正常に働いているというのに、どこかひとつフィルタを通しているかのような、妙な違和感とごくわずかなラグを感じるのである。


(オレは―― 死んだはずだよな?)


 先ほど神と一対一のやりとりを繰り広げていた小部屋とは違い、石造りの実験室ははっきりとした現実感を持っている。まだ夢を見ているというわけではなさそうだ。


 ならばほんとうに記憶を保ったまま転生したとでもいうのか?


 ――そうとは思えない。少なくとも、まっとうな転生をしたわけではなさそうだ、と結論付ける。

 完全に「ヒト」として蘇った―― あるいは転生したにしては、節々に存在する違和感が強い。自分が今味わっている感覚を表現するに適当な語彙はタクミの中に存在しなかった。

 もう一度意識を失う前にアルテヤが言っていたことに関して思考を巡らせてみるものの、答えには至らない。あるいは答えをだすことを本能的に危惧しているのか。思考がまとまりを見せなかった。

 神の言動から、自身が「死者」であることは重要な要素(ファクター)であるらしいと。その答えにならない答えだけがいつまでも頭のなかを巡っていた。


 ――どの程度時間が経っただろう。


 横倒しのままとりとめのない思考に没入していると、部屋の外で何やら物音が聞こえた。


(誰か居るのか?)


 咄嗟に意識を集中して耳をそばだてる。どうやら成人男性と思しき人間同士が言葉を交わし合っているようだ。


『――はどうだ?』

『今のところなんの反応も』

『そうか。……どうしたものかな。契約解除して輪廻の渦に戻そうにも、娘がすっかり怯えてしまって地下室に近寄りたがらんのだ』

『それは―― 当然でしょうね。あんなことがあったのですから』

『ああ。奇跡のようなものだよ。あの子が助かったのは。……それにしても、私はなんども娘が死霊を呼び出す様子を見てきているが、"彼"みたいな例は初めて見るな。君はどう思う?』

『小生は門外漢ですからなんとも申し上げられませんがね。片手間に調べた限りでは、あのようにほぼ完璧な状態で受肉した死霊の記録など、どこにもありませんでしたよ』


(死霊――?)


 まだ確証はないが、壁一枚向こう側の彼らの会話と自分(タクミ)。まったく無関係というわけではない気がした。


『……やはりそうか』

『何かお心あたりでも?』

『いや、忘れてくれ。私の家の事情だ。ここで語れることではない』

『左様で』

『……もう少し経過を見るか。引き続き頼む。また来るよ』

『任されましょう』

『言うまでもないが、警戒は怠らないようにしてくれ。――では』


 声の主のうち、低く重みのある声の持ち主がその場を去ろうとしている。

 単純に考えれば、今のタクミの現状には彼らが関わっている。

 拘束という実害を被っている以上、相手に悪感情が存在していることは確かだろう。しかしながら、聞こえてきた声音から感じ取れる感情は「戸惑い」だった。

 無論、戸惑いならタクミも感じている。おそらくは相手も自分(タクミ)も、互いの事情に関して判明していないことが多いのだろう。――となると、対話を求めてみるのも手かもしれない。

 逡巡しつつも、タクミは遠ざかっていく足音に焦らされ、声を絞り出した。


「……おい、誰か、居るのか!」


 思いの外の声量に、扉の向こうの気配がざわめいた。

 遠ざかっていた足音の主にもタクミの声が聞こえたのだろう。慌てて駆け戻ってくる音がした。


『――聞こえたか?』

『ええ、ハッキリと。どうやら目覚めたようですな。いかが致します?』

『状態はどうだ?』

『問題ないでしょう。いつもの五倍は厳重に拘束していますから』

『わかった』


 次の瞬間、実験室の扉が開かれる。そして部屋に入り込んでくる人影が二つ。

 最初にタクミの視界に飛び込んできたのは、四十代と思しき大柄の男だった。身長はタクミとさして変わりないが、鍛えられ膨れ上がった筋肉のおかげで、実質的な体積は倍以上にも見える。

 眼光は鋭く猛禽類を思わせる。その視線は一瞬たりともタクミから逸らされることはなく、明らかにタクミを警戒している様子だ。

 続いて入ってきたのは、メガネを掛けた細面の神経質そうな男だった。

 白い法衣(ベストメント)のような衣装をまとっており、それだけ見るならばどこぞの神に仕える神官といった風情だが、本人が放つ気配はいかにも胡乱である。どのような立派な聖職者でもある程度は放っている「建前臭さ」が感じられないのだ。ありていに言って雰囲気がスレている。

 二人はタクミが転がっている場所から三メートル程度離れた場所で立ち止まると、黙って様子をうかがう姿勢を見せた。そこまで警戒される謂れはないように思うタクミは憮然と鼻を鳴らすと、口を開いた。


「ここはどこだ。オレはなぜ縛られている?」


 この状況でいのいちに相手に知らせるべきことは、自分が「何も情報を持っていない」ということだ。

 拘束されていることには理由がある。目覚めるまでの記憶が無い以上言及はできないが、タクミが必要以上に警戒されているのは、二人の表情や所作から見て明らかだ。

 タクミは彼らに恨みがあるわけではない。縛られていることに不満を感じはするが、それだけで明確な敵意を見せるのは悪手である。自分を脅かす意思のあるものを、拘束した側が開放することはありえない。

 相手の感情の機微を慎重に伺いながら、反応を持つタクミ。しばしの沈黙の後に表された反応は―― 戸惑いだった。


「……ルーシュテル様」

「驚いたな。意識までもが定着しているとは。傍目には理性を感じる、が……」


 二人の男性は仕切りに目配せをしながら、詮索するような目つきでタクミを見下ろしている。

 まるで実験動物のような扱いだ。

 だんだんその状況が我慢ならなくなってきたタクミは、一向に自分の質問に答える様子がない男たちに、やや語気を強めて語りかけた。


「質問に答えろ。オレは今、どういう状況なんだ」


 なぜかはわからないが、どうやら男二人はタクミが会話を持ちかけてきたことに関してひどく動揺しているようであった。強い違和感と不穏な予兆を感じつつ、タクミは鋭い視線を男たちに差し向ける。

 血のように赤い瞳に宿った眼力は壮絶なものだった。

 タクミ自身別段悪意や敵意を込めたつもりはなかったのだが、自分よりも遥かにガタイの良い大男はひたいに汗を浮かべて呻き、神官風の男に至っては喉を鳴らして数歩後退る。

 その大げさな反応に首をひねるタクミには知る由もないことだが、このウルディグナにおいて「赤目」は非常に稀有かつ危険な特徴とされているである。

 古に滅びた吸血族が持ち得た特徴であり、その「視線」は邪悪な魔力を湛えていた、という伝承が残っているのだ。明確な記録が残っているわけではないにしろ、曰く「見つめられただけで体が動かなくなる」だとか、「若い異性はたちまち魅了されてしまう」だとか―― 恐ろしげな逸話には事欠かない。

 そんな話は平民の子供でも知っているくらいだ。当然この場に立ち尽くす男たちも例外ではない。

 子供の頃から潜在意識に刷り込まれてきた伝説上の種族への畏れが、元々力強いタクミの眼力に要らぬ箔をつけ加えていたのだった。


「……ここはセベルスタ王国が王都、【セブリス】だ。もっと詳しく言えば、王都に構えた私の邸宅の地下室、ということになるだろうか」


 偉丈夫(デカブツ)のほうが、ムリヤリ落ち着かせたような声音でそう答えて寄越した。言葉(にほんご)が通じないということはなさそうだが、どうも彼らがしゃべっている言語のほうは日本語のようには思えない。

 タクミは彼らの言っていることが理解できるので意思の疎通に困ることはないが、別々の言語同士での会話なのにコミュニケーションが成立しているというのは奇妙な感覚であった。

 ――どうやら、ほんとうに異世界へと来てしまったらしい。

 おそらくこれも、あの自称カミサマのテコ入れなのだろう。自然と状況に順応し始めている自分自身に辟易し、タクミは苦り切った表情を浮かべた。


「……聞き覚えはないか、この地名に? 自分の故郷がどこだか覚えているかね?」


 タクミの表情をどう捉えたのか、偉丈夫が慎重に質問を重ねる。

 その様子から、やはり相手側もこっちの事情―― 少なくとも別世界から転生させられてきた人間だということ―― を把握していないのだ判断したタクミは、素直に地名に聞き覚えがないことと、出身は遥か東のほうだと曖昧に濁した告白をした。

 偉丈夫は難しい表情をしながら、それでもひとつ頷いてみせた。


「きみの顔立ちは我々とは異なっているから、元は別の大陸の出身なのではないかとは思っていたんだがね。東のほうの出身か…… なるほど」


 ウルディグナにおいて、アルカジムより東には大陸が存在しないことになっている。

 その事情を知らぬタクミの発言により、偉丈夫―― ヴィオール・アカイ・ルーシュテルは、タクミを戦乱の続く大陸東側の出身者だと思い込んだ。

 争い続ける国家のなかには移民族を中心としたものがいくつか存在しているし、東側の人間は獣人よりもなお好戦的であるという認識が広がっている。なまじそのイメージが剣呑な雰囲気を持つタクミと合致してしまったため、タクミ本人のあずかり知らぬ部分で、彼の身分はある程度の下地を得ることとなったのであった。

 そこにはいくつかの重大な「見落とし」が含まれていたが、男たちは得体のしれない相手が少なくとも人間としての歴史を持っているのだと信じたかった。

 彼らにとって、タクミは死霊術によって呼び戻された死霊でなければならなかったのだ。もしもタクミがそれ以外の存在だったとしたら、彼らはまともに語り合うすべをなくしていたことだろう。

 もっとも、タクミは確かに死霊ではあったが、抱える事情は彼らの想像の範疇を逸脱していた。


「それで、なぜきみがそうやって拘束されているのか、という話だが…… 核心に触れる前に、こちらからひとつ訊きたいことがある。――何、ただの確認事項だよ。難しく考えることはない……」

「――ヘンにこっちの様子をうかがうのはやめてくれ、鬱陶しい。訊きたことがあるならさっさと訊けばいいだろう。オレは自分の状況が把握したいんだ。そのためなら、そっちの質問に答えるに吝かじゃない」


 鍛えあげられた肉体を持つ男が、びくびくコチラの様子をうかがっている光景はシュールだし、苛立つ。

 そもそも、相手は圧倒的に有利な立場に立っているのだ。タクミはいわゆるまな板の鯉状態である。拘束されて動けないのだから、その気になれば一方的に処分することも可能なはずである。


 ――こんな無様な姿で転がされているヤツ相手に、何をそんなにビクついているのか。


 無様な自分とそんな自分を必要以上に警戒している相手。その構図に、気位の高いタクミは我慢ならず憤懣を溜め込んでいた。

 常に冷静に努めようとする反面、四季王寺巧という青年は非常に短気であった。

 怒りを抑えこんでおくだけの理性は持っているが、瑣末なことですぐに気分を害する気性の荒さが言動ににじみ出てしまう。実際的に相手がよほど不用意なことをしなければ爆発には至らないものの、表面的にはそうは見えないのが問題だ。対峙する相手には、すでにタクミが我慢の限界に達しているようにすら見えるのである。

 今回の場合はそれ以前の展開が展開であるので、ヴィオールたちは慎重にならざるを得なかった。少なくとも今は理性的に振舞っている目の前の青年が、いつなんどき人智を超える力を発揮してもおかしくはないのだ。


「す、すまない。私が訊きたいことはひとつだけだ。……きみはどこまで覚えている?」

「どこまで、とは?」

「きみがいつ目覚めたのかは知らないが、ここに至る経緯のことだ。きみはどこまで覚えているんだ? 自分が死人であることは自覚しているのかね?」

「――――」


 一瞬、息が止まりかける。――否、それは適切な表現ではない。タクミはようやく、自分を包み込んでいた違和感のひとつに気づいてしまった。

 さっきから一回も呼吸をしていない。

 普通、呼吸をしなければ苦しくなるし、声を出すことも出来ない。

 しかしタクミは倦怠感こそ感じるものの、息苦しさは感じないし、会話もすることができている。


 ――やはりこれは、まともな転生ではなかったのだ。

 この体は間違いなく死んでいる。死んでいるにもかかわらず動き、考え、五感すらも備えている。まったくもって不可思議な存在―― タクミは"動く死体"として、この世に召されたのだ。


(――くそ……!)


 こたえを自覚してしまったがためにこみ上げてきた感情は、憤りよりもなお悔しさの度合いが強かった。

 たしかにタクミは生命に執着を持っていなかったし、彼にとって大切であったのは己の人格と記憶であった。

 けれども、まさか死んだまま記憶と人格を保持して召喚されようとは。生きているとも死んでいるともつかぬ現状況は、タクミの心を激しく揺さぶった。

 アルテヤは確かなことはほとんども言わなかった。保証されたのは記憶と人格のみ。それがタクミの希望であったのだから、嘘は言っていないのだ。――だからこそ、余計に許せない。

 ギリリと歯を食いしばり、喉元までせり上がってきた怨嗟を封じ込める。

 こうなってしまった経緯を割り切ることは出来そうにもないが、今は積もりに積もった感情を発散する手段がない。自分自身への憤りと神に対する憤りが交じり合い、烈火のごとく燃え上がる。


(……見ていろ)


 もはや姿が見えぬ神を睨めつけ、タクミは心の中で吠えた。


(貴様がオレに何をさせたいのかは知らんが、貴様の言う「権利」とやら、この手にしてみせようじゃないか)


 もう一度あのフザけた神に逢い、顔面をブン殴ってやるために。

 こうして自身の内面に抱えた問題を自覚しないまま、生も死も望んでいなかったはずの青年はこの瞬間、死霊としての復活を受け入れたのだった。


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