いち
あるところに、一人の女のひとがいました。
女のひとは、もうすっかり大人でしたが、生きるのがとても下手くそな大人でした。
女のひとがやる仕事は、なぜかいつも失敗ばかり。なんどもなんども同じ失敗をくりかえします。
いつも仕事のなかまにはおこられて、いっしょにはたらくのをいやがられていました。
女のひとは、ともだちもあまり、いませんでした。
ひとと関わるのが苦手で、たまにいっしょうけんめい話かけても、なぜか会話はかみあわず、あきれられてしまうのです。
わずかにいるともだちは、みんな女のひとの遠くにすんでいました。
こいびともいません。作り方が分かりません。
女のひとは、こどくでした。
女のひとは、つらい仕事をおえて一人ぼっちの家にかえると、こどくをまぎらわせるように、パソコンにむかっておはなしをかきました。
女のひとがいる現実からかけはなれた、とおい、とおい別のせかいのおはなしです。別のせかいに行ってしまった、女のひとと同じ世界の女のこのおはなしです。
女のこは、ある日、ふしぎのくにのアリスのように、一匹のうさぎにみちびかれて、べつのせかいに行ってしまいます。
べつのせかいで出会うのは、かっこうよくて、きれいな、ふしぎなひとたち。うさぎも、そのせかいでは、きれいな男のひとのすがたにかわります。
かわいくて、つよくて、心やさしい女のこは、そのせかいのひと、みんなに好かれます。男のひとも、女のひとも、みんな女のこが大好きで、女のこもみんなが大好きです。
そのせかいで女のこは、みんなに愛されながら、いろんな冒険をするのです。
女のひとも、女のこが大好きでした。女のこが幸せになる展開をいつも考えて、必ず女のこが最後には心から笑えるようにしました。
女のひとにとって、女のこは、自分の娘でした。
女のひとは、書いたおはなしを、ネットの小説サイトにのせました。
女のひとのおはなしに、ひどいことばを言うひともいましたが、多くのひとは、女のこを好きになってくれました。女のひとは、まるで自分のことのようにほこらしい気持ちになりました。
女のこは、女のひとの全てでした。
ある日、女のひとは一人で部屋の中で、ポロポロと泣いていました。
しごと場で、上司からとてもとてもひどいことばをかけられたのです。
しごとができない女のひとが悪いのです。女のひとも分かっています。
だけど、悲しくて悲しくて、仕方がないのです。
いつもは女のひとをなぐさめてくれる、女のこの笑顔も、女のこをほめるこえも、女のひとのきもちを、楽にしてくれませんでした。
女のひとは泣きながら、自分が本当に一人ぼっちだと思いました。
一人ぼっちどころか、いなくなったらみんなが喜ぶんじゃないか。そう考えました。
いなくなる方法は知っていました。いたいのをがまんすればよいのです。
女のひとはいたいのがいやだったので、いつもいなくなるのはやめていました。
でも今日は、いたいのがいやよりも、いなくなりたいきもちの方が勝っていました。
女のひとは、カッターを取り出すと、自分の手首をー
『おかあさん』
カッターをうごかそうとしたとたん、どこからか声がしました。
女のひとは、顔をあげて声の主をさがします。
そして、あんぐりと口をあけました。
『おかあさん。しななくても、ボクがおかあさんが望む世界につれて行ってあげるよ』
――そこには、女のひとが書いた物語どおりの、しゃべるウサギが立っていました。