ダルいからもうメールしないでね
「いやあ盛り上がったね!」
「そ、そうね」
「歌もなかなか上手かったし」
「そ、そうね」
「メロディも聞きやすくてオレ結構好きかも。ファンになっちゃおうかな~友達の兄貴だから今のうちに仲良くしておけばブレイクして全国デビューしたときに……ふふふ」
「そ、そうね」
ライブは確かに良かったが、半分も耳に入らなかった。とにかく今はそれどころではない。淳の言葉は頭の上を通過するばかりだ。
「ねえどうしたの? さっきからおかしいよ?」
「ちょっと……お腹痛くなっちゃった」
「え? 本当? 大丈夫? 下痢? 変なもの食べた? ちょっと休憩する?」
「うんちょっと休憩……するかバカ! 今日はもう帰る、じゃね」
私は痛くも痒くもないお腹を押さえつつ、足早に淳と別れた。あ~びっくりしたあ~びっくりした。安藤さん、私に気付いたかな……
どうしよう。言うべきか、黙っているべきか。あ、メール、安藤さんから!? ……じゃなかった、淳だ。
『お腹大丈夫? 今日は無理しないでゆっくり休んでね』
とりあえずお風呂にでも入って落ち着こう。暗かったしお客さんもそれなりにいたからきっと気付いてないよね。うんそうだそうに決まってる……げ。
『驚いた。まさかライブに来てくれるなんて。隣にいたのはやっぱり彼氏?』
早速安藤さんからメールが来た。完全にバレてるじゃないか。何て返そうかな……わわわ電話かかってきちゃった。
「も、もしもし」
「亜季ちゃん? さっきはびっくりして歌詞飛んじゃったよ」
「安藤さん……バンドやってたんだね」
「隠してたわけじゃないんだけどね、そのうち話そうと思ってたんだ。まだまだ全然売れてないしさ、もう少し形になってから言おうかなって」
「そうなんだ……凄く驚いた」
「だよね。で、あのさ、一緒にいた人ってやっぱり……」
「あ! 友達です! 大学の。そうそう、彼、安藤さんの弟の友達で、それでチケット貰ったって……」
「そうなんだ。亜季ちゃん浩介と同じ大学なんだね。そっか、世間は狭いね」
まだ疑われてるかもしれない。まずい。このままじゃ安藤さんが私から離れていく。私はすぐに会わなくちゃいけない気がした。
「ねえ安藤さん、明日会えないかな」
「明日? 明日か……昼間なら大丈夫だけど」
「夜は、何か用事?」
「ああ、バイト」
「え? もう新しいところ見つけたの?」
「もうって、コンビニ辞めてから結構経つよ? つーか辞める前に決めてたし」
「そっか、そりゃそうだね。で、何してるの?」
「居酒屋。ほら、オレ料理好きだからさ、厨房の仕事がやりたかったんだよね」
「そうだよ、あんなに料理出来るんだからすぐに料理長!」
「あははは」
「じゃあ仕事は夜とか、夜中?」
「五時から十二時くらいまでかな。だからバイト始まるまでならいいよ。それより亜季ちゃん学校じゃないの?」
「あ、明日はね、休講になったの。教授が体調悪くて休んでるんだって」
また嘘。私は安藤さんに嘘ばかりついている気がする。でも、仕方がない。それもこれも全部安藤さんに会うためだから。
朝。淳に対してアリバイ作りのメール。
『具合悪いから今日学校休む』
『ええ~!? 昨日の腹痛まだ治ってないんだ。大丈夫? お見舞いに行こうか? 夕張メロン食べる?』
『やめてまじで』
『でも亜季が学校休むなんて……病院に行った方がいいよ』
『うん、そうする。じゃあ授業頑張って』
これでよし。淳のヤツ、まさか本当に夕張メロン持って来る気じゃないだろうな……いや、アイツならやりかねん。ここは一つ念のため。
『大好きな淳に弱ってるところ見せたくないから……だから……来たら殺す♪ あと、ダルいからもうメールしないでね』
これなら安心だろう。でも家はいつも通り出ないとお母さんに怪しまれるからな。お昼に会う約束だけど、まだ八時半。どうするか。安藤さん、多分寝てるよね、ロッカーは基本夜行性だもんね。でもやることないしな……いきなり会いに行っちゃったりして。
あああ遂に来てしまった。身体が勝手に足が無意識に前進。どうしよう、いきなり押しかけたりするのって、やっぱり迷惑かな。でも安藤さんはこの扉のすぐ向こうにいるんだし。
堂々巡りを繰り返していると、勢いよく玄関が開いた。危うく顔面を打ちそうになる。私の思いが通じたのか? しかし部屋から出てきたのは安藤さんではなかった。
「おい優子、待てよ!」
「じゃあね! もう二度と連絡してこないでよ! ん? 誰、アンタ」
目の前に現れたのは、マッチが十本乗りそうな睫毛に濃い目のメイクがバッチリで、長い髪がくるんくるんで、尋常じゃないフレアのジーンズを穿いた七十年代風イケイケゴーゴーサイケデリックファションで、いかにもロックンローラーが連れていそうな(偏見)派手な感じの女だった。
「何でオレがお前なんかに……あ、亜季ちゃん!? 何で……」
「亜季? ああ、アンタが亮介の浮気相手ね。こんなヤツのどこがいいんだか! 金は無いしアレも下手くそでしょ?」
チビTへそ出しパンツ見せルックのナイスバディに圧倒されて口も利けないでいる私を見下ろして、優子という女は高飛車に言い放つ。この人コワ~い。
「優子お前ふざけんな……」
「まあせいぜい仲良くやんなさいよ! じゃあね、バカ亮介!」
捨て台詞と共に外階段をロンドンブーツで必要以上にカンカン音をさせながら優子という女は去っていった。嵐が過ぎ去った後の静けさ。私は固まったまま動けない。もちろん安藤さんの顔も見ることはできない。
「あ~~何かごめん。凄いとこ見られちゃったね」
急に怒りが込み上げてきた。
「私……浮気相手だったの?」
「え? いやそういうことじゃ……」
「安藤さん、彼女いるのに私に声かけたの?」
「そんな、優子とはとっくに終わってるし」
「じゃあなんで部屋にいるの? しかもこんな時間に……私帰る!」
やっぱり私は遊ばれてたんだ、そう思うと悔しくて仕方がなかった。私はアパートの階段を駆け降りた。
「待って! 亜季ちゃん待って!」
「イヤ! 離して!」
「駄目だ! 離さない! 亜季ちゃん誤解してる!」
「誤解なんかしてない! 安藤さんには彼女がいた、私のことはよく見かけるからちょっかい出してみた、それだけでしょ!?」
「だから違うって!」
「違わない!」
「好きだ!」
そのとき安藤さんの強い力で、でも優しい力で抱き寄せられた。私の強張っていた身体から力が抜け落ちた。
「え……」
「オレは亜季ちゃんが……亜季ちゃんだけが好きなんだ! コンビニで初めて見た瞬間から好きになっちゃったんだ!」