《美人形》
(Side:Lady.S)
--Ud. existe.
「Lady.S!」
大慌てで男が入ってくる。カラリと鳴るドアベルの音は、不釣り合いに軽い。
「助けてくれ!」
びしょ濡れの姿で、お店の床に水溜まりを作っていく。
商品--花にかかってしまう。
「どうしたんですか、Sir」
男は震える手で、少し濡れてふやけた紙を取り出した。
「この主人を……」
その先は声には出さない。だけど、私を見る目は一つの願いを示していた。
いや、私のところにくるということはそういうことなのだ。
--こいつを殺して欲しいんだろう?
私はしゃがみこんで、微笑んだ。
「Ententido,sen~or.」
「依頼があった」
そうセナを呼ぶ。
彼は私が拾った男だ。彼は昔男娼をやっていた。当時私が暗殺に入った屋敷に、怯えて蹲っていた。
女のように伸ばした黒髪に、白い肌。綺麗な男だと思った。イヤに色気のある目元が、彼が娼婦紛いの者だと言う事を教えていた。
身寄りがないのだろう、そう思うと手を差し伸べずにいられなかった。
「お前、私と来るか」
暫く考えて、小さく頷いた姿を見て私は彼の思いの外温かい手を握って、連れて帰ってきたのだった。
彼はすぐに現れた。髪の長さはそのままだが、不健康そうな顔付きではなくなったし、変な色気もだいぶ抑えられている。
「依頼?」
「そう。こいつを」
依頼主から受け取った紙を見せる。そこに書かれていたのは、地元でもちょっとした金持ちの主人の名。
「理由、は」
「この子を誘拐していたと」
色褪せた写真も渡す。依頼主の娘だという少女は、写真の中で可憐に笑っていた。
「事実確認が先決ですね」
「ああ」
「僕が行きましょう」
もう一度じっくり紙と写真を見てから、私の方を向いた。彼の目は、既に仕事の目だ。
私は一応確認をとる。
「大丈夫か」
「はい」
「分かった。ある程度の裏が取れたら動く」
彼は頷いて、店を出ていった。そして私は倉庫にあるファイルを探すことにした。
大概の情報は頭の中にインプットされている。読んだ資料はファイリングされるが、あまりに膨大な量を常にしまっておけるほどの能力は残念ながら持ち合わせていない。だから不必要となった情報はデリート、もしくは深い場所のファイルに詰め込んである。
たしか、今回のターゲットについての資料もあったはずなのだが。
「M……Michael……」
頭の中の資料と目の前の紙の資料を同時に探していく。
暫くして見つけたのは、思わず唇を噛むほどの噂。
『娘を取り戻してください!これが、私達が辿りつける最後なんです。生きてても、遺体でも、帰ってきてほしいんです!』
依頼主の悲痛な叫びが蘇る。
この噂が本当ならば、きっと生きてはいまい。だけど彼女の身体は家族のもとに帰らなければいけない。
私は出来る限りの情報を叩き込んだ。
数日かけて情報を手に入れたセナと、夜の部屋で最終確認をした。
屋敷の見取り図も手元にあり、大よその目処をつけておく。
私達の暗殺方法に、特別な作戦はない。兎に角潜入して、殺すだけだ。不必要な殺しをするつもりは毛頭ないが、必要とあらば何人でも殺すことは躊躇いもない。
ただ依頼を遂行する。
「明日の夜だ」
「はい」
「しくじるなよ」
「分かってます」
彼が前線に立つことを、私はあまり良く思わない。彼は根っからの暗殺者や戦士ではないのだ。どこに隙が眠っているかなんて分からない。
彼は傍に置いてあったカタナの鞘をひと撫でして、笑った。
「大丈夫です」
「そうか。じゃあ、明日は頼んだぞ」
私が拾った手負いの烏は、立派な鴉になっていた。
次の夜。私とセナは任務に出た。
大きな屋敷に忍び込むが、ここの見取り図は既に理解している。隠し部屋なども確認済みだ。
私達はそれぞれ目的の方へ向かう。私は主人を暗殺しに、彼は少女を見つけに。
月明かりも雲に隠れて弱々しい中、私は寝室へ急ぐ。音も立てない素早いピッキングでカギを開けると、するりと体を中に入れた。
息を潜めてベッドに近付く。人が眠っている。顔を確認して、男の首に細い針状の剣を差し込んだ。あまり血飛沫を上げずに男は事切れる。
任務のひとつを終えて、私はセナの元に向かった。
研究室と思われる部屋に入る。ドアは少しだけ空いていた。
入った瞬間、ここで行われていることは只事じゃないと解る。様々な薬品の臭い、それに混じった血腥さ。
慣れた私も思わず眉間に皺が寄るほどで、ドア一つ隔てただけでとんでもない所に来てしまったようだった。
「セナ」
呆然と立ち尽くす彼を見つけて、声をかけた。その彼の視線の先には、嫌な笑いを浮かべた夫人が立っていた。
「あら、まだネズミがいたの?」
お茶会に誘ったかのような、愉快そうな軽い声。だけど目は狂っている。
「もしかして、主人を殺して"くれた"の?」
感謝でもされかねない、そんな口調に背筋が冷えた。
「見て見なさい、あなたたちも。これは私が作ったの」
そこでやっと、私は周りを見渡した。
少年少女、性別はどちらもいるが、共通しているのは年齢。10歳程度、もしかしたらいっていない子供の方が多いかもしれないというくらい、小さな子が何人も居た。
噂通りだ。この女は、生きた子供を攫って人形にしていた。
青白い肌からは、血が抜き取られていることが見て取れる。夫人は美人で、まるで不老だと呼ばれていたことを思い出す。昔の貴族のように、若者の血を啜って若返っているとでもいうのか。
あながち間違いでもないかもしれない。私はそう思った。
「綺麗でしょう?勿論、私も綺麗だけど……」
「狂ってる」
ぽつりとセナが言葉を零した。激昂するかと思えば、女は穏やかなまま笑った。
「そうかしら?女性にはそんな気持ちが眠ってるものよ」
「貴様くらいだ、そんなもの」
声を低くした私に酷く綺麗な顔を見せた。
「そんなこと、どうでもいいの。私を殺す?」
「当たり前だ」
「そう。あなたもきっと、分かるようになるわ。この美しさを」
セナがカタナを振りかざすのを制して、素早く背後に周り首に針を刺す。
「血は確かに綺麗だ。だけどすぐに酸化して汚くなる。それならいっそ、そのままでいい」
私にも、美しさくらいわかる。すこし溢れた血を掬って、唇に乗せてやる。
余計なお世話かもしれない。彼女は犯罪者だ。情けをかけるつもりはないが、最期まで狂った美学を貫かせてやるのも構わないと思った。どうせ、すぐに消えるのだ。
「セナ、少女を探そう」
「はい」
私たちは写真を便りに少女を探した。他の少年少女の身元が分からないので、帰してあげることは出来ない。
「見つけました」
綺麗に眠っているような少女。確かに写真の通りの姿だ。セナがその身体を背負って、店に帰る。
部屋を出る前に、後ろを振り返って目をつむった。彼らが迷うことなく、行くべき場所に行けていますように。
……ふと、昔を思い出した。虚ろな目をして、血だまりの中に座っていた《人形》のような男を見つけたときのことを。